天咲塔の二日目と未知のアヤカム 6

「最初の『コウモリ』の襲撃ですが、おかしくありませんでしたか?」


 覆い布の奥に麦包ぱおを入れ込みながら、キョライが言った。


「おかしいって?」

「どういうコトです?」

「いえ。私たちの背後からも『コウモリ』が襲ってきたでしょう? ですが、私たちが来た道は……」

「あ、そうか。どんづまりの部屋があるだけで、横道も何もなかったはずよね」

「『コウモリ』がどこから現れたか、ということですね?」

「案外、君が出したんじゃないの? 『何処いずこか』から」


 ニクラの言葉で場が緊張したように固まる。

 だが、去来きょらい術者はそれさえも面白いとでもいうように、覆い布の下、鼻で笑った。


「私がやってないというあかしを立てられない以上、否定はできません。ですが、私はどこかに『穴』があったのではと考えています」

「穴……ですか」

「今までの道のり、塔の外周を回らされているような造りでしょう?」

「そうね。ずっと緩やかなカーブばっかり……」

「おそらく、塔の中心はまた別の造りになっており、そこに繋がる穴がどこかに開いていて、私たちはそれを見逃していて、『コウモリ』はそこから来たのでは、と」

「……なるほど」

「この様子では、私の目あてでもある神代じんだい遺物いぶつもそちら……、塔の中心側にあるような気がしますね」


 キョライは何か言いたげなニクラを眺めながら「もうひとつ」と付け加えてきた。


「『コウモリ』、あまりにも多すぎますね」


 「あ」と気付いた様子のクミに頷き、キョライは続ける。


「今日初めて目の当たりにしたものですから当然、『コウモリ』の食性を私は知りません。ですが、生物である以上、捕食の対象が必要なはずです」

「この塔には餌がない、ということね?」

「はい。『コウモリ』以外、植物も虫も動物もいない。なのに、『コウモリ』だけはあれほどに棲息している。まさか、石壁や闇を食らうわけではないでしょう。彼らはいったい、何を栄養として生き長らえているのか……」

「う~ん……。まぁ、考えてもしょうがないことではあるんだけどねぇ……」 

 

 それで一同はまたも静まり返ってしまい、パチパチとたきぎが爆ぜる音、咀嚼そしゃくの音が際立つ。

 少しして、教主フクシロがそわそわしだしたことにクミは気付いた。


「フクシロ様、どうかした?」

「あ、いえ、その……。いきなりになりますが、キョライさんのお話を伺ってもよいですか?」


 目を向けられ、つと顔を上げるキョライ。


「私ですか?」

「初見の際は無礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。その上でのお願いなど、差し出がましいのですが……」

「いえ、不審な者を警戒するのは当然のことです。気にはしていませんよ」


 「それと、ニクラさんにも」とフクシロはニクラにも目を向ける。


「私も? 私が何?」

「はい。少し関心がありまして、キョライさんやニクラさんが魔名教について思うところや、信仰などについて話が聞けたら、と……」

「私の信仰……?」


 気が進まない様子のニクラだが、「いいですよ」とキョライが先に応じたことで自らは拒否する機を逃したようだった。


「聞きたいというなら構いませんが、魔名教教主を前にして不敬な内容になるかもしれませんよ?」

「むしろ、望むところです」


 「では」とキョライはひとつ咳払いをする。


「『魔名教会を信じるか』と問われたなら、私は『いな』です」


 不敬を問わないとは教主も言ったが、直截ちょくせつすぎる言葉に、聞き手に徹しているクミとニクリ大師は目を丸くして顔を見合わせた。

 しかし、宣言どおりフクシロは嫌な顔ひとつせず、むしろ、目をらんと輝かせ、話の続きを待ち受ける。


「教会組織はつまるところ、ヒトが営むものです。神々の加護とは違い、取り繕った言葉や勤仕の裏、各々の利益を勘定に入れて動いています。そこを超えることは、所詮ヒトにはできない。『教税』や『賄賂』などが顕著な例です」

「なるほど。魔名教会は信頼するに足らない、と」

「はい」

「ですが、『神』は信じていらっしゃるということですね?」

「そうですね」

 

 いくらかずり落ちていた覆い布を引き上げ、キョライは続ける。


「教典や英雄譚、『物語』には神についての詳述があり、居坂には神の御業みわざとしか思えない数奇な巡りあわせや埒外らちがいな奇跡が確かに実在します。神々の痕跡は随所に在る」

「神は居坂に顕現けんげんするものとお考えですか?」


 小さなネコをチラリと見遣ってから訊いたフクシロに、キョライは「いえ」と首を振った。


「『神』そのものが実体として存在することには私は否定的です。というよりも、『神』とはヒトの高みが極まったものだと思います」

「ヒトの高み……?」

「才能高く、練磨を重ね、信念を固く、時機を活かし、神性を我が身とした者……。ありとあらゆる畢竟ひっきょうに至ったヒトが『神』と成る。ヒトの旅路はその『かみり』を目的とするのが本懐。神となった者は、どんな災厄をも退け、ヒトを幸福に導くことができる……」

「なるほど……」


 恍惚と語るキョライ。

 頷きながら、彼の論に感化されるようなフクシロ。

 しかし、ひとり傍観を装っていたはずのニクラが「ちょっと」と言葉をはさみ、ふたりの間に入りこんでいく。


「聞き捨てならないわ。君の論拠は危ういものよ」

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