第2話

 あれから数日経ったある日の事。


 赤ずきんちゃんと狼ちゃんが、森の中にある一軒の屋敷を茂みの中から伺っている。その屋敷は森の中にあるには不自然な程に立派で、屋敷を囲む生け垣も庭もきちんと手入れされていた。


「ここでお茶会があってるんだな」


「間違いないと思いますよ?三月さんがつウサギに帽子屋、眠りネズミヤマネの三人が入っていく所を、森の熊ちゃんが見ていたそうですから……」


 森の熊ちゃんとは、狼ちゃんの大切な友人の一人で、白い貝殻の小さなイヤリングを落とした女の子に届けるため、どこまでもどこまでもしつこく追いかけて行くほど親切な熊ちゃんである。


「ほら、狼ちゃん。お前の可愛い可愛いM3E1の出番だよ」


「はぁい、分かりましたぁ♥」


 M3E1に弾頭をセットしドットサイトを覗きこむ狼ちゃん。


 照準を定めた彼女の指先がそっと引き金に触れ、優しくそれを押し込んだ。


 その瞬間、狼ちゃんの後ろにある茂みがM3E1の後方噴射で大きく揺れる。


 大きな爆発音と共に屋敷から煙が上がった。

 

「もう一丁‼」


 さらに撃ち込む狼ちゃんは、にたにたと可愛い顔には似合わない笑みを浮かべている。


 やはり、この子も少し危ないのであろう。


 でなければ、機関銃を乱射しまくる赤ずきんちゃんと共に行動している筈がないのである。


 もくもくとあがる煙の中から珍妙な姿の男が三人、けほけほと咳をしながら出てくるのが見えた。


 大きなシルクハットとそれに負けない大きな顔をした帽子屋と、藁を頭に巻いたみすぼらしい三月ウサギ、そして、眠たそうな目をした小さなヤマネが三月ウサギに引っ張られ、引き摺られるように歩いている。


「誰だ、誰だ。我らのお茶会を邪魔するのは?チェシャ猫か?それともハートの女王の差し金か?」


 大きなシルクハットを被った帽子屋が辺りを見回しながら怒鳴っている。その影に隠れるように三月ウサギも辺りの様子を伺った。


 そして、帽子屋かピュッと指笛で合図を送るとどこからともなく、たくさんの兵士がぞろぞろと集まってきた。それぞれが手に斧や剣や槍を持っている。


 それを見た赤ずきんちゃんがH&K MG4をバイポッドで手頃な岩の上へと据えると弾帯をセットした。


 そして集まっている兵士達へと銃口を向けると引き金を引く。


 ばたばたと倒れていく兵士達。


 残りの兵士達や帽子屋が慌て物陰へと隠れるが、今度は狼ちゃんのM3E1がその物陰ごと吹き飛す。


 まるでそこだけ地震が起こったかの様な地響きが伝わってくる。


 たまらずに三月ウサギがそっと物陰から身を低くし逃げ出そうとした時である。


 三月ウサギのこめかみが撃ち抜かれた。その衝撃で横に倒れていく行く三月ウサギ。


「……な、なんだ……狙撃手スナイパーにも狙われているのか……」


「大人しく降伏しなよ?あんた達に逃げ場なんてないんだからさ?」


 物陰で呆然と座り込んでいる帽子屋へと、大きな声で語りかける赤ずきんちゃん。


狙撃手スナイパーだけじゃないよ?背後に気をつけな、そろりと首を刈られちゃうからさ」


「……首を?」


 帽子屋がそう言った時である。ぞわりと背中に悪寒が走る。そして首筋にひんやりとした刃物があてられたのが分かった。


「……死か降伏か……選びなさい」


「……っ!!」


 帽子屋の耳元で、美しく澄んだ声が語りかけて来る。帽子屋はちらりと眠りネズミヤマネを見たが、相変わらず大きな鼾をかいて眠っている。後でティーポットに押し込めてやると思う帽子屋であった。


