十行会議と大都からの報せ 6

「まさか……」

「キョライさんのことだのん?!」

「そういえば、『神代じんだい遺物いぶつを探してる』ってところも美名の先生といっしょね!」


 昨晩、クミと語り合った際、「天咲あまさき塔での変理へんり」のあらましを美名も聞き及んではいる。その探索たんさくこうにおいて、「キョライ」と名乗る男が現れ、クミらを援けてくれたのだという。どうやら、「先生の特徴」でニクラが思い当たる者が、その「キョライ」らしい。

 しかし、かの者の身なり風体ふうたいを聞くまでには至っておらず、にわかに色めきだったクミたちに対し、美名は小首を傾げることしかできない。

 「キョライ」が「美名の先生」か?

 ざわつく空気が堂内に波及するなか、そのきっかけとなったニクラはかぶりを振り、「違う」との一石を投じた。


「その特徴も、おそらく偶然です。アイツの髪の色は青だし、年頃も違う。どう多く見積もっても四十に届かない。それに、最も違うのは、アイツが使ということ。美名が言うことが本当なら、魔名も、魔名術も、数年以上披露してなかったその『先生』と違って、アイツは、自分の『魔名』を誇ってでもいるように頻繁に去来きょらい術を使ってた……」


 ニクラの否定の論拠には「キョライ」を知る三人も納得いくものがあったのか、一転、押し黙るようになってしまう。

 沸き上がりかけた反動、重々しくなった場の空気に対し、「ヒト違いだったかな」と明るい声を出したのはレイドログ使役しえき大師。


「残念だったね。美名ちゃん」

「あ、いえ……」

「他になにか、『先生』の特徴はあるかな?」


 他には、剣術が得意。教会に所属してるわけでもないのに、魔名や魔名術、教典や教戒に精通していたこと。同じく、地理や歴史にも明るい様子だったこと――美名は次々と挙げ連ねていく。

 しかし、挙げられるだけ挙げ、ついには「右手の小指の指毛だけ少し濃い」などと細やかすぎるところまで行き着いた折、レイドログ大師が「ごめんね」と口をはさんできた。


「詳細に語ってくれてるが、どうやら、美名ちゃんの先生は、大師の人脈にはかからない『稀人まれびと』らしい」

「あ……」


 頭のなかで先生の姿を思い起こし、彼の所作を描き出し、それをつらつらと語ることに専心していた美名だったが、あらためて周りを見渡してみて、ひとりで先走っていたことを知る。面々にはピンと来た様子がなく、どうやら、置き去りにしてしまっていたようだ。美名の頬は赤らみ、身が縮こむ。


「すみませんでした……」

「謝らなくていい。むしろ、力になれず、こっちが申し訳ないくらいだ。美名ちゃんが先生をどれだけ大事に思っているかはちゃんと知れた。君が語ってくれたことは、皆、心に留めたはずだ。今後、もし、『指毛の濃い』人物に出会うことがあったら、『あなたには可愛い娘さんがいらっしゃったのではありませんか』と訊くことだろうさ」

「あはは……。ありがとうございます」


 使役大師の優しい心遣いの言葉と、一同の同意するような頷きを少女は嬉しく思い、頭を下げた。


 美名の「先生」の件はひとまず落着。それから二、三、別の質問がなされたあと、新大師への「査問」は仕舞いとなった。

 おおむね、横で黙っていたクミは、こんな当たり障りのない問答が何の役に立つのだろうと首を傾げたくなるものだったが、美名と周囲――特に、レイドログ大師とのちかしさが少し深まったようには感じられる。「古参の大師」が「新大師」を知るためにあるという「査問」は、ある部分、別の効果を見込んでいるのかもしれないな、とネコは思い直した。


 さて、本来は、これにて本日の「十行じっぎょう会議」は終了の予定であったが、これよりは別件、「教主が協議したいこと」の段となった。

 美名とクミが「ワ行」の席に戻り、「シツギ園」の中央には、ふたたび教主フクシロがひとり。「査問」の折、微笑を浮かべてばかりいた美麗な面差しには、心なしか剣呑な色が差している。「協議する事柄」の重大さを悟った場の者は、居住いを正した。

 注目を浴びながら、少女教主はふところより、白い物を取り出す。


「今朝方、この封書が主塔に届けられておりました。司教……、いえ、ゼダンからの手紙です。加えて、大都だいとにて、ゼダンによる『大都帝国』の立国宣言があったと、速報がありました」

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