十行会議と大都からの報せ 5

「どうかした?」

「あ、いえ……。います。私にお師匠は……、先生はいます」


 美名の目的のひとつ。突然姿を消してしまった「先生」を見つけ出すこと。


 少女の成長は「先生」との旅路でもあった。

 風が爽やかな丘の道を並んで歩き、癇癪かんしゃくが起きた夜には頭を撫でてなだめてもらい、浜辺の砂で字を教えてもらい、手を取ってもらって獲物のさばきに慣れる。 

 様々に教えてもらったこと。

 共に旅してきたヒト。

 少女には故郷もふた親もないが、あえてそれを定めるのなら、骨張った背中が彼女の故郷であり、整えられていない髭面ひげづらが親の顔である。

 何の前触れもなく消えてしまった大恩人に、美名はふたたび会いたい。


 剣術も、先生から教えてもらったことのひとつである。上段構えと横薙ぎを主体とした型。

 今、実戦経験をさらに積んだ美名が思い起こしてみても、先生は剣術に通じていた。片手しかなく、長身ちょうしん瘦躯そうくだというのに、超質量がため、剣先が不自然に重い「かさがたな不全ふぜん」を、今現在の美名よりも易々やすやすと扱っていた。となれば、先生はどこかで武芸を修めた可能性が高い。

 美名が思い至ったのはこのことである。

 先生を探し出すには、ただ居坂を歩き回るだけじゃなく、その方面を手繰たぐる道筋があることに気が付いたのだ――。


「その方の魔名は?」


 気を取られていたところから立ち直ると、美名はかぶりを振って返す。


「先生の魔名は、知りません」

「知らない?」


 意外そうに聞いてくる大師に、美名はこくりと頷く。


「剣を教えてもらった恩人なんだろう? 知らないなんてことがあるのかい?」

「ヒトに魔名というものがあると知ってから、たびたびたずねたのですけど、『知らない』だとか、『置いてきた』とか、からかうようにはぐらかされるだけだったので、そのうち気にしなくなりました」

「気にしなくなったって……。魔名だよ? 先生とやらも、魔名術を使うときはあったろう?」


 少女は「ありませんでした」と首を振る。


「先生の魔名術を、私は一度も見たことはありません。私たちふたりの旅では、魔名は必要ありませんでした。アヤカムは刀で討てるし、負傷や不調の応急には薬食くすりぐい薬種やくしゅで間に合ってました。私も先生も、語り掛ける相手はお互いしかいません。声を出せば、必ず相手が聞いてくれます。私たちは、魔名の要らない旅路にいたんです。『お前』と『先生』が、私たちのあいだでの呼び名でした」

「ふぅん……。なんだかける話だねぇ。その羨ましい先生は、今はどうしてるの? どこかに居を落ち着けたの?」

「いえ、それが……」


 美名はそこで、先生が姿を消したこと、彼の所在を追うため、各地を回っていたことを端的に告げた。


「ワ行劫奪こうだつに、客人まろうど様との邂逅。謎多き恩人に、不可解な消失。美名ちゃんの旅路は、まるで奇遇きぐうの寄せ集めのようだ。その先生の身なりや特徴、教えてもらってもいいかい?」

「特徴?」


 レイドログは堂内をぐるりと見渡して、「ほら」と意味深い笑みを浮かべる。


「半分がいないとはいえ、ここには今、居坂の代表たる十行じっぎょう大師たいしが並んでいる。その『先生』が特徴的なら、誰か知ってる者もいるかもしれない。美名ちゃんの『よきヒト』の消息が掴めるかもしれない」

「そうか。そうですね……」


 応じながら、美名はちらりと教主を見遣った。

 もう、だいぶ「査問」にも時間がとられている。このまま続けたとしたら、「査問」とは別、私的な内容になってしまう。さらに時間をとってしまい、教主が最前に口にした「別に協議したいこと」に障りがでるかもしれない。少女は気を回したのだ。

 フクシロの方でも視線が寄越された意図を察したようだが、今時分の話題が美名の目的、「先生を見つけ出すこと」の援けになると見てくれたようだ。穏やかに微笑み、頷きを美名に返す。

 司会の承知が得られたことで、少女はレイドログに向き直る。


「『査問』からは外れてしまいますが……」


 それから、美名は「先生」の風貌の詳細を語った。

 年の頃はおそらく五十あたり。長身、やせ型、白髪まじりの赤茶けた髪色。今の髪型は判らないが、旅を共にしていた十年弱はずっと、刈り込んだような短髪。他の、目を引く見た目の特徴は、左手の「ふだがこい」の黒布に、不精髭。それと、その髭に隠れるよう、右頬にある縦の傷――。


「ほら。早速、反応があったみたいだ」


 おどけるような声にハッとし、美名は、レイドログが見つめる先、自らの背後に振り返る。

 向き直った先で目を見開いていたのは、ロ・ニクラである。


「勝ち気なお嬢さん。誰か、思い当たる者があるようだね?」


 「シツギ園」の耳目を一身に集めていることに気付いたニクラは、落ち着きを取り戻すためか、ひとつ首を振った。


「『顔の傷』に『札囲い』……。普通ではあまり見られない特徴の組み合わせ……。合致するヤツをひとり、知っています」


 ニクラに追随するように、何かに気付いたような顔になったのは、クミとニクリ、そして、教主フクシロ――。

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