粗忽な附名大師と骨占い 1

「いやはや、ごめんよ、ごめん。早とちりだったんだ。そんなに殺気立たないでくれよ」


 「あっはっは」と笑う男に、明良あきら憮然ぶぜんとした態度を崩さない。


 ふいの襲撃に関して謝った「隠れビト」――オ・バリは、少年に肩を貸し、自らの居住小屋まで運び込んだ。

 「手当て」と称し、刀傷には緑色ののり状のものが塗りたくられる。ピリと刺激が走ったが、明良のしかめつらは元より険しい。


「山で採れる薬草を調合したこう薬だよ。切り傷に効く」

 

 険しい視線を知ってか知らずか、バリは軽やかに言った。

 少年はふん、と鼻を鳴らし、辺りを見回す。


 「小屋」と呼ぶのもはばかられるような、一間ひとましかない小さな建屋。

 調理道具や調合器具。書物や植物の枝葉。動物の頭蓋骨らしきものまでが無整頓に散乱しており、汚らしい。この空間のどこで寝起きするのか、明良には不思議でならなかった。


「……『バンリ』という話だったが、『バリ』なのか? 貴様の魔名は」

「ああ、それはね。トバズドリのヒトたちのなまりのせいじゃないかい? 音のあいだに『ん』が入るんだ。『バリ』が僕の魔名」

「……こんな場所で隠遁いんとんしていたのか。『ア行附名ふめい』の『十行じっぎょう大師たいし』……」

「あれ? 僕、大師だなんて言ったかい?」


 「オ・バリ」――。

 身元を詳細に明かされずとも、その魔名で男の正体は知れた。

 当代の「十行大師」のひとりであるからなのはもちろんだが、他に、特別な所以ゆえんで彼の魔名は有名なのである。

 その所以とは――「数年前、突如として行方をくらました附名の大師」。


 今現在においては「カ行動力どうりき」の大師と「ハ行去来きょらい」の大師も行方不明ということに、その話題性は薄れたが、それ以前、市井しせいの者たちの噂に頻繁に上るのがこの、「隠れたア行大師」の話題であった。

 ゆえに、「オ・バリ」とは、旅程のそこかしこで明良も耳にした魔名である。

 そして、この大師が「姿を隠した理由」の憶測も、様々に耳にした。

 「厭世えんせいに至った」や「大師の役務に嫌気が差した」、「教会への叛逆はんぎゃく」、果ては「叶わぬ横恋慕」など――実に様々。

 しかし、先ほどの戦闘でのやりとりから明良が察するに、彼が大師職を放棄し、人里を離れている理由は――。


「貴様、司教ゼダンと敵対したのか?」


 バリの顔色がかげる。


「……手当て、終わり。若いから治りも早いと思うよ」


 片付けのためか、バリはくるりと背を向け、なにやらゴソゴソし出した。

 上体を起こし、明良はそのみすぼらしい背中を見つめる。


「俺を司教からの『刺客』と勘違いして襲ってきた。そうなんだろう?」

「……まだ魔名を聞いてないが、君は『幻燈げんとう』かな? 僕の心を読んだ?」


 大きくため息をついて、「明良だ」と自身の名を告げる少年。


「幻燈どころか、魔名術は扱えん。自称だ。それに貴様、先ほど自分で言っていた言葉だぞ? 『司教からの刺客』というのは……」


 「え」と、驚いて振り返るオ・バリ。

 その表情は真実、虚を衝かれたかのようだった。


「ホントかい? そんなこと言ってた?」

「……しっかりと」

「えぇ~……。あぁ、いや、僕、抜けてるトコロあるからなぁ……」

「これまでのところ、『抜けてる』などと生易しいものではないが」

「いやぁ……、これは参った」


 「あっはっは」と、悪びれもせずに笑い上げるバリ大師。

 しかし、明良はそれに同調するような心持ちにはなれない。


(お道化どけてはいるが、コイツの剣術。俺のものとも、美名のものとも性質が違う。そして、強い……。隠遁したとはいえ、附名の大師。侮れないのは確かだ)


 笑いやめると、「それで」と附名大師は少年に顔を向ける。


「僕に何か用だったかい? 司教が魔名を返したという報せなら、嬉しい限りだけど」

生憎あいにく、そうではない。その報せがあるならば、俺も急ぐ必要はない」

「……では、何のために?」

「この島を脱するすべを訊ねに来た。ふもとのマオが、貴様を訪ねてみろ、と……」


 「できれば動力の飛翔、それに比するもの」と付け加えた明良に、バリは「どういうコト?」と首をひねる。


「来た手段で出ていけばいいんじゃないかい?」

「……説明するのも億劫おっくうだ。早急に島を出て、福城ふくしろまで行ける手立てがあるか、ないかだけ答えてもらおう」

「……ずいぶんと横柄おうへいな口の利き方するね。まあ、僕の落ち度が大きいのは認めるけど……」


 雑多な山におもむろに身を伸ばし、バリが手に取ったのは何やら白いモノ。

 大師はそれを埃だらけの床にコロリと転がしながら、「ないね」と答えた。

 転がったのは――動物の骨のようだった。


「……トバズドリのヒトたちは僕を超人か何かと考えているようだ。この島の口伝くでんに、『山に棲む神』というのがあって、僕はこれを神聖視された『不飛鳥とばずどり』が由来だと考えているんだけど、どうやら山に隠れ住んでいる僕をその話と同一視して……」


 話しながら骨を眺め、手に取り、ふたたび転がす。それの繰り返し。長々とした話と、骨での手遊び。

 もうひとつため息をついて、明良は身を起こす。


「……僕としては口止めを兼ねて、薬とか山菜、『不飛鳥とばずどり』の肉を分けたり、祭礼や占いの手伝いを少ししてるだけなんだけど、すごい喜ばれてね……」


 話し続けるバリを無視して「幾旅金いくたびのかね」を手に取ると、明良は立ち上がった。


「世話になった」

「……あれ? 行くのかい?」


 明良は「ここにもう用はない」と言い放つ。


「今の俺の第一は、福城へ直行することだ。貴様がこの島からの脱出の術をもたないなら、すぐにでもマオの世話にかけてもらって船で出る。与太話なら、用が済んでからまた聞きに来る」


 小屋を出て行こうとする明良だったが、その背中に「誰か、死んでるね」と言葉がかけられた。

 足を止め、振り返る明良。


「……なんだと?」

「君司教と敵対してきたんだろう? 争いがあった。そこで誰か、魔名を返した。ぼくが教えてくれたよ」


 ア行の大師は目を細め、柔和な笑顔で告げる。

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