夢乃橋事変の少女とネコ 1
ゴーン ゴーン……
時刻を告げる
「時間ね……」
「うん」
ふたりの姿は「大橋」にあった。
夜が深まるにつれ、橋の上でのヒトの往来は少なくなっていった。
深夜で
「近くの橋を渡る」という思考であるため、認識できていない「本物の大橋」でも、遠くにあると思い込んでいる「幻の大橋」でもなく、
「大橋」そのものに用がある者――「魔名解放党」の「
ゆえに――。
「……んもう! まただわ!」
クミは、欄干を離れてトコトコと歩き出した美名に気付くと、呆れたような声を出した。
「ちょっと、美名! 止まりなさい!」
「え……?」
振り返った美名は、不思議そうにクミを見つめて来る。
「どこ行くつもりよ?」
「どこって……、私たちの役目は『大橋』の護りじゃない。早く行かないと……」
クミは大きくため息を吐く。
壮大な幻燈の魔名術は、美名にも影響を与えているのだ――。
「ここはどこでしょう?! はい、美名ちゃん。答えて!」
「ここ……? ここは
「違う! もっと、ちいさぁ~い規模でお答えください!」
「小さい……、橋の上?」
「そう! どんな橋?!」
「どんなって……、福城の……大橋……、あ……」
「思い出した?」
照れ臭そうに頭を掻いて、美名は「うん」と頷く。
「ありがと、クミ。ちょっと気を緩めるとダメだわ、私……」
「最初の時点で、私がココに回された理由がなんとなく判ったわよ……。あんのモモ大師、きっと、私に魔名術が効かないってこと、知ってるんだわ……」
これで、このようなやりとりは三回目である。
「幻の大橋」に向かおうとする美名を、幻燈の影響下にないクミが呼び止める構図。
「それにしても……、ってことは、私の『魔名術無効』は、完全なものなのかしらね。幻燈術者の筆頭、モモ大師の術まで効かないんだから……」
「すごいよね、クミ」
「感心してないで、美名も気をしっかり持ちなさいな! なんでそんなに注意散漫なワケ?」
照れ臭そうに頭を掻いて、美名は「いや」と答える。
「ちょっと……、思い出してて……」
「思い出す? 何を?」
「いやぁ、ここにいると、そのぉ……」
美名の煮え切らない言い訳に少しばかり思いを巡らして、クミはニヤリとした。
「はっは~ん……。さては、
「……うぅ」
「この、思い出の橋、同じ星空! 明良との
「ちが……、違うって……」
たじろぐ美名に、クミの調子はますます上がる。
「デートして、家族作ろうねって言い合ったことを思い出してるのね! なら、ちょっと気が抜けてるのも仕方ない!」
「……違うって言ってるのに……」
「ひゅうひゅう~! ひゅひゅっひゅ、ひゅぅ~! 結婚式には呼んでよね!」
「……もう!」
「あっらぁ~……。美名さん?」
「……」
「怒った?」
「……知らない!」
「……怒っちゃった?」
「……知らないってば!」
「ごめんよぉ~……。私のからかい癖はね、もうこれ、どうしようもないんですよ」
「……知ってる!」
「あっらら~……」
(……これは、話題をむりくりにでも変えないと……)
「そういえば、
「……」
「まったく、魔名術ってホント不思議よねぇ~……。いきなり使えるようになるんだもの。でも、美名? 戻るっていう確証がないんだから、『
「ワ行・
ロ・ニクラとの戦闘で美名が
彼女が初めて身に着けた魔名術ではあるが、発動させたのは先の一回だけということもあり、美名自身、未だ不明確な部分が多い。
自分以外の「誰か」の感覚を奪うことは可能なのか?
聴覚以外に奪えるのか? 視覚や味覚、触覚は?
奪った感覚は自然に回復するのか? 回復するきっかけがあるのか?
正しい表現かは判らないが、奪った感覚はどこへ行くのか? どうやって戻ってくるのか?
美名が昨日の戦闘の負傷から全快したのは夕方ごろであったが、以降にこれらを検証しようにも、「感覚を奪う」という効果では、失敗したときのことを考えると安易にできるものでもなく、そうこうしているうちに「夢乃橋」決行の段となっていたのである。
「……こうなると、他の
「……」
「もしもぉ~し、美名さぁ~ん……?」
クミに背中を向け、そっぽを向いたまま、美名は身じろぎひとつしない。
(まだ怒ってるよぉ……。仕方ない。ここはひとつ……)
「……あ~あ。なんだか、大丈夫そうよね、ここ」
「……」
「モモ大師の術はしっかり効いてるし、『解放党』も皆、『幻の方の大橋』に行っちゃってるんだよ、きっと。私たちも明良に合流しましょっか!」
実際、そういう段取りではあったが、クミの提案には少しばかり、「ご機嫌取り」もある。からかうだけからかって、ヘソを曲げられるのには弱いネコであった。
しかし――。
「いや」
「……えぇ~……」
美名の呟きに、クミは意気を落とす。
「ごめんね、美名ぁ。機嫌直してよぉ……」
「……え、いや、そうじゃなくて……。ほら、クミ。あれ……」
そっぽを向いていた美名は、その方向に指を差す。
「……ン? あれ? え?」
「何か……、近づいてきてない?」
「何……?」
美名が指し示すは、
夜空を映す川面に、クミも目を凝らしてみる。
すると、夜目が利く彼女もまた、反射された星空に浮かぶ何かを捉えた――。
「……舟……かしら……? 小さいわね」
「誰か……、乗ってるわ」
川の流れに乗って、小舟はどんどんと近づいてくる。次第に大きく、はっきりとしてくる接近者の輪郭――。
「なんかあのヒト、こっちに手か……、何か、振ってない?」
「……いや、え? アレって……」
舟はもうすぐそこ、声を張れば届きそうな位置にまでやってきた。
接近者の
「やっぱり、あのヒトって……」
「タイバ様!」
川の流れでやってきたのは、
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