名のない少女と神代の遺物 2
クシャの村里で「
里を囲う木柵を抜けてすぐのところ、民家にしては窓が少なく、生活感の乏しい建屋があった。その建物の入り口、板の扉に掲げられた十角形の紋章を見つけたことで、少女には見当がついたからだった。
中心から各頂点に直線が伸びたこの「正十角形」の紋章は「聖十角形」と呼ばれ、「魔名」の根幹の「
「『オ様』など、いないよ」
若年の男性教会堂師は少女の問いに対し、無下に言い放った。
その言葉遣いと、訝しむような目つきに、「この堂師はハズレだ」と少女は直感する。
「失礼ですが、アナタの『魔名』は?」
「……ありません」
「では、『仮名』は?」
「それも……ありません」
教会堂師はあからさまにため息を吐く。
少女にはこの手の反応に晒されてきた経験も多い。
「魔名教」においては、「魔名」のないヒトは軽くみられる。
幼齢であれば致し方ないと猶予されることもあるが、年を重なれば重ねるほど、その猶予の余地はなくなる。十三、四の齢と見られる少女の外見からするとそんな余地はまったくなく、「魔名術」を扱えない半人前と見られてしまう。
ただし、一般の「魔名教徒」においてはその心配はほとんどない。さきほど出会えた気のいい女性のように、少女に「魔名」がないと知っても、鷹揚に受け止めてくれる体験も、彼女には多くあった。
問題なのは、教会堂師や「敬虔な」魔名教徒に対する場合である。
生誕と同時に当然に「魔名」を与えられ、魔名教典と魔名教史と魔名教戒と、勉学に励んできた「敬虔な者」たち――。
(この堂師様も、きっと私を……、「
「それで、『オ様』に『名付け』てもらおうというわけですか……」
「はい……」
教会堂師の見定めるような目つきに、少女は嫌気が差した。
「失礼しました……。別に訪ねてみます。魔名よ、響け」
少女は踵を返して出口へと向かう。
「オ様」の情報がないうえに、このような屈辱の視線を浴びるのであれば、ここに長居するのは時間の無駄だと少女は判断したのだ。
「ちょっと待ちなさい」
「……?」
呼び止められて振り返ると、教会堂師は卓の上でなにか書きつけている。彼は少女に歩み寄ると、紙片を渡してきた。
「里はずれにある『タ行
手書きの地図を受け取った少女は、瞬きを繰り返す。
若年の教会堂師は「それと」といって、少女の首元に手ずから襟巻を巻いてやる。
「今から向かうと夕刻を過ぎてしまうかもしれません。林野の夜はまだ冷えます。それをしていきなさい」
少女は当惑の顔で教会堂師を見上げる。
彼は優しく微笑んで、かぶりを振った。
「返しにくる必要はありませんよ」
(「ハズレ」だなんて思って……、ごめんなさい)
感謝の言葉と、内心での謝罪を残し、少女は教会堂をあとにする。
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