第4話

「お前、本当にあっち側に行ったんだな?」


 赤ずきんちゃんはアリスを睨む様に見詰めながらそう言った。アリスはそんな赤ずきんちゃんを微笑みながら見ている。


「そんな怖い顔しないで?赤ずきんちゃん。私とあなたは元々違うの。生まれが……発生元が違うのよ」


 アリスが言い終わる前に服の内側からコルトパイソン357マグナムを取り出し発砲した。ぎりぎりのところで躱した赤ずきんちゃんもMG4で応戦する。


 しかし、アリスの速い動きに重いMG4では分が悪い。


「そんなもの振り回しても、私に勝てませんわよ」


 右に左に動き回るアリスに翻弄されてしまう赤ずきんちゃんは、じりじりと後退するしか無かった。すると、岩陰から狼ちゃんがSIG P226を構え、助太刀しようとしてくれている。


「手出しするな!! これは私とアリスで決着つけなきゃ駄目なんだ!!」


 びくりと反応する狼ちゃんが赤ずきんちゃんへ何か言おうとしたが、赤ずきんちゃんは黙って首を横に振るだけであった。


 そして、赤ずきんちゃんもMG4を手放すと、ホルスターからM45A1を取り出し身軽になった体でアリスへと挑んだ。


 こうなれば、分があるのは赤ずきんちゃんの方である。コルト・パイソンは6発、M45は9発装弾出来るからだ。


 一進一退の攻防が続いている。


「どうやら、向こうではチェシャ猫達も決着が着いたようね……」


「そうだな……私らもそろそろ決着着けようか、アリス。」


 お互いに肩で息をする位に疲れてきている。


 身体中が砂埃と硝煙の臭いにまみれて、髪も汗で顔中に張り付いてしまっていた。


 体力的にもこれで最後。


 二人同時に物陰から飛び出るともつれ合うように互いに銃口を向ける二人。


 しかし、赤ずきんちゃんの銃口はアリスの左手で向きを変えられていた。


 こめかみに銃口を突きつけられているのは赤ずきんちゃんだけであった。


「昔からスピードだけは貴方に負けなかったわ……」


「……確かにな」


 そう言うと赤ずきんちゃんが静かに瞼を閉じる。


 覚悟を決めたのだろう。


「さよなら……赤ずきんちゃん」


 アリスは、引き金を引く指先に力を入れた。


 乾いた銃声が響き渡る。


 ぽとり……


 赤ずきんちゃんのこめかみに突きつけられていた銃が地面へと落ちた。


 赤ずきんちゃんがアリスの方へと向くと、アリスの胸に薔薇が咲いたかの様に、真っ赤な血が染み出て来るのが見えた。


 ゆっくりと赤ずきんちゃんの方へと倒れ込むアリス。


「ごめんなしぁい……」


 振り返ると銃を構えたまま、がたがたと震える狼ちゃんが泣きながら謝っている。


「私は……赤ずきんちゃんに……」


 狼ちゃんの手から銃が落ちた。


 ぺたりと座り込む狼ちゃん。何があっても手を出すなときつく言われていたからだろう。


 それでも、狼ちゃんは目の前で赤ずきんちゃんが殺されるのを止めたかった。


 ごふっとアリスが口から大量の血を吐き出した。


「これで……これで良かったの……泣かないで……狼ちゃん……」


 アリスが狼ちゃんの方へと顔を向けて言った。


「どうせ……貴方達の所へと戻っても……あの人達からは逃げられない……遅かれ早かれ……死ぬ事にはかわりなかったわ……」


 顔色がみるみるうちに蒼白となっていくアリスを、赤ずきんちゃんが喋るなと静止するが聞き入れようとしない。


「……赤ずきんちゃん……私は……貴方を愛してたわ……」


 また血を吐き出すアリス。


 出血のためか体温が下がっていくのが分かる。


 そんなアリスを温めようと必死になって抱きしめる赤ずきんちゃん。


「……ねぇ……私、この世界アリスワールドで……色んな事を知ったわ……」


 アリスの口からひゅうひゅうと空気の漏れる様な呼吸音がする。それでも赤ずきんちゃんへ話しかけるのをやめない。


 「……でも……知ることの……出来なかったものが……一つだけあるの……それは……キス……大好きな……愛した人と……するキスよ……」


 そう言うと、震える指先で赤ずきんちゃんの頬にそっと触れた。その手を握りしめる赤ずきんちゃん。


「……ねぇ……最後……に……貴方が……教えて……私の愛した……貴方に……教えて貰いたい……の」


 最後の力だろう。


 アリスは消え入りそうな声で赤ずきんちゃんへそう伝えると、呼吸をする事さえ苦しそうであった。


 赤ずきんちゃんはアリスの頭を抱えるように抱きしめると、そっとアリスの唇に自分の唇を重ねた。


「……あ……りがとう……」


 彼女がそう言いにこりと笑うと静かに瞼を閉じた。


 たくさんの光りの粒が彼女の体から溢れ出て止まることなく天に昇って行く。


 それでも赤ずきんちゃんはアリスの体を抱きしめ離さなかった。


 最後の一粒が天へと昇ると赤ずきんちゃんの腕の中のアリスは消えてしまっていた。


 彼女の温もりだけを残して。


「ごめんなしぁい……ごめんなしぁい……」


 狼ちゃんが泣いている。


 ぽろぽろ、ぽろぽろと大粒の涙を流して泣いている。


 自分がアリスを撃った事を、殺してしまった事を赤ずきんちゃんに詫びているのだろう。そんな狼ちゃんを優しく抱きしめる赤ずきんちゃん。


「お前が気にする事は無いよ。お前のお陰で私が助かったんだからさ……」


「でもぉ……ごめんなしぁい……」


「泣くなって、謝るなって……」


 赤ずきんちゃんは泣き止まない狼ちゃんのわしゃわしゃと乱暴に頭を撫でた。


 そんな赤ずきんちゃんの頬にも一筋の涙が伝う。


 これで良かったのかは誰にも分からない。しかし、アリスが最後に笑顔になれただけ良かったのだろう。


 赤ずきんちゃんはヘンゼルとグレーテルの兄妹に別れを告げると、うぅんと大きく背伸びをした。


 そして、次に行くかぁと狼ちゃんへと言うと、狼ちゃんもにこりと微笑み頷いた。



 それから二人がどこに行ったのかは分からない。今日もどこかの童話の中で暴れているのか、のんびりと過ごしているのか……


 まぁ、それは機会があればまたお話しのしましょう。


 それではさようなら、どこかで会える日まで。

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赤ずきんちゃん ちい。 @koyomi-8574

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