少年 福城編
居坂の中心と旧知の門衛
居坂で最も大きく、最も栄えている町を挙げよと言われたなら、どんなヒトもこう答える。「
人口は六十万あまり。
言わずと知れた魔名教会の本部があり、付随して居坂の最高学府、「
地勢としては、「
福城の街区は大きく三つ。
「城喜川」を後背にする丘群一帯の「神殿区」。
その「神殿区」を囲むように、「教会区」。
それ以外の「市街区」。しかし、先のふたつの街区は都市全体から見ればわずかな地域のため、福城はほとんどが「市街区」、と説明したほうが早い。
これらの街区はそれぞれ防壁で遮られているが、その壁の存在が市民の生活の上でさして厄介になることはない。なぜなら、「神殿区」と「教会区」は明確に制限された街区であるからだ。このふたつの街区には住居も商店も存在しないため、一般市民の大抵の用事は「市街区」だけで為し終えることができる。
「神殿区」の特色は、「神殿」。
この街区では丘陵群の頂上、周辺――敷き詰めるようにして様々な神殿とその関連施設が建ち並ぶ。「建ち並ぶ」とはいっても、神殿自体は近代のものではなく、一千年以上前の建造物である。現在は廃れた習慣だが、その頃の「魔名教」では「神殿参拝」の信仰習慣が主流であったのだ。新教主就任や戦争勝利の度に節操なく建てられていったものであるから、同一の神を祀る神殿が複数あったりもする。
だが、時を経て、魔名教信仰の主流は「説話集会への参加」と「個人宅での魔名壇祈祷」へと、変わっていった。本来の用途を失った古来の神殿たちは、魔名教本部の監督の
「教会区」の特色は、「魔名教会本部」。
この街区には教会本部建物と、大聖堂、その他諸々、魔名教関連の施設がある。本部建物は
この十角宮でなにより目を引くのは、福城の街中のどこからでも確認することができる、「主塔」と「十塔」である。「聖十角形」の各頂点に配された「十塔」と、中心の「主塔」。いずれも居坂の他の町では見られない高さの建造物で、「十塔」は地上十階、「主塔」は十五階にも及ぶ。
さて、「城喜川」に架かる大橋の上。
黒髪を風に吹かれながら、
(やはり、魔名教の本部に赴くか……?)
ひとまず、
そうなると、「戦禍」の根源を探る手掛かりは、大師が言い残したもうひとつの言葉――「魔名教が変わる」。
(……魔名教内にも良識があり、
明良は「主塔」から順繰りに、十の塔群を見渡していく。
(その、「戦禍に
そう決めると、明良は大橋を「教会区」のある岸側へと歩き出した。
*
少年は閉じられた
防壁に据えられた巨大な
やたらと熱心に門扉を眺める少年には当然、門衛の者が近寄って来た。
「……おい」
呼び掛けられ、明良は門衛に目を向ける。
実働を考えたというより、「魔名教の本部を護る者」を示威するための制服であろうか、生地の
「お前、何か用なのか?」
「……この先が魔名教本部なのだろう? 入れないのか?」
「……自由に出入りはできないぞ。お前、
「……そうだ」
平常時の原則では、「教会区」に立ち入れるのは魔名教会本部に勤める者のみである。それ以外の者は、門の警護のために常駐する「守衛手」から、用向きと身分の
「色々と旅してる。入るためにはどうすればいいんだ?」
「……誰か、中の者と約束があるのか?」
「ない」
「魔名教会員で、お前の身分の確かさを請け負ってくれる者は……」
「いない」
「……お前の魔名は?」
「俺は『
門衛はあからさまに溜め息を吐く。
「……お前なぁ。いくら門衛が
「まぁ……そうだな。言われてみれば、俺こそ不審者中の不審者だな」
「自分で判ってたら世話ないぜ……」
「帰れ」と言わんばかりに明良に手を振る門衛の男。
無理矢理に門を抜ける訳にも行かない明良は本部を諦め、別口を当たることにした。
福城の「市街区」内には一般住民向けに「魔名教会堂」や勤仕の提供がなされている「教館」が複数ある。明良は門衛に、その「出入りが容易な魔名教施設」を尋ねたのだ。
門衛の者は悪態をつきながらも、この南門付近のそれらの施設を教えてくれた。どの道を行き、どの角を曲がるかも説明してくれる。案外に親切だなと明良が感じていた時だった。
「交替の時間です」
ふたりの背後から、もうひとり門衛が現れ、声をかけて来たのだ。
「ああ、すまないな。今、
「はい。あれ……?」
新参の門衛は、つと明良に目を留めると、身体を近づけて来る。そうして彼の顔を見入ると、もうひとつ「あれ」と言葉を出した。
「お前……、『
「……くろ……」
明良にとって、それは懐かしい呼び名であった。
彼の記憶の中、最初の村、ヤマヒト。
そこでの明良の呼称が「黒未名」であった。
なぜ「黒」がつくかと言うと理由は単純で、村内にはもうひとり、「未名」の子がおり、その子と区別するために「黒い髪」だったから「黒未名」という訳だ。
その名を呼んだということは、この眼前の青年門衛はヤマヒト村の関係――。
明良は相手の顔を観察し、気付いた。
「まさか……ゲイルか?」
「そうだよ! 懐かしいなぁ」
明良にゲイルと呼ばれた青年は、制帽の下ではにかむような笑顔を見せた。
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