少女の仮名と別の可能性 2

「モモねえ様は……『うろ蜥蜴とかげ使役しえきする者』、『ワ行劫奪こうだつの使い手』……。これらに何か、心当たりはありますか?」

「ッ?! ちょっと、美名……」


 見上げてとがめるクミに、銀髪の少女は微笑んで頷いた。

 その態度には、「このヒトは大丈夫」と、そういう意味が込められている。


「……どういうコトだい?」


 美名は、明良あきらの境遇を語った。

 そして、魔名教の中にそれらの者が潜む可能性のことも。

 ひととおりを興味深そうに聞き終えて、マ行の大師は口を開く。


「知らない、知らないばかりでコッチも気が滅入めいるけどねえ、心当たりはないね」

「……そうですか」

「確かに、洞蜥蜴なんて大物を使役するとしたら、『段』は要るだろうが……。他にも可能性はあるんじゃないかい?」

「可能性……?」


 幻燈げんとうの大師、モモノはニヤリとする。


「そこに野良のらの『名づけ師』が加わったら、魔名教会のそとで、なにやら暗躍する魔名術集団が出来上がるって道筋さ」

「……あ」


 幻燈の大師の言に、美名もハッとする。

 洞蜥蜴を「使役」できる、「王段」ほどの魔名術の熟達者。それには当然、「ア行附名ふめい」による「段上げ」が必須である。

 ゆえに、「使役者」は魔名教の管理のもと「段上げ」がされた者である、と明良も美名も無意識に前提としていた。

 だがそこに、「附名の魔名術者」の存在を仮定すれば、この前提は崩れ、魔名教にこだわる必要はなくなる。魔名教会が預かり知らぬところでの「ト」の魔名術者の出現がいくらでも考えられるのだ。

 「輩魔名録ともがらのまなろく」の「ワ行」の項に魔名の記載がないにもかかわらず、「ワ行劫奪の使い手」がいるらしきことにもこれで説明がつく。

 すなわち、魔名教の管理外で独自に「ワ行劫奪」を「名づけ」られた者の存在が仮定できることになる。


 「んん?」と首を捻るクミ。


「そうだとしても、その『野良名づけ師』が『オ』になるにも『段上げ』が必要なんでしょ? 少なくともソイツは魔名教内部のヒトなんじゃないの?」

「バカだねぇ、クミネコは」


 バカと言われたクミネコは、口を尖らせてモモノの見目整った相貌そうぼうを見上げる。


「『附名』の『ア行・昇名しょうめい』は自身と同じ段の者の魔名を『段上げ』できる魔名術。ペッちゃんであれば、『段』から『段』にって具合にね。そして、『昇名』は術者自身も対象にできる。自分で自分を『段上げ』できるってわけさぁ。魔名術の習熟さえ積んでいけば、自己完結で魔名術を極められるのが、『附名』の特異なところだよぉ」


 「まぁ」と言って、幻燈の大師は美名に顔を向け直す。


「もちろん、美名嬢たちの考え通りの可能性もある。要は『考えるだけムダ』ってことさぁね」


 そう言うと、幻燈の大師は美名の肩に手を置いた。


「その明良って子は『アテがある』って言ったんだろう? だったらそれを追えばいいのさ。そんなに気に掛けるほどに心が寄り添ってるなら、美名嬢も一緒になって探してやればいい」


 うん、うん、と美名は、親愛なる大師の言葉を噛みしめるように頷く。


「そうしてひと段落ついたら、その明良って子をアタシのところに連れてきな。美名嬢に相応しいオトコかどうか、アタシが見定めてあげるよ」


 言われてすぐにはその意味が判らなかったようだったが、数瞬後に美名はハッとする。口をモゴモゴさせ、恨めし気にモモノを見返した。

 それを可笑しそうに、モモノは眺める。


「冗談だよう。その子の『奪われた記憶』とやらを、アタシの『幻燈』で戻せやしないか、事態がどう転んだとしても、一度は連れておいでって、そういうことさぁ」


 渋面じゅうめんを作っていた美名は、大師のその助力の言葉を聞いて一気に顔を輝かせる。


「はい! そうします!」

「……ったく。美名嬢のとりこになっちまうと、く相手が多くて困るねぇ」


 照れるような美名。肩をすくめるクミ。

 教区の最高責任者と若年の「附名」魔名術者の、そんなふたりを笑い飛ばす声が、色彩鮮やかな執務室内に響いた。

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