夢乃橋事変の守衛手司と波導大師 1
ゴーン ゴーン……
時刻を告げる
魔名教の主都、
(守衛手の警戒は私が脱けたコトでガタガタ! 侵入も容易い!)
まとめ髪を揺らしながら、静まりかえった区内を駆け抜ける少女。先日の美名との闘争で負ったのであろう、
だが、苦々し気な彼女の表情は、その傷の痛みによるものだけではない――。
(美名ッ! アンタが大橋の護りに行ってることは盗聴済みよ……。でも、それは見当違い! 私はこれから魔名教を……、教主を討って、ひっくり返す!)
かの闘争を経て、波導の少女は、
(たとえ私の前に立ちはだかろうが、今度は
走り続けたニクラは、「
目指す主塔はこの
こんな深夜にまだ
ニクラは窓の
身を起こし、星空に浮かぶ主塔を見据える――。
「こんな、努力が報われない世界……、私が壊してやるッ!」
吐き捨てるように言うニクラだったが――。
「どうやって壊すのん? ラァ」
「……決まってるわ! あの主塔ごと教主を……」
もし、この場にこれらの声の主以外の者がいたら、それはまるで、たったひとりの者が発した自問自答のように聴こえたことであろう。それほど、一連の声色は一緒であった。
だが、ニクラ本人は当然、気が付く。
屋根上に自分以外の誰かがいることを。
声の主の姿を確かめるまでもなく、その問いかけが誰のものであるかを。
ニクラは左手の「
「ニクリッ!」
「やほやほ~! ラァ!」
咎めるようなニクラに、全く同じ声色の間の抜けた挨拶。
続けて、搭上より舞い降りてくる影――。
「久しぶりだのん! リィ、ラァと会えて嬉しいよぉ!」
現れたのは、小柄な少女であった。
手を加えたのであろうか、身に着けている外套衣は「外套衣」ではなく、長い
ごく短い
少女の頭髪は、
そして、容姿は――ニクラと瓜ふたつ。ニンマリと頬を緩ませ、瞳を輝かせてニクラを見てくる。
夜空の下、「十角宮」の屋根の上で少女ふたりが向かい合う光景は、浮かべる表情と顔の腫れの違いはあれど、鏡を合わせたかのようであった。
「ラァ、年始も働きづめでおウチに帰ってこないから、リィはもう、さみしくてさみしくて……」
「なんで……、なんでニクリがここに……」
「グンカちんの
拳を振り上げ、片足を曲げる少女、ロ・ニクリ。
彼女こそはロ・ニクラの
楽しそうに手足をばたつかせる妹に、ニクラは苦々しさを隠さずに睨みつける。
「どうやって来たかじゃない! どうしてここにいるのかって訊いてるの!」
「どうしてって……」
波導大師ニクリは、人差し指を流麗な線の
「モモちんから聞いたのん! ラァが悪いコトしてるって! そしたらリィ、仲良し
「……
ギリリと音を立て、ニクラは歯軋りする。
「……邪魔をするなら殺すわよ、ニクリッ!」
「ひぃ! ラァ、怖い……」
「……ッ!」
妹の様子に、姉は歯軋りを深める。
びくりと大仰に震え怖がる大師が、ニクラには許せない。
自分には、ニクリを殺すことは決してできない。その力量差を判っているくせに、わざとらしいその素振りが許せない。
自分と瓜ふたつの顔、瓜ふたつの姿が許せない――。
「……そういうところよ! ラ行・
「んのぁ?!」
キッキィイィン
「ラ行・風韻」。
美名を苦しめた、身動きを封じる波導の音が「十角宮」に
「フーイン?!」
続けて、ニクラの両の手のひらから、「風」が巻き起こる。
バキバキと、荒々しく瓦を剥がしながら「風韻」の「風」が波導大師に迫る――。
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