内証室談儀と動き出す者たち 4

 明良あきらを送り出してから、内証ないしょうしつに残った三人は、それぞれ卓の椅子に腰を下ろした。今回の主賓しゅひんとも言えるクミは、教主と向かい合うように卓の上で座する。


「……まさしく、クミ様の仰るとおりでしょう。すでに事態は動いております……。『魔名解放党』というぞく……。しかも恥ずべきことに、その賊を魔名教の守衛手司が率いてる……。此度こたびの『烽火ほうか』とやらを看過かんかすれば、居坂全土で同様の火勢が噴出しましょう……」

「『戦争を止める』……、『主神しゅしん一尊いっそん』の武力テロを防ぐ……。具体的に、私はどうすればいいんですか……?」


 教主フクシロは深緑しんりょくの瞳でクミを見つめ返す。


「……客人まろうど様には特別な能力があること……御存知ですか?」

「特別な能力……? 『神世の知恵』とか、『知識』のことですか?」


 金髪を揺らめかせて、少女は首を振る。


「それもありましょうが、もっと直接的で、強大な力……。魔名教代々の教主の間に申し伝えられるその力は、『変理へんり』……」

「へんり……?」


 部屋隅の台から書き紙を取って、教主フクシロは「変理」と記した。

 クメン師も初耳で初見だったのだろう。教主以外の三人は顔を突き合わせ、紙片上のその小ぶりで神経質そうな字を覗き込む。


「『へん』……『』……」

ことわりを変える……?」

「言葉どおりなら、『ルールを変えられる力』ってことかしらね……」

「……そこで、クミ様にはことわりを変えていただきたいのです。『この居坂から争いをなくす』ように……」

「『争い』を……?」

「……ええ。ヒトとヒトが衝突も、傷つけ合いもしない、そんな居坂に変えていただきたいのです」

「……」


(「争いのない居坂」……? うぅ~ん……)


 少女の言葉を反芻はんすうするクミの心中には、言い得ぬ気持ち悪さが、かすかに漂う。


(そんなことができるなら、そんな世界が来るなら、誰も傷つかないのかもしれない……。皆が幸せなのかもしれない。でも、なんだろう……。「争いをなくす」って考え方が、ストンとは、……)


 クミは教主フクシロに目を遣り、クメン師に目を配り、美名に目を向ける。

 三人が三人とも、淀みのない瞳で、深々しんしんとクミを見つめてきている。


(ダメだ……。なんでだろう? なんでそう思うんだろう……。「ルールを変えて、居坂から争いをなくす」……。なんだか、……)


 次第にクミは、自身への嫌悪の感が出てくる。

 「争いがなくなる」――。

 絶対にいいコトのはずである。皆が幸福になれるはずである。けれど、腑に落ちない。なぜか、跳ねつけたい。

 そう思う自分に、嫌気が差してくる。

 クミはそのことを、純真な視線を寄越す三人に悟られまいと頭をひとつ振って、「どうすればいいんですか?」と訊いた。


「……どうすればその『変理』は為せるんでしょうか? 私が『変われぇ』って念じでもすればいいんですか?」

「いえ……。あるところに、赴かねばなりません」

「あるところ……」


 教主フクシロは、「変理」の字の横にふたたび筆を走らせる。

 書かれた文字は、「天咲塔」――。


「てん……さき……とう?」

「いえ、たぶんこれは……天咲あまさきのお山……ですか?」


 教主の少女が、美名に対し頷く。

 「天咲あまさき山」、本総ほんそう大陸の最高峰。

 福城を目指していた美名たち一行がつい一週間ほど前、裾野すそのを回り込むように通過してきた、険しき山である。


「……え……? あの山に『塔』があるってこと? そこに行くの?」

「でも、あの山にも付近にも、『塔』どころか、人里やまともな建物も、なかったと思うけどなぁ……」

「『塔』を、……」

「……?」


 首を傾げるクミをチラリと見やってから、美名はおずおずと教主の顔色を窺うようにする。


「その、教主様……」

「……はい?」

「どっちにしろ、天咲のお山には行けません……というか、間に合うかどうかが、怪しいのです」


 ハッとして、教主はクメン師を見遣る。

 その目には、必ず貰えると知りつつ親に援けを請うおさのような、があるように、クミには見えた。


「……急いでも、行くだけで三日はかかるでしょう」


 クメン師も美名の言葉を裏付ける。


「三日後の『烽火』には遅れる可能性がありますね……」

「……すみません。あまり、地勢に詳しくないもので……。ど、どうしましょう? 私、客人様に『変理』で争いをなくしてもらえるとばかり……、そう思ってて……」

「……」


 嘆くような教主の言葉に、またもクミは胸の中に気持ちの悪いモノが伝う。

 しかし、それを吐き出すこともかなわず、グッと呑み込んだところに、「そうだわ」とフクシロが手を合わせた。


おお伯母おば様に相談してみましょう。きっと、いい知恵を授けてくれます!」


 その着想ですべてが救われたかのように、フクシロの様子ははしゃいだようになる。


「うぅ。あの方ですか……?」

「クメンはまだ、苦手にしているのですか? あんなにも偉大で、誇るべき方を」

「大伯母様……?」

「……って誰なんですか?」


 教主は懐から、紙を取り出しながら微笑む。

 取り出したものはどうやら、一枚は明良が持っていき、一枚は美名に渡された、「神代じんだい遺物いぶつ相双そうぞう」と同様の紙であるようだった。


「大伯母様――今回の居坂の不穏をいち早く察知し、私に進言をくだすった、一族の誇り――、当代の幻燈げんとうの大師、モ・モモノ様です」


 思わぬ者の名と、「モモ大師が教主の一族」という思わぬ新規情報に、美名とクミはしばし、呆然とさせられた。

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