内証室談儀と動き出す者たち 1

「『教主』ってもっと、こう……玉座に座ってて、おじいさん的で……、ドーン! 『よくぞ参った、旅の者よ』、みたいなイメージ持ってたわ……」


 つぶやくクミに、教主フクシロはフッと微笑みかける。


「この塔の内部は質素なものです。教主も主塔も、『ただ在ればよい』のですから……」


 少女の笑みは、どこかはかなげで寂しいものだった。

 笑みを解いた教主は二歩前に出て、白んだ細腕をしなやかに伸ばす。そうして、主塔門の側部――美名たちから見ると、白壁の向こう側に隠れるようになった。


「今から『許可』を頂けます」


 その所作は何の意図か、教主をただ見守るだけの三人にクメン師が説明をくれる。


「……あの位置に、埋め込まれた『わか』の本体に届く『穿うがくち』があるのですよ。その口にも鍵がかかっており、教主様のみがその鍵を持っていらっしゃるのです」

「厳重ですねえ……」

「加えて、『分つ環』は『偽心ぎしん』を通さないのです」

「『偽心ぎしん』を……、それはどういう意味ですか?」


 クメン師は美名に微笑んで、「ご覧になっていてください」と答える。


「……では、クメンから。お願いいたします」


 教主の誘いに応じてクメン師は一歩前に出ると、両の手を交差して胸にあてた、「襟手きんしゅ」の姿勢を通る。


「……わたくしの魔名はオ・クメン。居坂のともがらに尽くし、教主に叛意はんいなく主塔に立ち入りますこと、許可願います」

「……はい。


 一礼をしてから、クメン師は半円の「分つ環」の門を抜けた。当然、火花が散り、彼が弾き出されることもなく。


「……ン? どういうこと?」

「『分つ環』は……に対しても輪を通過させる、させないの概念があったはずだ……」


 「その通りです」と、主塔内のクメン師は、クミと明良とに頷いてみせる。


「単に『オ・クメン』に許可を出すこともできるらしいのですが、主塔に入る魔名教会員は慣例として、『ともがらに尽くすこと』を宣言し、教主様がその心とともに通門の許可をお出しになるのです。もし、その宣言に嘘があれば、『分つ環』はその心を……その者の通過を認めません」

「……そむく心――叛意がないことも宣言させれば、味方のみを通す、まさに『堅実な守り手』だな……」

「はぁ……。判ってたつもりだけど、居坂ってのは『魔名術』に、『神代じんだい遺物いぶつ』に、不思議が溢れまくりだわ……」


 要領を得て、美名も明良あきらも『分つ環』の門を通っていく。「魔名教教会員」でない彼女たちは、「教主に叛意なく面会する」旨のみを宣言し、環を抜ける許可をもらった。


「……では、最後に……」

「私ね!」


 小さなクミが門の前に立つ。


「あなたが……当代の神世かみよよりの使者、客人まろうど様でいらっしゃいますね……」

「クミって呼んでください。私の名前は『客人』じゃなくて、『クミ』なんです!」


 教主の背後で、美名と明良とが笑みを零す。

 

「……アイツは、魔名教の教主相手だろうが……」

「……あはは。変わらないよね。それに……見て、おすまししてる」


 黒毛のクミは四肢を伸ばし立ち、ヒゲ毛をピンと張り、耳をピョンと立て――小さな口を大きく開いた。


「……私はクミ! 教主様に反抗心なんて持たないで謁見すること、許可をお願いします!」

「……はい。クミ様とその御心みこころがこの門を通りますこと、許可をお出しします……」

「よぉーし!」


 威厳を持たせようとでもしているのか、のっしのっしと大仰おおぎょうに歩くクミの姿に、美名も明良も思わず笑ってしまう。

 ひとまずはこれで、皆が入塔を終えた。


「では、早速で恐縮ですが……、きひんし……」


 言いかけた教主フクシロの目線上に、クメン師が紙切れを掲げ見せた。その紙は守衛手司ニクラの盗み聴きを逃れるため、先ほど一行が筆談に使用していたものである。


「……ご案内いたします……」


 少しばかりの動揺を見せたあと、ひるがえすように言った教主の姿に、クメン師が自分たちの現況を伝えたのだと、美名たちは理解する。

 と、すると――。


(これから、部屋に向かうんだわ……)


 得心した美名は、また別のことにも気が付いた。

 あの、チリチリとした異音――「ニクラからの明良への語りかけ」が絶えず聴こえるようになっているのだ。


(あの――ニクラは、その「部屋」のことを知ってるのかしら……)


 黒髪の少年が、「待ってくれ」と制止かける。


「……すまんが、どこへ俺たちを連れて行くつもりか、明かしてもらえるか」


 美名、クミ、クメン師の三人には当然、この言がことはすぐに察せられた。

 ニクラに言わされているのだ――。


(知ってるんだわ。「部屋」のこと……)


 すかさず、クメン師が紙片に書きつけ、教主に見せる。


「……貴賓きひん室です。賓客ひんきゃくはそちらにお通しする決まりですから」

「……なら、結構」


 ひとまずのを終えると、教主自らが先立つように主塔内部に進んでいく。一行もあとに従う。


「……私のこと、教主様相手に偉そうだのなんだの言ってくれた割に、明良もその無礼な口の利き方、直らないわね」

「……俺のはもう、どうにもならん……」

「あはは」


 笑いつつも、美名の心中にはひとつ、漠然とした不安が芽生えていた――。


(なんだろう……。何か、気になる……。このまま、「波導が通らない部屋」に入ってしまうのは、何かを間違えているような……。でも、それが具体的に何なのかは判らない……。それを口に出して皆に伝えることもできない……)


 思案で少し遅れていた美名は、頭をひとつ振ると、早足になって一行に追いついて行った。

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