少女の才覚と二色髪 3

 クミは判断がつきかねた。

 大切な友人をなぐさめてやればよいのか?

 それとも、「構わずに『名づけ』てもらいなよ」と笑い飛ばせよいのか?

 「名づけ」のあらましを話し終え、沈痛ちんつう面差おもざしの美名に、どう言葉をかければよいのかクミには判らない。


(「ワ行劫奪こうだつ」……。「奪う魔名」。余所よそ者の私には、その魔名がどんなものか、まだよく判らないけど……)


「……すみません……。この大変な事態の中、私のことで……」


 場の空気を沈ませてしまったことを気にかけ、空笑いをする美名。

 そんな彼女の姿に、クミの胸は詰まる。


(美名……。あんなにも純真に魔名を求めてたのに……)


 クミは顔を上げ、「クメン様」と呼び掛ける。


「……今の話だと、美名に他の行の魔名を『名づけ』ることは出来るんですよね?」

「はい。……できますが、それは『名づけ師』の禁忌きんきになります」

「禁忌……?」

「才覚がまったくない魔名を授けてはいけないと、『名づけ師』には伝え教えられているのです。魔名術を扱えない魔名は、ヒトを不幸にする、と……。『どうして魔名術を使えないのか』と自棄やけを生み、他者のさげすみを呼び、自身と他者と、『名づけ師』を恨むことに繋がるから……」


 クメン師がいう、「名づけ師の禁忌」。

 その危惧するところは、美名という少女には当てはまらないようにクミには思える。彼女は魔名術を使えない現状でも、ほがらかに真っ直ぐに旅路を歩んでいる。


(どんな魔名を授かろうが、このが後悔することのないよう――)


 小さなネコは、銀髪の少女を見上げる。


「……美名、今まさに『大変な事態』なのはそうなんだけど、アナタにとって、私にとっても、美名が魔名を授かることも充分、大事なコトなんだよ」

「……クミ」

「美名は……どうしたいの? ワ行の魔名を授かりたい? 他の行の魔名を、魔名術は使えなくとも、授かりたい? それともこのままでいたいの?」


 視線を下げて考え込んだのち、美名は顔を上げ、ネコの色違いの双眸そうぼうを見つめ直す。


「私も……、ここまで帰ってくるあいだ、考えてたわ。クメン様が諭してくれた、『劫奪の魔名を授かる覚悟』……」


 少女はクメンも見つめる。彼は少女に応え、柔らかく微笑んで頷いてくれる。

 

「私は覚悟できる。それが私の旅路の定めだというのなら、『裏切りの魔名』であっても……」


 答えた美名は、ふたたび目線を落とし、「けど」と言い淀む。


「……大切なヒト……私のともがらから祝福されないのなら……、私は……」


 「大切なヒト」。「美名の輩」。

 クミは即座に直感した。


明良あきらを……、気にしてるのね。「劫奪」に魔名を奪われた、あの子を……)


「……美名、紙を出して」

「カミ……?」

「さっき渡されてた……。なんだっけ。『そうぞうしい』とかいう、神代じんだい遺物いぶつ!」

「え……、あ、うん……」

「書くものも貸してください!」


 美名から「相双紙そうぞうし」を、クメン師から筆を受け取ったネコは、その遺物に何をかを書きつけていく。


『どうしても話したいコトがある! 美名より』


「クミ……? これ、どういうこと?」

「……明良に話しなさいな。『名づけ』のことも、『劫奪』のことも」

「え……? 今、明良は間諜かんちょうとして大事な任を……」

「んもう! コッチも大事だって言ったでしょ!」


 卓上でクミは美名に歩み寄り、美名の手に自らの小さなあしを添える。


「アイツのことを気にかけてるんでしょ? 明良が気にするかも、自分が嫌われちゃうかもって、心配なんでしょ?」

「……うん」

「だったら、直接訊いてみるといいわ。自分の口で、美名の想いを話してやんなさいよ。断言するけど、アイツはきっと素知らぬような顔して、ぶっきらぼうに『一向に構わん』とでも言って、内心ではすんごい喜ぶはずよ」

