鉱山窟の集落と崇敬される未名 5

「なぁんだ。ねえサマ、『未名みな』じゃないんだぁ……」

「ざんねん、ざんね~ん」


 美名はまだまだ、戸惑っていた。

 子どもたちが自身の「美名」という名を「未名」と勘違いしていることにはすぐに気付いた彼女。ひとまずはなだめるようにして卓に座ってもらった一同に対し、美名は説明をした。

 美名の名は、漢字が充てられた別物であること。

 内実は、「ア行渡名とめい」を経た、「仮名かな」であること。

 説明を受けたスッザ以下、子どもたちは、明らかに落胆の色を見せる。

 美名は、戸惑った。

 先生との旅路も含め、これまでの美名の記憶では、「未名」に対し、こんなふうに、あこがれるかのような態度をとるヒトには老若ろうにゃく問わず、出会ったことがない。


「『仮名」ならまだ……、魔名よりはきよいものですね……」


 呟くような声に、美名とクミは、短髪の少年――スッザに目を向ける。


「『清い』……?」

「『仮名』であれば、まだ主神様の御子みこのままです。美名さんはどうか、そのままでいられますよう……」

「……ンン?」


 卓上の小さなクミは、色違いの双眸で美名を見上げる。


「魔名教って、そんな教えもあるの……?」


 クミのささやき声の問いに、美名は小さく首を振って、「判らない」と答える。


「……美名さん、クミさんも、こちらに。用足し用の『穴室あなむろ』を案内します」


 ふたりはスッザに従い、広間の入り口から左手の横穴に入っていった。

 子どもたち四人も、三人は面白がるようにして、例の男児はしぶしぶといったていではあってもいてくるから、結局はぞろぞろとした行列となって洞穴を進んでいく。



「……ここは、『未名』の子たち専用の『穴室あなむろ』です」


 「用足し」専用の小さな「穴室」を案内してくれたあと、スッザはひとつの横穴の前で止まり、そう告げた。

 入り口から美名とクミが覗き込む。そこは、小さな書き物机がひとつ、二段になった寝台がひとつ、小さな寝台がひとつ、それら家具類が詰められた、狭苦しい「穴室あなむろ」であった。


「……『未名』とはいっても、今はサタナの妹、ひとりしかいませんけどね」


 美名たちをどけるようにして、横穴に入っていく例の男児。

 そういえば、あの子は洞穴の入り口で「サタナ」と呼ばれていた。では、この部屋の主は彼の妹になるのか、と美名とクミも理解する。

 彼は、二段ある寝台の下段、こんもりとした布団に向かって、「ダイジョブ?」と優しく声をかけていた。それに答えるようにして布団が動いたのと、かすかに聞こえる鼻をすするような音から、その布団の中に、「未名」の子がいるのだと、ふたりには判った。


「あの子に、サタナの妹さんになにか、あったの……?」

「……『名づけ』ですよ」

「え……?」

「……明日、あの子は魔名を『名づけ』られるんです。『名づけ師』によって……」


 思わぬ言葉に、美名とクミとはハッとしてスッザを見る。


「そ、それじゃあ……、もしかして、このサガンカにいる、『先客』って……」

「そうです。『名づけ師』です。一刻前くらいに『のぼかご』でやってきて、今は来客用の『穴室』にいるはずです」


 美名とクミは、顔を輝かせてお互いを見る。

 港町ヘヤにて、魔名術にとらわれたがゆえの魔名への焦りを、幻燈げんとう大師たいしモモノのさとしによって断ち切った美名ではあったが、純粋な心持ちによって魔名を求めていること。それには変わりがない。

 ヘヤ以降の村々、町々でも、折に触れて「名づけ師」の所在を確認してきたふたりであったが、「名づけ」に至れそうな有力な情報は得られずだった。現在の旅の第一目標が「明良に追いつくこと」だから、魔名に関してはのんびりとした気構えであったが、思わぬところで「名づけ師」と遭遇したことになる。

 だが、自身のことはさておいて、美名は気になりだす――。


「じゃあ……なんで、あの子は……泣いてるの?」

「……だから、『名づけ』のせいですよ」


 忌々いまいましいといった顔色に変わったスッザに、美名の心はさざめき始める。


「あの子は、嫌がってるんです。主神様の純粋な御子みこである『未名』から降ろされて、明日には恥ずべき魔名を押しつけられることを、嫌がってるんです」

「……『恥ずべき』……?」

「……当然とばかりに、おこがましくもよこしまな名を押しつける邪教徒……。主神様の意に逆らう、ア行邪神じゃしん手下てしたなんですよ、『名づけ師』ってのは……」

「そ、そんな……」

「可哀想に……」


 美名は、ただただ戸惑っていた。

 自身がうらやみ望んできた、「名づけ」。

 布団にくるまり、顔も姿も見えないあのおさが嫌がる、「名づけ」。

 果たしてそのふたつは、同じ物なのであろうか。

 自分が今いる場所は、同じ居坂いさかなのであろうか。

 美名はただ、戸惑っていた。

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