内証室談儀と動き出す者たち 5
嬉々としはじめた教主フクシロは、卓に紙を据えると、筆を走らせていく。
『大伯母様 ご相談したいことがあります』
「……ン? え? そんなこと書いて……」
書きつけられた文面を、美名とクミが不思議に思って眺めていると、紙片はおもむろに光り出す。そして――。
「え……うそ……。勝手に字が……?」
紙片上の教主の文言は端から消えていき、代わりに文字が浮かび上がってくる。
『その大伯母ってのは いい加減やめないかね』
「……さすが大伯母様、返信が早いです」
いったい何が起こっているのか、首を傾げる美名を
「そうか……。この、『
現況を一心に書きつけている教主に代わって、クメン師が「そうです」と
「二枚一組、片方に書きつけられたものがもう片方にも浮かび上がる
「……私も世代じゃないけど、ポケベルとケータイみたいなもんなのね……」
「じゃあ、明良に渡されたコレも……?」
美名は手元の「相双紙」に目を落とす。
「……はい。その遺物であれば、口に出さず……、ニクラさんに悟られる危険も少なく、連絡を取り合うことができましょう」
「……明良はこの遺物のこと、知ってたのね」
「……ここにきて、遺物がどんどん出てくるわ」
「魔名教には、神代遺物が多く所蔵されておりますから」
三人は「相双紙」を通じての教主と幻燈大師とのやり取りを見守る。「やり取り」とは言っても、教主フクシロがこちらの現状を書きつけるのが多く、大師の方からは気になる点だけを訊き直しているようだった。
『美名嬢とクミネコは やっぱり巻き込まれちまったかい』
「モモ姉様、私たちのコト、ちゃんと覚えてくれてるね……」
「こっちは忘れたくても忘れないけどね。あんな、アクの強いヒト……」
美名とクミは、それぞれの革腕輪を見て微笑みを浮かべる。
『あらかた事情は判ったけど 「変理」は今回はあきらめな』
「え……?」
「相双紙」に現れた文字を見て取り、教主は表情を曇らせる。
『天咲に行けない訳じゃあないが 天咲の塔は一朝一夕じゃ 攻略できないってハナシじゃなかったかね』
「攻略……?」と、大師の文字に対し、
(……まさか、その「塔」って、ダンジョンみたいになってるってことかしら……)
『烽火ってやつには間に合わない算段が高いね』
『では』
そこまで返信を書いて、教主フクシロの筆は止まる。
彼女の戸惑う様は、文言の内容そのものに対するよりは、敬愛する大伯母からも「変理」はあきらめろと
だが、続いて浮かび上がる文言に、彼女のその戸惑い顔は晴れていく――。
『安心しなとまでは言わないけど アタシも福城に出張ろうかね』
当然、美名たちも色めき立つ。
「モモ姉様が!」
「あぁ、ううむ……。モモノ大師様が……」
「こりゃあ、百人力……なのかな?!」
「百人力ですよ!」
しかし、クミは「あれ」と疑問に思う。
「というか、それこそ間に合わないんじゃない? ヘヤからここまで、私たちがいったいどれだけ時間かけて歩いてきたと思ってんの?!」
クミの言葉を聞いてでもいるかのように、「相双紙」に新たな文字が浮かび上がる――。
『飛んでいくさ 文字通りね 遅くとも明日の夜には着けるだろうよ』
「飛んでいくって……、まさか、飛行機なんてあるわけないだろうから……」
「
『上策はあの小娘をアタシの幻燈にかけて洗いざらい読み取ることだけど もうそいつは身を隠すだろうね』
「そうか」とクミも思い至る。
(……一瞬でも盗み聞きが途切れたなら、「もう身バレしたはず」と考えて、ニクラが行方をくらますのは充分考えられたこと……。正直、そこは抜けてたわ……)
『いずれにしろ情報が足りないってのは確かだし間諜を送り込むのは早ければ早いほどよかったろう クミネコは案外キレるね アヤカムにしとくにはもったいないよ』
「うるさいわね……。当てつけかしら……」
遠方で見透かすようなモモノ大師の文言に、クミは口を尖らせる。
『教主サマも 美名嬢たちも 情報を集めるなり 魔名教内を洗うなり 出来得ることをしときな 今からアタシは向かうよ』
『お気をつけてお越しください』
『はいよ』
室内の者たちは何か、続けて文字が浮かび上がるものかと「相双紙」を見守っていたが、その
「終わった……?」
「みたいね……」
ふう、と息を吐いて、教主フクシロは「相双紙」を懐にしまう。
「これでひと安心ですね。大伯母様が来てくださる……」
「いや……、安心というには……」
「クミさんの言う通りです、教主様。モモノ大師の進言の通り、我々は残る時間で魔名教内を探りましょう。守衛手司と守衛手が『魔名解放党』に属しているのです。さらにいないとも限らない」
「そ、そうですね……」
「福城の住人に向け、避難指示をすぐに出せるよう、準備も必要です……」
美名がクメン師に向かい、「私たちは」と告げる。
「明良との伝達と、福城の町中を探ってみます」
「……そうね。それが現状取り得る最善かしらね……」
「はい、そうしていただけると……。それと、ですが……」
クメン師は美名の赤眼を真っ直ぐに見据え、「魔名を授かりませんか?」と問う。
「魔名……? 私の……魔名ですか?」
「はい」
「こんな……大変なときに、ですか?」
「……だからこそ、の部分もあります」
クメン師はチラと、美名の腰元の「
「お心に甘えるつもりは毛頭ありませんが、美名さん、クミさん……。今回の件、ご協力いただけると考えて、よいものでしょうか?」
「もちろんです」
「当然です!」
「そうですよね」と、クメン師は嬉しそうに微笑む。
「本来であればこれは、魔名教会と守衛手の問題。ですが、正直に……失礼を承知で申し上げますと、守衛手が頼りきれない今、現状の味方の中、我々の最大の戦力は美名さんということになります」
「……どこの誰が『解放党』に混じってるか、知れたものじゃないからですね……」
「……当然、力技が必要な時もありましょう。そのとき、剣術だけでなく、魔名術があれば何かの援けになるかもしれません。美名さん、いかがでしょう?」
クミは気が気でなかった。
ヘヤにおいて、力を求め、魔名術を頼って、魔名を授かることに焦っていた、あのもどかしい美名を思い起こしていたからだ。
しかしそれは、小さなネコの要らぬ心配のようだった――。
「……判りました。魔名を……授かりたく思います」
クミが見上げた美名の顔は、
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