両潮の網漁と錐魚のアヤカム 2

 弓につがわれ、放たれたかのような勢いで海上を滑空する、四尾の魚。


「なんなのよ、アレェ!」

錐魚きりうおってぇアヤカムだぁ! 美名ちゃん、迎え撃ってくれぇ!」


 真っ直ぐに漁船を目掛けてくる、錐魚たち。

 美名は「かさがたな」をさげ持ち、飛び来る鋭利な魚たちを見据える。

 そんな美名に、第一尾目の錐魚のくちばしがあわや突き刺さろうかという間際――。


「だぁあぁッ!」


カカァン、カカァン


 美名はふた振り、刀を薙ぎ払った。

 ビチャビチャと音を立て、錐魚の残骸が甲板上のそこかしこに飛び散る。

 小さなクミの目の前にも裁断された魚の顔が飛んできて、彼女の色違いの双眸そうぼうと、錐魚の黒々とした目とがピタリと合った。


「ひぃいぃ! 気持ち悪ッ!」

「……まだ来るわよ!」

 

 警戒を解かず、船の周囲にぐるりと目を向けた美名が叫ぶ。彼女は、あらゆる方向で発する光――錐魚飛来の予兆をいくつも見たのだ。


「今日はいやに数が多いな! 『反響を掴む』までもう少しだからなぁ、耐えとくれよ!」

「大丈夫です!」


 美名が胸を叩くや否や、雪崩なだれるような錐魚の群れが船に集中する。

 だが少女は、銀髪を流し、汗を飛び散らせながら船の上を跳び、錐魚の矢の雨のすべてを迎撃していく。


「数が多いだけで、大したことないわ!」

「こりゃぁ頼もしい……!」


 「親方ぁ!」と、円陣を為していたひとりが叫ぶ。


いぬいに潮に沿って流れる群がある! 距離はおよそ千歩ほどだぁ!」

「よーっしゃ、よっしゃ! 『自奮衆じふんし』、だ! 漕ぎ出せぇ!」


 「うぇいっす!」と甲板下で張りのある声が応えると、色彩鮮やかな漁船はふたたび海上を走り出した。

 ずっと続いていた錐魚の雨あられも、それが合図になったのか、ピタリと止んだ。

 美名はひと息吐き、懐紙ふところがみで「嵩ね刀」の刀身を拭う。


 目的の地点に辿り着くまでの間、ゴウラ番頭は美名とクミに対し、遅すぎる説明をくれた。


「俺らの漁法は『音射おんしゃ』ってぇ『波導はどう』魔名術を使う。海に向けて『波』を出して、そのかえってくる『波』を感じて魚の群れを見つけんだ。どんな漁船も『ラ行』の漁師は抱えてて、ほとんど当たり前にやることだなぁ」

「……魚群ソナーみたいなものね……」

「だがなぁ、それをやってっとなんでだか、コイツら錐魚きりうおが襲ってくるんだよ」

「……不思議ですね……」

「詠唱時の光か、音かに吸い寄せられるのかしら……?」

「いつもはそこにある板を盾にしてんだが、これを使うと『音射での探知』に余計に時間がかかるし、盾の隙間を縫ってきた錐魚でひとつふたつ傷作っちまうしで、よくねぇんだ」


 クミは甲板の端に置かれてる、分厚い金属板を見遣りながら、「『音射』しなければいいのに」とつぶやいた。

 ゴウラ舟番頭は大声で笑う。


「クロの言う通りだ、違ぇねぇ! だがなぁ、『音射』を使うと使わないとじゃあ、稼ぎが格段に違ってくんのよぉ! 魚が突き刺さるのが怖くて、魚獲りなんてやってられっかよ!」


 意気いき軒高けんこうな生粋の漁師に、美名とクミは顔を見合わせて笑う。


「『両潮もろしお』は獲物も多いが、コイツらも多くなる。それで美名ちゃんってわけよ! 『腕利きを紹介する』ってモモさんの太鼓判には間違いがなかったなぁ!」


 それから、色とりどりの漁船は、洋上を縦横無尽に駆け巡った。

 見定めた地点で投網し、引き上げ、大漁。

 すぐさま「ラ行・音射」で次の漁場を探す。

 美名は網の引き上げ、錐魚の迎撃にと、熟達した漁師たちをも唸らせる活躍をした。

 クミも網引きや獲物の選り分けにその小さな手を貸す。


 そうして「両潮もろしお」の漁は、魚倉うおくらから溢れるほどの収獲成果で為し終えた。

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