小さな飯屋と謁見依頼 2

謁見えっけん……。私が……魔名教の……居坂のトップと……?」


 三人に沈黙が訪れた直後、「お待たせしましたぁ」と快活に給仕が注文物を運んできた。

 炊き上げられた白米が盛られた椀と、み色に青菜入りの吸い物、輪切りの胡瓜きゅうりが並べられた膳がふたつ。シャキシャキとした食感を予想させる乳草ちぐさと赤茄子なすを挟み、薄く削いだ乾牛酪かんぎゅうらくが振りかけられた、麦包ぱおの皿。


「……食事の前に、重苦しい話をしてしまい申し訳ありません。さぁ、待望の『米』、冷めてしまう前に頂戴しましょ……」

「行きます」


 クメン師の言葉の途中で、小さなネコは断言を挟んだ。


「教主様のところに、私、行きます。せっかくのご飯の前にはっきりさせといたほうが、きっと美味しいだろうから……」

「クミ……」

「……私に『力』なんてものがあるのか、すっごく疑わしい。それどころか、私が『客人まろうど』かどうかもまだ確実じゃない。でも……、もし、居坂いさかに……この素敵な世界に戦争が起こるかもなんて……。もしも私に、そのためにできることがあるのなら……」


 美名は隣席――卓上の小さな友人を見つめ、「いいの?」と問う。


「いいの……って、どういう意味よ、美名?」

「本当に、それでいいのかなって……」


 美名は対面の名づけ師、オ・クメンに顔を向け直す。


「クミは、本来は居坂のヒトじゃないんです。クミが生きてた別の世界があって、そこに帰りたくて、一緒に旅してきたんです。教主様に会えば、その帰り方も判るかもしれないってところで……」


 クメン師は小さく頷きながら、少女の話を静かに聞いている。


「でも、『客人の力』なんてものがあって、そのために居坂の問題に関わるようになってしまったら……、帰る方法が判っても、どんどん先延ばしになっちゃうかもしれない。もしかしたら……、もしかしたら、危険な目にも……」

「……心配してくれてるの? 美名」

「……クミは、私の大事なともがらだから……自分の世界で……『神世かみよ』でちゃんと幸せになってもらいたいんです……」


 しおれるようになってしまった銀髪の少女の姿に、クメンは思わず微笑みを浮かべてしまう。

 小さな自分の幸福を案じてくれる友人の顔に、クミは思わず愛しい想いを抱いてしまう。


「……ってことはよ」


 クミは少女を励ますように、鷹揚おうように笑いだした。


「私はどっちにしろ、教主様に会わないとダメじゃない?」

「……クミ」


 小さなネコの手が、小柄な少女の握り拳に添えられる。

 お互いの体温と、お互いの心根が染みわたるような感覚を覚える、少女とネコ。


「……ありがと、美名。でも、心配しないでね。私は無理のない範囲で、居坂のためにできることをしてみたいわ。美名が私を想ってくれてるみたいに、私も美名の――居坂のヒトたちの幸せを願うの。私にできることがあるなら、それをさせてほしいの」

「クミ……」

「とは言うものの、会ってみないとなんにも判らない。帰るにしても、戦争を止めるにしても、教主様に会わなきゃ始まらない。だから会うの! それでいい?」

「……うん」

「それでマズかったら、それはその時! なるようになれ、よ!」


 カラカラと朗らかに笑う黒いネコ。

 目尻を拭って、えくぼを取り戻した少女。

 やはりいいヒトたちだなと、名づけ師のクメンは目を細めてふたりを見つめた。


「よぉし! これでご飯が美味しく食べられるわよ~! お米、コメ~ッ!」


 銀髪の少女、美名。

 黒毛の客人、クミ。

 こうしてふたりの、居坂の頂点、魔名教会の象徴、一般の者においては目通りが決して適わぬ教主との謁見が決まった。


 気を取りなして食事に手を付け出した一行。

 「米」に対し、「モチモチだね!」と絶賛の美名に対し、首を傾げるクミ。


「……クミさん、お気に召しませんでしたか?」

「え、いや……、あれぇぇ……? 思い出補正なのか、日本の米が美味すぎたのか……。炊き方かしら? うぅん、美味しいんだけど……。うぅん……」

「こんなに美味しくても満足しないなんて、『神世』はどれだけ贅沢なのかしら」


 少女と青年の笑いに囲まれながら、首を捻り続けるネコであった。


「クメン様」


 それでもしっかりと膳を平らげたクミは、ひと息つくと名づけ師に声をかけた。


「はい?」

「もしかして、私がオッケー出したら、この後すぐ行くつもりでした? 教主様のところ……」

「おっけぇ?」

「あ、『オッケー』は通じないか……。教主様との謁見、承諾したらって意味です」

「……あ、なるほど。そうですね。できましたなら……」

「それ、ちょっと後回しにしてもいいですか?」

「後回し……?」


 小さなネコは、銀髪の少女を見上げた。

 何事か、と、紅い瞳をただ丸くしている美名。


「……先に、明良あきらと合流しておきたいんです」

「明良さんと……? ですが、この話は……」


 名づけ師の懸念を察したクミは、「大丈夫です」と言い切った。


「アイツは不器用で気が利かなくて、抜けてるところもあるけど、バカみたいに正義感があって、剣の腕もあって、頼れるヤツです。アイツと……私たちの別の問題が立て込んでるかもしれないけど、ちゃんと力になってくれる、私たちの友だちです。できれば、教主様と会うのも一緒にいた方がいいと、私は思うんです」

「……そう……ですか……」


 クミが言葉の通りに明良という少年を信頼していること。名づけ師は、易々やすやすと察することができた。

 クメンは美名にも目を向ける。

 彼女は瞬きを繰り返し、名づけ師に向かってうんうんと頷きを寄越してきている。

 その懸命さに、彼女も同じなのだな、とクメン師は納得した。


「……おふたりがそこまで仰るのであれば、食後は明良さんのところに向かいましょう。問題なければ、その足で教主様の元へ……」

「ありがとうございます! ホント、助かります!」

「助かる……?」


 小さなクミは、意地の悪そうな顔をして隣の少女を見上げた。


「……もう、ウチの子が早く会いたそうにしてて、困ってて……」


 「ン?」と美名はムッとして唇を尖らせ、黒毛のともがらを見下ろす。


「……ちょっと、クミ。それ、私のこと? どういうイミよ?」

「ン? そういうイミよ~ん」

「……もう! 知らないよ!」


 そっぽを向いてしまった美名を尻目に、クミとクメンとは悪戯っぽい目を交わし合わせ、微笑み合った。

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