古からの港町ヘヤと教区館特務部附名手 2

「はあ……」


 白亜を前にして、小さなクミは言葉を失くした。


「たっかい壁ねえ……」

「フフ。でしょう?」

「なんで美名が得意気なのよ」


 ヘヤの町を囲う壁の前に、美名とクミは並び立っている。

 壁面は、補修の跡だろうか、ところどころ色味が違うものの、一面が真っ白。高さは天をさえぎるが如く。散在して設けられている吹き抜けの窓の際に立てば、陸側を高らかに見渡せる眺望であろうと予想ができる。


「壁沿いの地面……、なんだかちょっと色合いが違うわね」

「確か、昔は深く掘られていたらしいわ。最近……といっても、百年以上前らしいけど、埋めちゃったんだって」

「なるほどね。おほりみたいなのがあったわけか」


 そのとき、ふたりは前から「ごめんよ」と声をかけられた。

 立ち往生していたふたりは、端に寄り、馬が引く荷車に道を譲る。


「ヒトの行き来も盛んね」

「海運での貿易品や鮮魚の流通とかで商売も盛んな町だからね。私たちが通って来た道とは山を挟んで反対側に大きな街道があって、これからそこを通って内陸に行くんだろうね」


 「行こうか」と声を合わせた美名たちは、これもまたヒトの四人分ほどはあろうかという巨大な門を抜け、ヘヤの町に足を踏み入れた。



「はあ……?」


 巨大な石造りの建物を前にして、クミは言葉を失くした。


「デザインはギリシャ神殿みたいなんだけど……」


 ヘヤの町の教区館の前に、美名とクミは並び立っている。

 巨大な石柱二本が両脇に据えられた、幅広の階段。幼齢者や高齢者、歩行に難があるヒト向けなのだろう、ゆったりとした傾斜のつづら折りも傍に設けられている。

 十数の階段の先にはすぐ、切り整えられた石煉瓦で組まれた荘厳巨大な施設。正面の中央、見上げる位置には黄金こがね色の「聖十角形」の装飾が掲げられており、その真下には教区館の入り口がある。

 この間口の広い入り口には戸板などの通行を遮る物はなく、教区内の誰をも迎える、万人招来しょうらいの気風が感じられる。事実、クミたちの視界の中ではすでに、何十人ものヒトがその入り口を悠々と出入りしていた。

 だが、この館がもっとも人目を引くのは、造りの精緻せいちさや大きさ、人々の往来の激しさではなく――。


「なにこのケバケバしい色使い……」

「フフ。でしょう?」

「いや、ここは得意気になるところじゃないよ」


 クミの言の通り、教区館全体に施された奇抜な塗装である。

 赤、青、黄、桃、紫……多様で濃密な色味。それらが、階段、石柱、石壁にと、無造作に、無秩序に配色されているのだ。

 クミと同じように、初めての来訪なのであろう、往来の中で立ちすくみ、教区館を見上げて呆然と眺めているヒトの姿も少なくはなかった。


「目が痛くなってくるわ……」


 いつもはピンと立っている小さな両耳をへたらせて、クミは頭をひと振りした。


「よし。行こうか」


 そう言って、美名がクミに先立ち、青く塗られた階段石に革靴を乗せた。


 町に入るなり、美名は当然にこの教区館を目指してやって来た。

 教区館が置かれるほどの大きな町では、「オ様の常駐」とまではいかなくとも、「段上げ」の段取りや「名づけ師」来訪予定情報、魔名に関わる諸々を扱う魔名教の特務部――「附名ふめいしゅ」という組織が存在する。

 腹ごしらえをしきりに提案するクミをなだめるようにして、美名はこの「附名ふめいしゅ」窓口を目的に歩を進めてきたのだ。


(ううむぅ……。だよ……)


 どこか強張ったような背負い袋の姿にひとつ苦々しいものを感じると、クミは友人の後を追って、跳ねるようにして階段を上っていった。

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