小さな段々集落と隠れビト 1
(おそらくは離島……。
その光が明るく、方角を知るのに絶好な「
さらに見渡して判ったのは、眼下の海岸から
その地形と絶えない潮風の匂いから、この地は「島」――それもさほど大きくない島との見当もついた。
(俺が囚われてから大して時間は経っていないはずだ。だがこの、東から西への大移動……。やはり、シアラの「
一刻も早く、
この地が「島」であり、ヒトが住んでいれば、海岸沿いに行けば何かしらの施設が見当たるはずだと、明良は急いで山を駆け下りているのだ。
(最悪の場合、無人島の可能性もある……。クソッ!)
半刻ほど木々を抜け、
「
眼下の海岸に近いところ。
天に上る白煙を三本、明良は見つけた。
黒髪を振り乱し、少年は煙を目指して速度を上げる。
*
明良は足を止め、眺め下ろす。
小さな集落であった。
傾斜がきつい山
その入り江を取り巻くように、山肌に段々として散在する十軒ほどの建物。
炊煙はひとつ増えていて、少なくとも四軒にはヒトの生活の気配がある。
明良はそのうちの最も手前、板
*
「
質素な板戸の前、明良は
庭先では漁具らしき網が拡げられ、干し物の魚も並べられている。
ヒトがいることは間違いない。
「すまん! どなたか!」
もういちど声を張り上げてすぐ、板戸が開かれた。
だが、現れた者の姿に明良はたじろぐ。
「うっ!」
「……なん?」
日焼けした女。
歳の頃は、明良よりいくらか上といったところ。縮れる黒毛をまとめるように頭に手拭いを巻き、憮然として明良を見据える。
瞳は大きく、まつ毛が長い。
への字に曲がった唇は分厚く、健康的であった。
しかし、その装い――というより、格好。少年がたじろいだ
「む、胸を……」
上半身に何も身に着けていないのだ。
そして、それを恥じるような様子も女にはない。
「……なん? ヌシ、内地のヒトかね?」
手で遮りを作り、顔を逸らすだけで、明良は答えない。
張りのある乳房から目を逸らすのに気を取られたため、女の問いを聴きそびれていたのだ。
少年のその様子に、「はん」とおかしそうに笑う女。
「やれ、朝からうっつぁしの、内地のヒトだとは、ほれ、まっちょれ」
「あ、ああ……」
女は家屋の奥へと消えていく。
戸の先はすぐ土間になっている。炊煙もここのかまどから上っているらしい。
女が消えて間を置かず、今度は全身裸、浅黒い男児がひょこりと姿を現した。
クリクリした
「や、やあ……、ボウズ……」
「……ヌシ、なん?」
「……ン?」
「よろずぅりか? ええもんのうっとうてか?」
「あ……。いや……」
(……ダメだ。
「……いいコト、判らんじゃろうで、なん?」
女が戸口に戻って来た。今度は胸を隠しているその姿。明良が「内地」のヒトと察して、どうやら気遣ってくれたらしい。
ほっとひと息つく少年だったが、それでもまだ乳房を覆う布なだけで、露出は高い。
少年は努めて女の顔だけを見る。
「すまんが、
「魔名かね? 動かし手の」
「……そうだ」
女と男児は、揃って首をふった。
その仕草、顔つき。
目の前の女と似通う部分が多い。男児はこの女の息子なのかもしれない。
「福城に……、
「内地との連絡船は
その単語は明良にも判じ得た。
「
ふたつの月が天球上、向かい合わせのように逆側に位置をとる日である。
「単月」の日は海流の変化が乏しく、
しかし、近日中には「単月」にはならない。まだふたつの月は近い。
「あの船で内地……、大陸まで行くのに、何日くらいかかる?」
明良は背後、見下ろせる入り江の船を見遣って訊ねた。
「……さぁて、いまんどきの潮だ、
「みっか……、三日だと……?」
(……三日かけて着いたとしても、そこは本総大陸の西の端……。福城へはそこから陸伝いに、さらに日数がかかるッ!)
歯噛みして顔を下げる明良に、いくらか警戒を解かれてきたのか、女は表情を少し和らげ、「ヌシ、魔名は?」と訊いてきた。
「俺か? 俺は明良だ」
「『名づけ術師』かね?」
どうやらこの女は、明良の名を「ア・キラ」と判じたらしい。
少年は首を振って否定する。
「……俺は魔名術を扱えん。『明良』というのは自称だ」
「さあかね……」
女は戸口から出てきて、つと顔を上げる。
彼女が見上げるは、家屋
「……メシさ、食っでけぇ」
「ン……、いや、俺はそんな場合じゃ……」
女は振り向くと、明良の顔を両の手でやおら包みこんだ。
「ッ?!」
「
たじろぐ明良の
危害を加えてくる様子ではないものの、彼女の距離の詰め方は激しく、少年は当惑してしまう。
「ハラぐっちにして寝でからじゃがねえと、山でたおっちめえぞ。ほれ」
「な、なな……、何だ……?」
半ば押されるようにして、明良は粗末な家屋に招じ入れられた。
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