少女の才覚と二色髪 2

 附名ふめい術者メルララの震えが身体全体に至ると、繋ぐ手を通じ、美名の身も揺さぶられる。

 それにつれ、彼女の「命名めいめい」の発光も薄れていき――消えた。


「メルララ様……!」

「こ、劫奪こうだつ……。まさか、美名さんの才覚が、『ワ行劫奪』……?」


 うつろに震えているばかりだったメルララの瞳に生気が戻ると、彼女は「イヤ!」と甲高い叫びを上げ、美名の手を振り払う。

 それはまるで、実直な附名術者に存在ごと拒否されたようであり、美名の心はひどく打ちのめされた。


「メルララさんっ! なんてことを!」

「あ、ああ! ああ! 美名様、申し訳ありません、申し訳ありません! ああっ! 私……」

「いえ……」


 美名の手を取り直し、祈りを捧げるようにこうべを垂れるメルララの姿にいくらか気を取り直したものの、美名の心中しんちゅうよどむものは完全には消えない。


「メルララさん……。『ワ行の光』を見たのですね……?」


 クメン師の問いに、後輩の附名術者はむせび泣きながら頷く。


他行ほかぎょうは……? 他の光は?!」


 この問いには、彼女は力無く首を振る。


「ありません、ありませんでした……! 赤光しゃっこうも、白光はっこうも、ありませんでした! ただ、先も見えない、光とも呼べない『黒』が……『黒』だけが……!」

「『ワ行の光』は……『黒光こっこう』なのですか……」


 附名の術者同士の会話に困惑している美名に対し、クメン師は説明をくれた。

 

 「ア行・命名」の魔名術――。

 それは、「ヒトの才覚」を見抜く魔名術である。加えて、附名の門外では極秘だがと前置きして教えてもくれたのが、「どんな行の魔名でも授けること自体は可能」だということ。

 しかし、だからといって無闇に魔名を授けるわけにはいかない。それにはふたつの理由がある。

 ひとつ、ひと度授けられた魔名は、解消することも、変更することもできない。

 ひとつ、「才覚」がなければ、いくら練達に励もうが魔名術を高められない。

 ゆえに「名づけ師」とは、「命名」で対象者の才覚を見定め、適切な魔名を見出し、「渡名とめい」で授ける者である。

 では、「ヒトの才覚」とは?

 それは、「命名」の術者に「光」となって感知される。瞑目めいもくした術者のまぶたの裏に、平手を通じて繋がった対象者の「才覚」が、色彩となって現わされるのだ。

 色の種類は「ぎょう」を。

 色の強さは「才覚の高さ」を。

 色の数は「持ち得る才覚の数」を現わす。

 それを見た「名づけ師」は――あるいは、対象者家族の稼業や、本人の意向なども加味しつつ、「名づけ」を為すのである。


「『命名』で見える光の種類は……、白、赤、黄、緑、紫、灰、桃、だいだい、青……。こののみ。そう教え伝えられ、実際に私も、これしか見た事はありません。黒い光は……、の魔名の才覚……」

「では……私の魔名は……、魔名術の才覚は……」

「……『ワ行劫奪』に……なりましょう」


 美名の胸の中、湖面に墨を垂らしたように、「黒」が拡がっていく。

 居坂のヒトにとって、「ワ行劫奪」とはである――。


「美名さん。勧めておいて非常に心苦しいのですが……、一度、考えましょう……」

「クメン様……」

同行どうぎょうのメルララさんののとおり、『劫奪』は忌み嫌われる魔名です。教典内で『裏切り者』と断じられ、説諭では存在さえなかったかのように無視される『ぎょう』です」


 加えるなら、美名には身近に――明良あきらが「劫奪」により魔名を奪われたという、あく印象いんしょうもあった。


「……このまま『ワ行』の魔名をいただけば、美名さんはきっと、普通のヒト以上に辛い思いをしてゆくことになります。先人もないことから、『劫奪』の魔名術の習熟も難しいでしょう。旅路のたすけとするには、他のどんな魔名よりも覚悟がりましょう……」

「覚悟……」


 クメン師の言う「覚悟」が、自らに備わっているか?

 そしりをまぬがれない「劫奪」を、「美名」の名に加えることが出来るか?

 今はただ当惑するばかりで、その自問に首を縦に振りきることができない美名は、クメン師の保留の勧めに、「はい」とか細く応じたのであった。

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