鉱山窟の集落と崇敬される未名 4

 まもなく三人は、洞穴内の開けた場所に出た。

 子どもたち用の衣装や生活器の棚であろうか、大小四つほどの家具が岩肌沿いにあり、中央には卓もしつらえられている。「児童窟じどうくつ」の広間といったところか。

 洞窟内部は意外にも広く、蝋燭のも多くて明るく、湿気でジメジメしすぎているわけでもなく、想像していたよりはずっと過ごしやすそうと、美名とクミは感心しながら見回していた。


「アンタたちの今日の部屋は、そこの『穴室あなむろ』を行った先の右側だよ」


 この広間には、三つの横穴があった。

 女はそのうちのひとつ、右手奥の穴を指差しながら言う。

 どうやら、それぞれの穴をさらに奥に行けば、子どもたちそれぞれの「個室」になるらしい。


「はい、判りました。それで……お宿代のほうは……」


 美名が恐縮して背負い袋をまさぐる姿を見て、女は目を丸くし、笑った。


「……いらないよ、そんなもの。面白い子だねえ」


 「でも」と目をしばたたかせる美名に、女はさらに笑いを高くする。


「ただでさえ滅多に訪れて来ないお客様なんだ。お金なんかとったらそれこそ、識者しきしゃ大神たいしん様に怒られてしまうよ。いいから、気にしないで。ね」

「……うぅん……」

「……旅ビトは居坂いさかともがら、共に旅路を行く仲間ってね。アンタたちがどこかでヒトの役に立っていたら、巡り回って私たちにもいいことがあるもんだ。それでいいんだよ~」

「……ありがとうございます」


 深々と美名がお辞儀をしたところで、広間内に不意に、騒がしい音が響き始めた。岩壁に反響し、駆け迫ってくるような音は、だんだんと大きくなっていく。

 何事かと見回していた美名とクミ。

 まもなく、右手側手前の横穴から飛び出して来たものがあった――。


「あ、そのねえサマ、だぁれ~ッ?!」

「わあ、まっくろなアヤカムだ!」

「お母さん、もうゴハン?」


 横穴から口々に騒がしくして現れてきたのは、三人の子どもたち。

 続けてひとり、覗くようにして顔を現した男児がひとり。この子は先ほど、「児童窟」の入り口で出くわした子である。

 計四人の児童が、広間にやって来たのだ。

 他の子らは美名にまとわりついて見上げてきたり、クミがたじろぐのをさっさと捕まえて撫でまわしたり、そうやって元気にハシャぎだしたのに反して、例の男児は横穴の傍で口を尖らせ、非難するような目で美名たちと女とを見ていた。


「ゴハンはもう少し待ってね。今日はこの子たちがここにお泊りするから、みんな、仲良くするんだよ?」

「はぁい!」


 女は元気な返事に頷くと、美名に顔を寄せて来た。


「子どもばっかりでうるさいだろうけど、我慢できるかね?」

「はい。全然大丈夫ですよ」

「そりゃよかった。穴ぐら生活で元気が有り余ってるから、相手してくれるとこっちも大助かりさ。そうすりゃ、とりあえず今夜は余計なコトもしてくれないだろうしねえ……」

「余計なコト……?」


 ハッとした女は、笑顔に戻って、「いや、なんでもないよ」と首を振った。その顔には、少しだけ取り繕うような色があった。

 気取られまいとしたかのように、女は左手の横穴に顔を向け、「スッザ!」と大声を張る。

 少しして、その横穴からは、気だるそうにした短髪の少年が出て来た。年の頃は美名と同じ、十三、四と思われる。


「……この子は、この『児童窟』の一番の年長でスッザって言うんだ。もう『岩堀り』で働いてるから、本当はもう『児童窟』は卒業なんだけどね。他の子がまだ年少で、任せるのがいないから、いてもらってるんだ」


 そう言うと、女はスッザへと顔を向ける。


「スッザ、サガンカのお客さんだから、ちゃんと応対してあげてね。用足しの場所と仕方も、照れないで教えてあげんだよ」

「……わかりました」

「それじゃ、私は行くわ。ご飯はもう少ししたら、この子たちの分も合わせて、持ってくるからね」


 「ありがとうございます」と答えて、美名はふたたび頭を下げる。

 女を見送ったあと、子どもたちから早速に体をもてあそばれはじめたクミを横目にして、美名はスッザに向き直り、「こんばんは」と挨拶をする。


「……こんばんは」


 応じたスッザには、まだまだ警戒のような気配が濃い。

 そんな彼に向かってニッコリとえくぼを作ると、美名は手の甲を掲げ見せた。だが、その動作が何か気に食わないのか、相手は眉をひそめるようにした。


「……私の名前は、『美名』。この子は『クミ』。今晩だけ泊めさせていただきます。よろしくね」


 その自己紹介の直後の状況は、長らく異郷を訪ね歩いた美名にとっても、初めての経験だった。


「『未名みな』ッ?!」

「姉サマ、『ミナ』なの?!」


 まず、クミをいじりまわしていた子どもたちの反応。

 彼らは目を輝かせ、黒毛のアヤカムを放り投げるようにすると、嬌声きょうせいを上げながら美名にまとわりついてきたのだ。

 続けて、入り口で石灰遊びをしていた、例の男児。

 美名に近づこうとしないのはそのままであったが、あれだけ警戒していたような様子はすでに一切なくなり、見惚れるようにして美名を眺めている。

 最後に、スッザ。

 こちらも同様、警戒のような気配は消え去り、男児と同じく、何か素晴らしいものに心奪われたかのように、銀髪の少女に目をくれている。

 いずれの子どもたちの眼にも、羨望のような光が宿り、その瞳で自分を見つめてくることに、美名は大いに戸惑った。

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