「そうかな……?」

「そうよ! 間違いないわね!」


 そのとき、「相双紙」がぼんやりと光り、独りでに文字が浮かび上がってくる。


『夜になってからであれば』


 明良からの返事であった。


「ほら、これで返事、書いてやりなさいな」


 クミから筆を受け取った美名はひとつ頷き、「相双紙」へと向かう。


「では……わたくしは、明日にでも『渡名』ができるよう、手配しておきましょう……」


 一心に返事を書く美名を見守りながら、クメン師はそう言う。


皆様みなさま、通じ合っているようで、とても羨ましい限りです……」


 パチパチと瞬きをして、教主フクシロはそう言う。


「ワ行の魔名とは……。客人まろうどといい、希代きだいな子らよのう……」


 口のを意味ありげにニヤリとさせて、識者しきしゃの大師タイバはそう言う。


(ってか、ホント、いつまでいるの? このおじいちゃん大師は……)


 クミの視線に気付いたらしきタイバ大師は、これもまた意味ありげに彼女に笑みを返す。それから、「どれ」と言って、ちょうど返事を書きつけ終えた少女を見遣った。

 

「……それじゃあわしから、魔名の祝いをひとつ、やろうかの」

「祝い……ですか?」


 いくらか元気を取り戻したらしき美名は、大師の言葉に首を傾げる。


「その髪……、年頃の子としては少し不精ぶしょうに過ぎやしないかのう? 長さも調和が悪いし、切り口も雑じゃ。せっかくの綺麗な御髪おぐし、もったいないわい」

「あ、いや……。これは、先ほど……」


 経緯が複雑だったため、自分で切り落としましたとは言えない美名。

 タイバ大師は立ち上がって彼女に寄っていくと、美名にも立つよう促す。

 そうして大師は、懐から紙のようなものを取り出した。美名が「かさがたな」をぬぐうのに使う懐紙と同じ、粗い一枚紙である。


「あの……何を?」

「夜には『よきヒト』とも会うんじゃろう? お洒落しゃれせんとな……」


 紙を持った大師の手が、美名の首元あたりで行ったり来たりする。その手の動きに伴ってサリサリと音が鳴り、彼女の銀髪がはらはらと落ち、毛先が揃っていく――。


「わぁ……。美名の髪を切ってるの?」

「え? え? え?」

「『識者』の魔名術で紙片を鋭利にしているのですね」

「……ほい。あらかたいいじゃろ。……仕上げに、こんなのはどうかの」


 タイバ大師は美名の正面に回って彼女の前髪をひとつまみすると、すぅっと指を滑らせていく。その動きで前髪は、毛先に向かって深紅しんくへと色を変えていく――。


「今度は『色変しきへん』ですね……」

「うっわ……。銀色のウェーブボブに、アクセントの赤いメッシュ……。なにコレ? 可愛いすぎるんですけど……」


 クミが感嘆するとおり、居坂の識者術者の最高峰の手によって、美名の頭髪はあでやかに、見事に整えられた。

 色白の首際で並び踊るような銀髪。元からのクセ毛もあり、ふわりと柔らかそうな見目である。前髪の右目にかかる部分は赤く染められ、彼女の瞳の色とよく合う。


「儂の教区のとある地方で伝わる『二色にしきがみ』という装いじゃ。これをしてる、してないで未婚者と既婚者の区別の意味があるそうじゃが、なかなかにお洒落じゃろう? 今度、居坂で流布してみようと思うんじゃ」

「え……。ちょっと、見てみたいんですが……」

「おお、そうじゃったな。本人が気に入らんとしょうもないわい。……ホレ」


 タイバ大師は持っていた紙片に平手をかざしてから、美名に見せつけるように掲げる。

 どうやら今度の紙片は、「識者」の魔名術により鏡面きょうめん化したらしい。


「うわぁ……。なんだろう? 違和感がすごい……」

「ああ……。髪切るとそんなカンジするよね」

「でも……。すごく……いいですね……」


 顔をほころばせて美名は、タイバ大師に何度もお礼を言う。

 友人が大層喜んでいる様子に、クミも大師のことを見直した――はずだったが。


「お返しは、腰にげとるその神代遺物でええぞい」

「魔名のお祝いなんですよね?! なんでお返しを求めるんですか!」


 クミには「冗談じゃわい」と飄々ひょうひょうとして答え、タイバ大師はようやくにして主塔を辞していった。

 そのあとで美名たちは、「魔名解放党」の調査、対応準備の段取りを話し込んで――日没を迎えた。

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