夢乃橋事変の少女とネコ 2

「なに、何? なんでこんな時間にのんびり川下りしてんの? あのおじいちゃん大師は……」

「タイバ様ぁ~!」


 眼下で杖を振って寄越すタイバ大師に、美名も欄干らんかんに身を乗り出して手を振り返す。二色にしきがみの一件もあって、彼女はナ行識者しきしゃの大師に敬慕けいぼの念を抱いているのだ。

 お互いに手を、杖を振り合っているうちに、老大師を乗せた舟は橋の下に入り、見えなくなる――。


「……あらら。どこ行くのかしら……」

「クミ! ほら、アッチ側に行こう!」

「……ちょっと、美名ぁ!」


 橋の向こう側で大師を待ち受けるべく、嬉々とした美名が駆け出し、クミがそれを追いかけようと欄干らんかんから降り立った時だった――。


ドォンッ


「わぁッ?!」

「うひゃぁ?!」


 轟音とともに、大橋が揺れる。

 よろめく美名とクミだったが、振動はしばらくして収まった。


「……ナニ、なに、何なの! 今のなに?! 地震?!」

「……タイバ様は?!」


 老大師の身を案じ、橋の向こう側に美名は駆け寄る。

 彼女が欄干に手を掛け、下を覗き込もうとしたのと同時、眼前にせり上がるようにして現れた影――。


「……ほっほ。ワ行のお嬢ちゃん、それに、クミ様も……。夜も遅くにご機嫌うるわしゅう」


 現れたのは識者の大師、タイバであったのだが――。


「タイバ様! ……って……、と、飛んでる……?」


 彼の姿は川面もだいぶ下の欄干の外にある。不可思議にも、地面などあるわけもないのに、目線はほぼ、橋上はしうえの美名と同じ位置。彼女の驚きのとおり、まるで空を飛んでいるかのよう。

 しかし、その仕掛けのタネはすぐに知れた。

 そのまませり上がってきた彼が泰然たいぜんとして胡坐あぐらをかいているのは、ひらひらとはためく絨毯じゅうたんの上。彼が「ナ行識者」の筆頭であることをかんがみると、その絨毯に何らかの識者術が施されているであろうことは容易に推測がついた。


「……魔名術は『空飛ぶ絨毯』も作っちゃうのね……」

「タイバ様、ご無事でしたか!」

「……無事も何も、術者のわし自身がケガしてたら格好がつかんじゃろうて」

「……術……?」


 「ほっほ」と笑うと、タイバは絨毯から欄干らんかんの上に跳び移った。

 しかし、踏み出しも着地も、胡坐をかいたまま。音もなく、枯れ葉が地に落ちるように静かな一連の動きであった。


「タイバ様……。『術』とは……、その絨毯の、空飛ぶ魔名術のことでしょうか……?」

「いやいや、何を言っておる。『爆炸はぜ』じゃよ。儂が得意とする、識者の高位術じゃ」

「爆炸……?」

「このすぐ下を爆破したんじゃが、いやはや……、さすがは主都しゅと福城ふくしろの橋じゃわい。橋脚きょうきゃくひとつ吹き飛ばしたくらいではびくともせんのぉ」


 飄々ひょうひょうと言ってのけるタイバ大師。

 口を開け、呆けたように瞬きするだけだった美名は、ハッとして我を取り戻すと、落ちそうになるほど欄干に身を乗り出し、橋の下を覗き込む。

 クミも美名の横で這いつくばるようにし、欄干の隙間すきまから顔を出す。


 ふたりの眼下は壮絶な光景であった。

 浮かぶ島のような石造りの土台。こそぎとられたように生々しい跡が、そこに橋脚が存在していたことを物語っている。川面かわもには瓦礫がれきや、大師が乗っていた舟のものであろう木片が浮かび、「爆炸」の衝撃か、高い波に遊ばれている――。

 

「ど、どういうことですか……? タイバ様……」


 身を起こした美名は、当惑した顔で老大師にたずねる。

 彼女の問いには答えず、大師は「そうじゃ、そうじゃ」と懐中より何かを取り出した。

 放り投げられた物を受け止める美名。手の中に舞い落ちたのは、月光を鋭い光でかえす、銀の円装飾――。


「『指針釦ししんのこう』……?」

「それを返しとかんとかな。対価も払わずに頂戴するのは儂の信念に反する」

「……ニクラに……奪われたと思ってた……」


 顔を上げた美名の、信じられないといった表情に、ニッコリと微笑み返す識者大師、ノ・タイバ――。


「察したかの? 可憐な少女らの戦いに水を差したのは、この老害よ。仕事のため、やむなくな」

「……仕事?」

「そうじゃよ。仰せつかった仕事の依頼。『ロ・ニクラを「烽火」決行までの間、警護すること』、『「烽火」では大橋を陥落させる任』……。ま、少しばかり譲歩して、契約にはもともとなかった、かの娘のを務めたりもしたがのう」

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