両潮の網漁と錐魚のアヤカム 1

「エイ、セイ、オォーッ!」

「いいぞぉ、美名ちゃん! それ、エイ、セイ、オー!」


 美名は半纏はんてんを腕まくりし、他の四人の漕ぎ手とピタリと合わせたかいの操作に汗を流す。

 船首せんしゅ側に立つ、禿頭とくとうふな番頭ばんとう――ル・ゴウラは、号令をかけつつ、様子見窓から顔を出す。


「よーっしゃ、よっしゃっ! かなりの早足だ。これはい漁場に一番乗りだぞぉ!」


 幻燈げんとう大師たいし、モモノが美名たちに斡旋あっせんした仕事とは、「漁の手伝い」だった。

 今日は「大きな月」と「小さな月」が重なる、「かさづき」にあたる。この日の海は「両潮もろしお」と呼ばれ、海の満干まんかん差が大きくなる。そのため、魚の動きも活発となり、漁獲量も格段に多く見込めるのだ。

 そういうわけで、美名とクミは、今日限りではあるものの、網漁あみりょうの人手として、この闊達かったつ舟番頭ふなばんとう手下てかになることとなった。


「ううむ。モモ大師には『お前も仕事しろ』とは言われたものの、完全に力仕事よねぇ……。ネコの手も借りたいとはいっても、貸せる余地がないんじゃないかしら……」

「なにぶつくさ言ってんだ、クロ! それ、エイ、セイ、オー!」

「私はクミだってば!」

「手が出ないなら、口出せ! 俺は上に行って潮目見て来るから、クロは掛け声かけてやれ!」

「んもう! それ、エイ、セイ、オー!」


 小さな体で精一杯の大声を張り上げながら、クミは美名を見遣る。

 美名は櫂を回しながら、笑っていた。

 わだかまりが晴れたことと、一心の労働に汗を流すことに、歓喜していた。


(もう本当に大丈夫みたいね。年上だって気取ってても、私もまだ、不甲斐ないものよねぇ……)


「エイ! セイ! オォー!」


 クミは吠え上げるように、首元に青く光る「指針釦ししんのこう」を誇らしく見せびらかすように、声を出す。


「……よーっしゃ、よっしゃ! ひとまずここでいいぞお!」


 上層の甲板からにも関わらず、潮風で枯れた舟番頭の声が響く。

 

「『波導衆はどうし』と美名ちゃんは上がってこぉい!」

「うえぃっす!」

「はぁい!」

「私はぁ?!」

「クロは好きにしろぃ!」

「クミだってば!」


 梯子はしごを伝い、船底から甲板に上がる美名とクミ。

 顔を出すと、先立って上がっていたふたりの漁師、もとから甲板上にいて船首せんしゅかじをとっていたひとり、舟番頭ル・ゴウラの四人は、甲板の中心で外を向いた円陣を組んでいた。


「美名ちゃん、お前さんの出番だぞ!」

「……私の?」


 全身を甲板に上げ、美名が首を傾げる。


「何を……すればいいんでしょう?」

「説明するのも面倒だぁ! 時間も惜しい! 見てろぃ!」


 せっかちな舟番頭が目を閉じると、円陣の他の三人も瞑目めいもくする。直後の四人は、何の合図もなしに揃って腕を上げ、海に向かって平手をかざした。


「ラ行・音射おんしゃ


 四人の筋骨たくましい男たち――ラ行魔名術者たちは、詠唱する。朝焼けが落ち着いたばかりの青の景色の中で、四つの白光りが灯った。


「……?」

「……ゥっ!」


 事態が判らず首を傾げる美名だったが、その傍らの小さなクミは自らの耳を抑えた。


「クミ? どうかしたの?」

「なにこの音ッ! 頭痛くなるぅ!」

「なぁにぃ?! クロには聴こえるのかぁ!」


 鷹揚おうように笑った舟番頭だったが、ふと美名たちの奥に目線を送ると、一気に表情を険しくさせた。


「来たぞ、美名ちゃん! ひのえだぁ!」


 言われて、美名は背後に振り向く。

 その瞳に映るのは、海面と空ばかりだが――。


「何……?」


 美名は目を凝らした。

 そうして海面に煌めく光を認めると、「かさがたな」を鞘から引き抜く。


「……来るッ!」


カァン


 「嵩ね刀」の甲高い裁断さいだんおんが響いた。

 続けて、甲板上にビチャリと音を立て、ふたつの物体が現れ落ちる。


「な、なにコレ……?」


 物体の一方に、おそるおそるクミが近づいて確かめると――。


「さ、魚ぁ?」


 槍先のような鋭利なくちばしを持つ細身の魚が、寝そべっていた。

 しかも、半身である。美名の「嵩ね刀」によるものであろう。

 その身に微動はあるものの、頭から尾まですっぱりとち切られたため、生命としては断絶しているようだった。


「なんかこんな魚、見たことあるわね……。たしか、『ダツ』とかって……。でも、結構大きいわねぇ……」

「今度はさるだ! やっぱり多いな、ちくしょう!」


 ゴウラ舟番頭の声に、美名は右手側に向け、刀を構える。

 クミも目を遣ると、視界の先で光が何個も瞬くのを見つけた。そして、その光と、迫る風切り音の正体を知る。


「魚がこっちに……飛んできてる?!」

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