小さな軒酒屋と昔馴染 1
夏の時季は日が長いとはいえ、夜は必ずやってくる。日没を迎えてしまえば、
だがむしろ、夜を迎えて活気づく種別の商店がある。
そのひとつが
「悪かったな。勤め終わりまで待ってもらって」
「いや、構わない」
酒が入ったことで陽気になったり、逆に陰気になったりで客たちの
「……お待たせしております。ご注文はぁ?」
「俺、
「今日はクロシロの刺身がいいですよ。時季ですから脂たっぷりです」
「じゃあ、それも」
「はい、かしこまりぃ!」
「『
「俺は……麦茶でいい」
「かしこまりぃ!」
威勢のよい女給仕が奥に行くのを見ながら、ゲイルは「相変わらずだな」と言った。
「酒、まだ飲めないのか」
「どうもあのフラつく感覚が合わなくてな」
「もったいないな。この店、
「なら、麦茶も美味いんだろう」
「……その減らず口も相変わらずだな」
間もなくやってきた麦酒と麦茶。
ふたりはひとまず、無言でお互いの盃を鳴らし合った。
「……かぁっ! 炎天下の
福城に着いて以来、どこか張り詰めたようになっていた明良であったが、酒を流しこんだ
そして、明良も麦茶を流し込む。
確かにゲイルの言のとおり、氷がいいのか、澄んだ冷ややかさが喉を伝っていく爽快さが、汗ばむ暑気には気持ちがいい。
「……しかし、どうして福城にいて、しかも守衛手なんだ? ゲイルは『サ行
「ああ……、『木こり』な……」
今度は少し、苦々しいような顔つきになって酒を飲むと、相手は「やめた」と言った。
「……やめた? 稼業をか?」
「そうだ」
「ふん……。それはまた……」
「どうして」と問おうとして、明良は寸前で止めた。
先ほどはあれほど美味がっていた酒を口に運んでいるにも関わらず、視線が下がり、どこか
(……コイツは親父さんとは喧嘩調子だったからな。ひとつ何か大きいのをしでかして、それで
盃を置いた相手は明良に、少し据わり始めた目を向けてくる。
そういえば、ゲイルは酒好きではあったが酔いには弱かったな、と少年はまたひとつ、思い出す。
「俺のことはいいんだよ! それよりアレだ、『
「俺……?」
「ああ。村を出るときは混沌に呑まれたみたいな顔してたクセして、今はどこか、落ち着いたカンジじゃないか」
「俺が……落ち着いた……?」
「この町でなにかいい稼業に就けて、『よきヒト』でも出来たんじゃないかぁ? オイ」
呆気にとられたような顔になって切れ長の目をしばたたかせたあと、明良は「いや」と首を振った。
「稼業はないし、『よきヒト』もいない」
自分で声に出した言葉の中、銀髪がなびく幻が少しだけ心中に
「それに俺はまだ、旅の途中だ。この福城には住んでない」
「なぁんだ? まだ、『魔名を奪ったヤツ』だかなんだか、探してんのか……」
「いや、それは……」
明良は少し
長い時間をかけて行方を追った末に、
その際、「魔名」でも「仮名」でもないが、とある者に名を貰ったこと。
希畔に戻った先で、復讐の相手をついに見つけだしたこと。
ただし、「
「……おぉ。じゃあ、『魔名』は取り戻せたのか?」
「いや……、逃げられた」
「逃げられたぁ?!」
ゲイルは目を丸くしたあと、赤らんできた顔を崩して大笑いする。
周囲の客も、何事かと注目してしまうほどであった。
「そいつは残念だったな! じゃあまだ『未名』様ってことかッ!」
「……そのことなんだが……」
「ンン?」
「……ゲイルは『黒未名』で慣れているんだろうが、俺のことは『明良』と呼んでほしい」
笑いを収めたゲイルは、またひとつ、目を
「……『名づけ師』じゃあないが、大事な
「……へえ。せっかく『未名』様なのに、もったいないな……」
ゲイルの妙な言い方が明良にも少し気にかかったが、それを疑問に考える前に相手は笑い声を上げる。
「わかったよ、明良! あきら、アキラ、明良! 俺の故郷の友人、魔名のない
「呼び過ぎだろう……」
「祝いの酒だ! 明良の旅路に、祝福を!」
勢いづいて盃を掲げ上げるゲイルの姿に、明良は呆れながらも微笑まし気な笑みを返した。
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