夢乃橋事変の少女とネコ 3

「そんな……、嘘ですよね……?」

「一円にもならない嘘など、つかんわい」

「え、ちょっと待って……。え? タイバ大師は『魔名解放党』じゃないって、たしか、『わか』でも……」


 クミの疑問に、老大師はニヤリとする。


「……一円にもならない信仰など、持たんわい。あやつらの仲間になった気などないぞい。請け負った仕事だといっておろうが、クミ様よ」

「モモ大師の幻燈げんとう術は……? 『大橋』には来れないはず……」

「あぁ、『夢映むえい』のことか……? モモノが到来しとるのは知っておったからのぉ……」


 識者しきしゃ大師は「コレ」と言いながら、頭上の帽子を撫でまわす。


「魔名術封じの『封魔ふうま』を内側からかけとるんじゃよ。幻燈筆頭の術、さすがにまったくは無効にできんが、物理的に近づけば、なんとか『大橋』もよ」

「……タイバ様……」


 困惑から覚めない少女を無視するように、大師は筋張った平手を欄干らんかんに添える。


「……ホレ、下がっとれ。危ないぞ」

「……ッ!」


 ハッとして美名は、クミを抱えこむとタイバ大師から距離を取った。


「……ナ行・炸化さくか


ドンッ


「……ッ?!」

「きゃぁ!」


 大師の直下、彼が胡坐あぐらをかいていた欄干が爆裂した。

 美名はクミを抱えたまま身を屈め、腕で遮りを作る。

 だが、爆風は激しく、少女の身体は後ろに流される。飛来する瓦礫がれきは多く、少女の身のそこかしこにぶち当たる。

 術者であるタイバは、胡坐の体勢のまま宙に投げ出されたが、ちょうどそこには例の絨毯じゅうたんが浮かんでいて、まるで図ったように彼を乗せるのであった。

 身を絨毯に落ち着けると、タイバ大師は顎髭あごひげを撫でながら眼下を見遣る。


「……ふむ。やはりこれ、落としきるには骨が折れそうじゃのう」


 術者は「爆炸はぜ」の成果に不服のようだが、とんでもない。爆心の欄干から半径十歩ほどは、城喜川から巨人が現れ巨大な手で掴み取ったかのように消失してしまっている。


「なんつう威力なのよ……」

「……タイバ様、やめてくださいッ!」


 立ち上がり、大師を見上げ、叫び訴える美名。


「こんなこと……、お願いです! やめてください!」

「……ふむ」


 絨毯の上から見下ろし、タイバ老師は「一千万」と告げた――。


「……え?」

「一千万じゃよ。この解体作業。その額で請けとる。やめろというなら、お嬢ちゃん。それ以上のカネが払えるかの?」

「……そ、そんな……、おカネ……?」

「ないなら、クミ様と一緒になって下がっとれ。儂としても、お嬢ちゃんを傷つけたくない」


 識者大師を乗せた絨毯は、ふわふわと漂って美名たちから離れていく。


「あんのごうくジジイ……」


 ギリギリと歯軋はぎしりを鳴らしながらのクミの視界、遠くなった大師は、またも欄干の上に降り立った。

 直後――。


ドォン


 識者の「爆炸はぜ」が、三度みたびに「大橋」を傷つける。

 美名は、自らの身が焼かれるような思いであった――。


(橋が……、明良あきらが祝福してくれた、思い出の橋が……)


「……タイバ様、やめてくださいッ!」


 二色にしきがみの少女は抜刀した。「かさがたな」を正眼せいがんに構えた。


「ちょっと、美名? 戦うの?!」

「……戦うわ」

「相手は『十行じっぎょう大師たいし』よ?! モモ大師と同格なのよ?! 手を出すつもりはないって言ってるんだから、逃げとこうよ!」


 美名は小さく首を振る。


「ダメ……。自分勝手な理由だけど……、ここは……この橋は! 壊されたくないの!」


 絨毯の上にふたたび舞い戻ったタイバは、美名の臨戦姿勢に気が付いたようだった。片眉をひそめ、不敵な笑みを浮かべる。


「はっはぁ……、遺物いぶつを出すか。邪魔立てするなら儂も黙っとらんぞい」

「……ほらぁッ!」

「ごめん、クミ! 下がってて!」

「美名ぁッ!」


 制するようなクミの叫びを背に、美名は走り出す。大剣を水平に、真一文字にして風を斬りながら、橋の上を駆ける。

 迫り来る少女の姿にまたひとつ、ニンマリと笑みを浮かべると、タイバ大師は懐中に手を入れた。

 取り出されたのは、十数個の石。どこにでも転がっているような、石ころ――。


「ホレ。これでもあげよう」


 石ころが美名の進路上に放られる。

 放られた軌道の途中で、十数個の石は音を立てて破裂した。


「つぅッ?!」


 爆散した石の破片は、当然、美名も襲った。

 小さな破片とはいえ、爆発で勢いづいた速度はすさまじく、数も多い。少女は胸に、腰に、腕に、顔に、足に――あらゆる部位を撃たれる。

 だが、美名は歯をくいしばりつつ、大師に駆け向かう足を止めない。


「……タイバ様ッ!」

「ほう。こりゃぁ強いわい。それ、もういっちょ」


 ふたたびの石弾の投擲とうてき。「爆炸」の弾雨だんう

 だが、傷を増やしても美名は止まらない。宙に浮かぶ大師を真っ直ぐに見据え、間合いに入ると、少女は足を踏み切って跳び上がった。


不全ふぜん打擲ちょうちゃくッ!」


 老大師に迫る、「嵩ね刀・不全」。

 狼狽ろうばいの色ひとつ見せず、タイバは自身と大剣との狭間、差し込むように杖を掲げ上げた――。


「ナ行・弾化だんか軟化なんか

 

 美名の一撃は、杖に

 超質量の「嵩ね刀」の横腹が杖を捉えた瞬間、柔らかくしなやかな感触で跳ね返されたのだ。


「きゃッ?!」


 反動に体勢を崩しつつも、美名は着地する。

 見上げた先で、タイバ大師は悠然として杖を掲げてみせた。「嵩ね刀」の過重の打撃にも、損傷ひとつない――。


「そんな……? あんな……木の杖で……!」

「……『嵩ね刀』が不完全などと、自分で告げちゃあいかんぞ、お嬢ちゃん。それに、『万物をり従える』識者を相手にして、は捨て去ったほうがよい」

「……?」


 語りに囚われていたためか、美名は気付くのが遅れた。

 夜空に浮かぶタイバ大師の姿が、上へ上へと昇っていっている――。


「地面は……、お嬢ちゃんの足元は、もうすでに儂の識者が

「これは……!」


 見回す美名。

 大橋の欄干、石床――だんだんとに変わっていく――。 


(……違ったッ! んじゃなくて、いってる?!)

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