少女とネコ 福城編
小さな飯屋と謁見依頼 1
「クメン様、これですか?」
「そうそう。クミさんがお望みのものは、おそらくそれですよ」
右手首に油花染めの「
「ご注文、お決まりですかぁ?」
「私、この『
「ホント、上手に喋る
注文を聞いてくれる店員にはすでに、「クミは喋る愛玩」であると言い訳済みである。
「じゃあ、私もクミと同じもので」
「
「はい、かしこまりぃ!」
威勢よく注文に応じた女給仕が、店の奥へと消えていく。
「やったね、米、コメ、こめ~ッ!」
「福城には様々な料理店がありますが、『米』を出すお店はそんなに多くないですよ。もともとが
「そうなんですか? う~ん……、稲作は世界中で広まってるイメージなんだけどなぁ? なんだろう? 居坂には主食栽培に適した、いい品種がない、とかかな……」
「このお店は大都大陸ゆかりの料理を出してくれるので有名で、お客さんにも大陸出身の方が多いらしいです。夜は『
「
「お酒飲んで、食べて、お客さんがわいわいと賑わうお店。ヘヤとかにもあったでしょ?」
「ああ……、居酒屋みたいなお店ってことね」
「クミがそんなに恋しがる、『
品が持ってこられるまで待ち切れない、といった様子でソワソワする美名を見て、そのソワソワの要因が「米」だけではないことを、クミは容易に察していた。
彼女はチラチラと自分を――首元の「
結局、片手を失った名づけ師クメンと、
居坂最大の都市、福城。魔名教の主都。
しかも、「
(明良は、今まさに目と鼻の先ほどのところにいるわね……。そして……)
クメン師と他愛なく福城の町について話している美名を見上げ、クミは思う。
(なんだかんだで明良に早く会いたがってるってのに、それを隠すようにして……)
「魔名教会本部に赴くその前に」と昼食をとることを提案したのが、クメン師であった。クミは即時に賛同し、美名も少しだけ見せた逡巡のあと、賛同した。
そのときも彼女はチラリとクミを――「指針釦」を見たのだ。
(ホント、可愛いかよ……)
さて、昼食を待つ場。
「米」の到来を今や遅しと、浮足立って待ち構える少女とネコとを対面にして、名づけ師クメンの顔にはどこか、真剣さが増したようだった。
「……美名さん、クミさん。おふたりにお願いがございます」
不意に名づけ師の声色が変化したことに、きょとんとするふたり。
「お願いって……どうしたんですか? クメン様……」
「米を分けてくれ、的な?」
「……
「人柄……?」
コクリ、と頷くオ・クメン。
「
誉めそやしの言葉の羅列に、お互いに顔を見合わせ、照れたような戸惑いを見せる少女とネコである。
「ど、どど……、どうしたんで、ですか? クく、クメン様……」
「そうですよ。
「ふふ」と笑うクメン師。
彼が言う「見定めた」というほどではないが、旅の間、目の前の名づけ師は本当に穏やかで爽やかな性根で、このように優しく笑う好青年であることを、クミも自制にたびたび苦労するほどに知り尽くしたものだった。
だが、ふたりが見つめる
「……
「動乱……?」
美名とクミとにゆっくりと目を流す、名づけ師クメン。
「クミさんの言を借りるならば、『
「それって……」
美名とクミは、クメン師と同行するきっかけとなった、サガンカでの騒動を思い起こす。異邦者のヂルノと、彼が子どもたちにもたらした、「異なる教え」。それで右手を失ったオ・クメンと、ふたりが感じた、苦み走るような後味の悪さ。
示し合わせたわけではないが、彼女たちは道中、サガンカの話は極力持ち出さずにいた――というより、被害の当事者であるオ・クメンを前にして、持ち出せなかった。
ふたりの思い至りを悟って、クメンは「そうです」と頷く。
「サガンカのように、『主神一尊』は居坂の各地で、密やかに、しかし、確実に広がっているようなのです」
「魔名教の神様を排斥しようとする信仰が、居坂中に……」
「クミさんに問われたときに
「戦端……」
美名にはすぐにピンとこなかったが、クミは違った。クミのその、独自の知識から、彼女は身の毛が逆立つ憶測を即座に得ていた。
(宗教戦争……?!)
クミの懸念に該当するような戦争は、居坂の歴史内にも存在する。
その最も大きなものは、一千年ほど前の「大都戦争」である。
「魔名教」のとある信仰形態を人心掌握の根幹として版図を拡げていた、大都という王制都市。その勢いを危惧した、福城を含む同盟都市の三国家。
この両勢力が居坂を巻き込んで泥沼に争ったのが、「大都戦争」。
二十年近くの長い争いののち、この戦争は大都の陥落、王族の粛清という形で決着を迎えた。これより居坂中に拡がったのが、同盟国家内で共通していた、現行の魔名教信仰形態なのである。
「『主神一尊』を野放しにすれば、戦争がふたたび、起こり得るやもしれません……」
「そ、そんな大きな話……?」
「戦争」という言葉に、美名の表情もみるみるうちに曇っていく。
「一般にはもう知られていない事実なのですが、一千年前の『大都戦争』の折、大都勢力下で信仰されていたのが、『主神ン』を大都王族と同一視させた、『政教合一』だったと、
「それって……『主神一尊』と……」
「……似てるわね……。つまり……その、『大都戦争』再来の予兆とも言えるって……わけね……」
「私は密命を受けています」と、名づけ師クメンは潜めていた声をさらに落とす。
「『
「クミを……? なぜ……」
小さなクミは、コクンと小さく喉を鳴らした。
「それは、
美名もまた、喉を鳴らす。
「『居坂のために、客人様の
金髪を揺らし、オ・クメンは深々と頭を下げた。
「どうか、教主様と
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