狼狽の少女と眉目秀麗な名づけ師 2

「美名ったら。どうしちゃったのよ、ホントに……」

「……クミちゃぁん」


 苛立っていたクミは、いてきてくれた小さな案内人を目つきもけわしくにらんでしまった。ミルザはびくり、と身を強張こわばらせ、立ち止まってしまう。


「……あぁ、ごめん、ごめん。ミルザ……。ごめんね」

「……うん」

「『名づけ師』様がいるトコロまで、連れてってもらっていい?」

「……うん。いいよ」


 ミルザに先立ってもらい、「児童窟じどうくつ」を出るクミ。

 外はすっかり夜を迎えていた。高地のためか、空が澄んで、星々は近い。


「……ミルザも、魔名をもらうの、イヤだったの?」


 クミの問いに、前を行く女児は首を振った。


「……さいしょはうれしかったけど、動力どうりきは、悪いヤツだから……今は魔名、嫌い……」

「……ンン? ミルザは、『カ行動力』なの?」

「……うん」

「悪いヤツって……、なにかしたの? 『動力』は……」

主神しゅしん様をムシしたんだよ……」

「……」


 話す度に声の調子を落としていく女児が気の毒になって、クミは質問を続けることを止めてしまった。


(ううむ……。主神『様』……ねぇ……)


 旅の折々、魔名教にまつわる話を聞きかじり、クミが理解しているのは次の通りである。

 魔名教には、十一ちゅうの神がいる。

 まず、主神、「ン」。

 これは、居坂の様々な物に名を与え、区別し、他の十柱じっちゅうの神を生み、『混沌こんとん』という、居坂に蔓延はびこっていた悪を退治していったという、魔名教でも最もくらいの高い神であるようだ。

 つづけて、十柱の神、「十行大神じっぎょうたいしん」。

 これはそれぞれ、魔名術の「ぎょう」に対応した神々で、その特性も、魔名術に対応している。主神と協力して『混沌』を退治し、その後の居坂の発展に尽力をしたという神話も多くあるらしい。

 居坂に住むヒトはおおむね、自身と「同行どうぎょう」の神を特に崇敬すうけいし、「魔名壇まなだん」でまつり、身近に感じているようだった。


(……けどこの子は、自分の神様を『動力』なんて呼び捨てにして、嫌ってる……? サガンカのヒトはみんな、こんな信仰なのかしら……)


「ここだよ、クミちゃん……。わっ?」

「あ、ごめん。ミルザ」


 考えながら案内人のあとに従っていた小さなネコは、急に立ち止まった小さな足にぶつかってしまった。

 フラフラしてたら落ちかねない、この岩肌の道を歩くときに考え事はやめておこうと自省したクミは、目の前の洞穴の入り口を見上げる。

 「児童窟」よりは小さな入り口だが、これもちゃんとヒトの手が入っているらしい。真っ直ぐに掘削くっさくされ、滑らかに整形された壁。入り口には、蝋燭ろうそくの灯が揺らめく。

 少し覗き込むと、奥のほうに木でこしらえられた扉がある。

 クミたちの「穴室あなむろ」をはじめ、「児童窟」のそれぞれの部屋には仕切り戸などないのだが、その頑丈そうな扉からして、この「来客用の穴室」は、内部も特別にしつらえられているのだろうと想像がついた。


「すみませぇ~ん」

「わわっ……。クミちゃぁん……」


 おとないの声を上げながら洞穴内に立ち入っていくクミ。

 案内人を務めたミルザは、身を隠すようにして洞穴の入り口に佇み、そんなネコを見守る。どうやら彼女は、「名づけ師」と顔を合わすのを躊躇ためらっているようだ。


「すみませぇん!」


 クミは、その小さなあしで扉の下部を叩く。

 それでもすぐには、内部からの返事も、出てくるような気配もない。


「すみませんッ!」


 もう一発、今度は思い切り叩いてやろうと肉球を丸めたところに、ようやくにして扉が開いた――。

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