太古の王と千年後のふたり 5
「メ、メルララ様の……、メルララ様の手が、ああッ!」
「抵抗のできない者を……、この外道がッ!」
恩師の手に駆け寄りたいのを必死に
司教の傍らに腕が浮かび、血
奇怪残虐の光景のなかで、ゼダンはニタリと
「案ずるな。これは模擬披露だ。貴様らがおとなしくなりさえすればいいのだ」
ゼダンはフンと鼻を鳴らすと、今しがた自らが寸断したばかり、手首の傷口に向け、平手をかざす。それで、
続けて、目線は美名らに払いながら、足元の手のひらを掴み上げる。
「メルララ……、思い出したぞ。長年の積み重ねが近頃になって、ようやっと実り、『
拾った手が切断面に擦り付けられる。
すると、最前に司教の小指が接合されたのと同様、メルララ師の平手は繋がれた。「
「この通り、貴様らがおとなしくこの場で散ることを受け入れるのであれば、メルララ嬢は『
「外道の極致か、貴様……」
眉根を寄せた険しい顔つき、
「こんなことして……、恥ずかしくないの?」
「ほう。恥ずかしい、とは?」
「私たちを、アンタの魔名だけで叩きのめすはずじゃなかったの?!」
少女の
「私の高説を聞いていなかったか? 最小の犠牲で、最大の効を得る。貴様らなぞ、こんなことをしなくても
「メルララ様の……、ヒトの命を盾にして、そうやって作られるのが本当の『幸福』なの?! 胸を張って、王様だなんて言えるの?!」
「意気がれ。貴様が言う『幸福』とやら、凡庸な旅路は我が一族の血が流れた歴史のうえに成り立っている。恥に思うか否かの貴様の理念は、千年前の外道の果てに形づくられたものだ。憎らしくも史実がすべからく示すとおり、辿った道のりはさほど肝要ではない。要は、結果だ。もたらされるモノだ。同盟に比べれば、私のこの所業など、遥かに人道的であろう」
「またそうやって、
「吠えろ、小僧。望みのとおり、叩きのめすのはこれからだ。吠えられるうちに吠えるがいい」
歯噛みする明良は、傍らの美名に「すまん」と小さく謝った。
「……何? なんで謝るの? 明良」
「すまん、美名……」
「……なんで……」
沈痛な面持ちのままに刀を地に突き立てると、明良は左腕に巻き付けていた「合わせ
そうして、「
「ほう。もう少し騒ぐかとも思ったが、小僧の方は承服したようだな。この丘を自らの死地と定めた」
「ウソ……。嘘よね、明良? こんなヒドいコト、見過せるはずが……」
「お前の名づけ師が傷つくか、俺たちが死ぬか……」
少女の視界、目を背ける少年の顔がぼやけていく。
言葉を失い、ただ唇を震わせる。
「ふはははッ! さあ、混沌の小娘よ。貴様も納刀し、神妙にしろ。でないと、相方が言う通り、この手がもうひと度、持ち主から離れることになる!」
「明良……。メルララ様……。私……。私は、私の心は……」
「選択はひとつだ。美名」
声を落とし、少女を諭すような明良。
だが、彼の内心は実のところ、表出しているものとはまったくに違っていた――。
(俺が選択するのは……。メルララが傷つくことでも、俺たちが死ぬことでもない! 針穴ほどに小さな光明だ! 俺たちがふたりだからこそ、為し得ることだ!)
明良は反抗の心を努めて隠しながら、美名の背中に手を当てる。
(気づけ、美名! ヤツに
少年の想いは――届いた。
見る限り、明良の手が背に添えられて以降、少女の様子に変化はない。明良とゼダンとを交互に見遣り、唇をわななかせたままである。
だが、少女の涙は止まっていた。
紅の瞳は深い色で少年を見つめた。
少女は感じ取ったのだ。これから、明良が何かを試みようということを。
「すまん……。ここが……、この丘が、俺たちの……」
「明良……」
「覚悟はできたか?」
(美名がヤツを斬りに走り、凶刃が振り下ろされる前、俺が『合わせ筒』でヤツの手刀を弾く!)
数日前、
少年を助け出したのは、オ・バリの「
だが、少年も少年でただ助け出されたわけではない。まったくの偶然か、はたまた
「幾旅金」と「合わせ筒」の性質がかけあわされて起こる、超高速の
(だが……、俺は一度も、その投擲を試していないッ!)
「宣言しておこう。貴様らは
「……最悪って……、アンタのためにある言葉よ……」
その意図は、目測することにある。
(ヤツまでの距離は十歩かそこら……。高速だ、絶大な勢いだと聞いてはいたが、果たして、ヤツの手刀が振り抜かれるより『合わせ筒』の弾は速いものか? 俺は、確実にヤツの手刀を射抜くことができるか?!)
「最悪、結構。消えゆく者からの評など、かかずらうものでもない」
(できるかじゃない! やってみせる!)
明良は少女の背に添えてある手に力を込めはじめた。少女の背を強く押し出そうというのである。
それを特攻の合図とし、併せて、右手より「合わせ筒の弾」を放つ。放ってから、彼もまた、ゼダンに突っ込む。
言葉で伝えられてはいないが、美名はきっと、最上の判断と動作をしてくれる。
言葉で聞いてはいないが、明良はきっと、とりうる最上の打開を図ってる。
見通し
「待たれよ」
ゼダンの背後より、しわがれた声。
ハッとして振り返る司教。
ピタリと止まる、明良。
目を
各々の視線の先では、刺すような明け日も落ち着いてきた丘、白髭を揺らし、泰然として登ってくる老人――当代
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