天咲塔の二日目と未知のアヤカム 7

 説諭師と聴講者といったていのふたりに割り込んできたニクラ。

 キョライはひとつ髪が跳ねる少女に興味深そうに目を向ける。


「……『私の論拠が危うい』とは、どういうことでしょう。ニクラさん」

「いい? 魔名教の教典も英雄譚も、ヒトが書いたものであることは間違いない。君がいう『神』ではなく、ただのヒトが書いたもの。それは判ってくれるかな?」


 「はい」とキョライは頷く。


「仰るとおりでしょう。どの正典も『私は』などと自分のことを語ってるわけではない」

「なら、その『物語』が『偽物』である可能性を見過してはいけないよ」


 ニクラの指摘にフクシロはハッとし、キョライの目の奥では関心の色が濃くなる。


偽典ぎてん……。魔名教典自体が偽物ですか」

「私は間違いなく、ただの創作物だと考えてる。主神や大神はヒトが思い描いたもの。魔名を題材にして広げられた寝物語や子どもだましで創られたお話。魔名教の正典はそれらをつまみ取って、体裁をそれらしくしたものよ」

「極端ですね……。では、神の奇跡は? 神とは? ニクラさんはどうお考えですか」

「神の奇跡なんて、それこそ偶然よ。偶然起きたことや元々あった超越的な事象に理由をつけるため、『神』という言葉を持ち出してるに過ぎない。キョライがいうような『ヒトの最高の形』が『神』だなんてのも論外。それは結局、ヒトでしかない。神は居坂には不在なの。虚構よ」


 おずおずと「では」と言葉をはさむのはフクシロ。


「少なくとも居坂には、人々が共有している信仰が現に『魔名教』として在ります。これはすなわち、信仰という形で神が実在するとは言えないでしょうか?」

「言えないね。フクシロは自ら考えることを放棄してるの? 信仰はまやかしなの。ヒトが、を上手くまとめるために用意した方便なのよ。ヒトはそれぞれ、自分たちで旅路を定めていくしかない。ヒトの旅路は『神』に成るためにあるわけじゃない」


 舌鋒鋭いニクラにいったんは気圧される様子のフクシロだったが、口を捻じ曲げ「すみません」と続けていった。

 

「ニクラさんはその、魔名教とは違う信仰をお持ちではなかったのですか?」

「『解放党』のことを言ってるのかな?」

「はい。主神を信仰していたわけではなかったのですか?」

「それは、そういうふうに装ってただけよ。私は『途中参加』で、目的は党の皆を統率することにあったから、率先して信仰の姿を見せる必要があった。私個人は魔名教を信じないし、神を信じない。魔名解放党の教えも信じていない。ヒトはただ、個人の努力によって旅路を行くべきだと思ってる」


 興味深そうな目をさらにニヤつかせ、キョライが「矛盾してますね」と揶揄やゆを入れる。


「『解放党』とやらを統率するのに信仰を利用したのでしたら、暗にその者らの信仰、彼らの神を認めたことになりませんか?」

「だから、利用しただけよ。『魔名教』と大して変わらないで、主神への依存を高めただけの『一文字いちもんじの教え』なんて、『魔名がヒトの旅路を限定する』という着想以外、見るべきものはない」

「ニクラさん。申し訳ないのですが、できましたなら、端的にその『一文字の教え』や『解放党』の方々の信仰もお聞かせ願えると……」

「ですね。でないと話が見えない」

「いいわよ。まずは信仰の起こりだけど――」


 ニクラとキョライとフクシロ。三人の議論が白熱していく。

 完全に入る余地を見失ったクミは、同じく、取り残された感のあるニクリの膝の上、黙って乗り上がった。


「クミちん……」

「ン? あ、勝手に乗ってごめんね」

「それはいいのん……」


 クミが見上げたニクリの顔は、いつもの彼女よりひどく幼く見えた。

 

「なんだかムシャムシャするのん……」

「ムシャムシャ?」

「話を聞いてると、こう、頭のなかがムシャムシャって……」

「あぁ~……。モヤモヤするカンジね。私もよ。なんだか、討論番組のテレビ見てる気分。おせんべいとコタツが欲しいわ」

「んむむぅ……」

「でも……、なんだろうね? この三人の立場も関係も、そんな熱く語り合うような仲じゃなかったはずよ。ラァとフクシロ様なんかまさしくだし、キョライさんも一昨日までは会ったこともないようなヒト。それでも、火を囲んで、ゴハン食べるのも忘れて熱中してる。こういうの、なんだかいいねぇ……」

「リィはあんまり、よくないのん……」


 ふたたび見上げたニクリの顔。少女大師は心なしか口を尖らせているようだった。


「……リィは、『お姉ちゃん離れ』してもいいんじゃないかな?」

「のん?」

「ほら、見なよ。性悪のラァがあんなに張り切っちゃってる」


 ふたりに目を向けられても、ロ・ニクラは論敵に「一文字の教え」の概要を懇切こんせつに説いており、気付く様子がない。


「ラァは、ラァの旅路を行くのよ。リィは今までずっとお姉ちゃんの後ろについてって、いつの間にか追い越しちゃったのかもだけど、ラァはあの娘だけの道を探そうとしてる。リィもこれからはリィの旅路を行かなきゃいけないんだと思うわ」

「それはちょっと、寂しいのん……」

「寂しくなんかないよ。生き方が違うってことは、離れちゃうってことじゃない。大事なヒトは、自分が大事だと思ってるあいだはずっと大事なヒトでいてくれる。きっとふたりは今よりもっと仲良くなれるわ」


 ニクラに言う言葉は、その実、クミ自身にも言い聞かせているようであった。


(私も……。私も、そろそろ決めなきゃいけない。いつまでも「お客様気分」なんかじゃなくて、この居坂で……)


「……クミちんのフワフワ、撫でていい?」


 思いふけっていたクミは、しみじみと訊ねてきたニクリに一拍遅れて、「うん」と頷いて返した。


「どうぞ、どうぞ。まだ噛まれた痕があるから優しくお願いね」


 それから、クミの体感では半刻ほどであろうか、撫でて撫でられてのふたりに見守られながらの議論は続いた。

 さすがに限界が来たのか、あくびを零したニクリを見咎めたキョライが終了を提案していなければ、まだ継続しそうなほどであった。

 「魔名教による地方統制の在り方と是非」の議題の最中、煮詰まりきっていないところでのキョライの呼びかけに、少しだけ物足りないような顔を見せたフクシロとニクラだったが、ひとまずは終了。


 フクシロの誘いで不意に始まった討論の場。

 えてして、議論とは論者の間に確執を生みがちであるが、此度このたびのものは違った。

 三者が三者とも、何かしら晴れやかな顔。

 その顔を眺め渡すだけで、クミも何故だか満たされたような気分になれた。


 こうして、アヤカムの襲来と信仰議論を経て、「天咲あまさき塔」の攻略二日目は終わりを迎えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る