太古の礼拝殿と司教 10

父王ぶおうには当初、本総ほんそうへの侵略の意図などなかった……。ただ、魔名教をあるべき国に戻し、我が王家の手で、より一層の幸福を居坂にもたらす。その一念であったのだ!」


 「大都だいと神国しんこく」の由来から千年前の大戦の段に至り、司教ゼダン――いや、大都最後の王、ゼダンの熱は高まっていた。

 話の遠大さに気をとられているのか、死活の場であるのは相も変わらずだというのに、美名と明良あきらは立ちすくみ、ゼダンの話に聞き入っていた。


「罪業深き本総同盟はその悲願を無下にし、幾多の人命を失わせる争いへと至らせた。我が領土を荒らし、我が大都を焼き、我が一族の首をねた! 今、居坂にのさばる人民はすべて、咎人とがびとの末裔! 背徳の血筋!」

「……そんな勝手な」


 ゼダンの暴論に言葉を失う美名のそば、明良が「何故だ?」と声を発した。

 語りにえつっていたゼダンは、つと我に返った様子になり、少年に厳しい目線を返す。


「……何故、千年前の貴様が今、この居坂に生きていられる? まさか、古代大都の王が、真に神の血族だったなどとでもいうのか?」


 口の端を歪め、ゼダンはフンと鼻で笑った。


「あながち間違いではない……。私は、居坂の『新しいことわり』に選ばれ、主神に近しい存在となったのだ。十行じっぎょうの魔名をそなえる、主神ンの現身うつしみとして、な……」

「やはり、貴様も『転呼てんこ』なのか? シアラと同じ……」


 明良の問いに一瞬だけ目をみはると、ゼダンは高らかに笑い上げた。

 曙光が差し始めた丘の上、少年の言が実に馬鹿らしいとでもいうよう、拍子のずれた笑いであった。


「……貴様、ヤツと面識があるのか? 『転呼』も教えられているということは、あのヒト嫌い、よもや少年趣味でもあったか?」

「……下劣め」

「こちらの台詞せりふだ。たかが『ハ行去来きょらい』の変異ごときを我が秘術と同じく見るな」


 歯軋りする明良に代わり、今度は美名が「客人まろうどね」と声を絞り出した。

 ピクリと眉を動かし、ゼダンは少女に目を向け直す。


「教主様から聞いてた、『客人の変理へんり』……。『居坂のことわりを変える力』を持った別世界のヒト。クミと同じ、客人が千年前にもいて……」

「カイナをあのようなアヤカムと一緒にするんじゃないッ!」


 美名の言葉がよほど気に障ったのか、ゼダンは忘我して怒声を上げた。

 だが、強い突風のような怒気にあてられても、少女と少年は頑としてゼダンを睨みつけたまま――。


「『カイナ』が……、アンタの謀略を手伝った客人の名前なのね」

「小娘ッ! 他の何を置いても、カイナを、彼女を! 彼女の博愛を! 謀計などと見下げることは許さん!」


 胸に当てていた手を、ゼダンは美名に向ける。面相はたかぶり激しく、すぐにでも平手より魔名術が放たれてもおかしくない。

 咄嗟に「嵩ね刀」を構えた美名の眼前、ゼダンと少女の間に割って入るよう、明良が身を乗り出した。


「なるほど。貴様が、客人の何かしらのちからでヒトのみちを外れたことは判った」


 少年の淡々とした口調で我に返ったのか、ゼダンは掲げていた平手をゆっくりと胸元に戻す。その様子からして、司教はまだ「術解除」を終えていないよう。

 だが、彼が話し始めてからすでに多くの時が経っている。「幻燈げんとう大師の遺術」から解き放たれ、ゼダンがふたたびに平手を向けてくるのも時間の問題である。


「それでなぜ、『魔名解放党』の騒ぎになる? なぜ、教主フクシロや俺たちを咎人に仕立て、追いまわすことに繋がるんだ?」

「……判らないか? 判らないだろうな。餓鬼どもには」


 フンとひと笑いを見せ、ゼダンの嘲る顔はますます深まる。


「最も魔名教が大きくなった時、最も被害が少ない方法で『大都』を復古する。それが我が上策だ」


 美名と明良のふたりは、ゼダンの目的を聞き及んでも得心がいかない。

 呆けたように目を丸くした。


「最も……、魔名教が大きくなった時だと?」

「その通り。居坂千年を経た今この時、魔名教は史上で最も広く、深く、居坂の人々に浸透している。このために、司教として私は、布教と定着に幾百年も費やしてきた。機は今を置いて他にない。のは、今世こんせい以外にあり得んのだ」

「……被害が少ない方法ですって……?」

「まさしく。意志薄弱の性質、罪過に走った教主フクシロを公然の場、衆目の下で処し、私が実質の魔名教の代表となる。間をおかず、汚名となった教主職を廃し、主神信仰を認可し、全教徒を帰依させ、、大都神国として変貌させる。当然、私が君主だ。新生大都の初代にして永年の王が私だ」


 わなわなと震え始める美名たち。


「この策であれば、死ぬのは数十人から、多くて千人程度だ。ひとたびの会戦で万の規模の魔名が返上された千年前とは違い、実に平和的であろう?」


 震えるふたりを余所よそに、ゼダンは丘の上でひとり、高笑う。


「私の大望は! 我が一族の悲願は! カイナの慈愛は! ようやくに現実となるのだ! 居坂の民はそのとき、永遠の王にして、主神ンの現身にして、最上の為政者! この私! ガルボラ・コ・ゼダンをいただ僥倖ぎょうこうあずかれるのだ!」


 歓喜する男の背後では、ちょうど、日が昇りだした。

 後光差す一個の人間の姿は、神意を身にまとうかのよう。男自身も諸手もろてを上げ、陶酔していた。

 長らく当てられたままであった手。

 ゼダンは「幻燈術」を解き、全快している――。


「くだらない」

「くだらんな」


 日光が後押しするような神々しさなど意に介さず、少女と少年は声を揃え、男を否定した。

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