「……分かった、分かった。降伏するよ」


 帽子屋が両手を挙げて物陰から出てきた。


「変な気を起こさぬ様に……貴方は常に狙われていますので……」


 ごくりと生唾を飲む帽子屋。


 しかし、帽子屋が完全に物陰から出てた時には、背後に感じていたあの嫌ぁな気配は消えていた。


 MG4を構えたまま、赤ずきんちゃんが茂みの中から姿を現した。赤ずきんちゃんの姿を見た帽子屋が少し驚いたような顔をしている。あれだけの攻撃をしていた奴が、こんな幼い少女だとは夢にも思わなかったのであろう。


「あんたが帽子屋か?」


「……そうだ。そういう君は誰だね?」


「私?正義の味方、赤ずきんちゃんさ」


「……自分で言うかね?」


 失笑する帽子屋の足元に発砲する赤ずきんちゃんを、慌てて止める狼ちゃん。


「……で、私に何の用だ?折角のお茶会を邪魔をするんだ。それなりに重要な事だろう?」


 挙げている手を下ろそうとした帽子屋へ、銃口を向け引き金に指をかける赤ずきんちゃん。


 それを見た帽子屋は何も持っていないさと苦笑いを浮かべた。


「少し座らせてくれないか。君達が知りたいのは、ハートの女王の事か?それなら、隠す必要も無いからね。私の知っている事なら全て教えてやるよ」


 帽子屋は自嘲気味に笑うと、どさりと腰を下ろした。奥の方で眠りネズミヤマネがまだ寝ている。


「ハートの女王?いや、あんな道化には興味は無い。あれは口だけの何もした事が無い女だ。キングから全部助けられているだけじゃないか?」


「ふんっ。その通りだよ。じゃあ、何が知りたいんだ?」


「アリス」


「……っ!!」


 『アリス』。


 赤ずきんちゃんがその名前を口にした途端に青ざめブルブルと震えだした帽子屋。


 そして頭を抱え込み、知らない知らない知らないと、うなされるように呟き始めた。


 にゃぁぁ~ぉ


 どこからともなく猫の鳴き声が聞こえてくる。


 その猫の鳴き声を聞いた帽子屋がさらに取り乱し始めた。息も荒くなり、尋常ではない様子が伺える。


 赤ずきんちゃんと狼ちゃんは互いに顔を見合わせると背中合わせになり、赤ずきんちゃんが自分のハンドガンを狼ちゃんへと渡した。


 一陣の風が吹いた。


「私は知らない……知らない……何も話していない……アリスの事は……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」


 半ば発狂した様に呟き続けていた帽子屋の首筋がぱくりと鋭利な刃物で斬られたように裂けた。


 そして、声にならない様な叫び声をあげ、鮮血を撒き散らしながらのたうち回り、そのうち帽子屋はぴくりとも動かなくなった。


 そして奥で寝ていると思われていた眠りネズミヤマネも死んでいた。その首筋に猫の爪で掻かき切られた様な跡であった。


「殺られちゃったね……」


 狼ちゃんが帽子屋と眠りネズミヤマネの死体を見下ろしながら、しょんぼりとした口調でそう言った。


 がさごそと三人の懐に手を入れ何かを探している赤ずきんちゃんは、探すのをやめて首を横に振る。


「なぁんも手掛かりがないね……アリスあいつはどこに行ったもんだか……」


 溜息をつく赤ずきんちゃんの元に二つの人影が近づいてくる。一人は長物を肩に背負い、もう一人は口元を黒いマスクで隠していた。


「おぉ、お疲れさん。二人に手伝って貰ったけどこの様だよ。ごめんな」


 黒いマスクの方の人影が屈みこみ眠りネズミヤマネの傷口を見詰めている。


「……これは、チェシャ猫の爪痕……ですね」


「知っているのか、グレーテル?」


 黒マスクの人影、グレーテルは赤ずきんちゃんの方へ顔を向けると小さく頷いた。


「……はい、一流の殺し屋です……この世界アリスワールドでは、右に出る者はいないと言われています」


「ヘンゼル、お前には見えたかい?」


 もう一人の人影、ヘンゼルへと尋ねる赤ずきんちゃんに、ヘンゼルは無言で首を振った。


 本当に風が吹いただけかと思った。


 チェシャ猫の姿形さえ捉える事が出来なかった赤ずきんちゃんは、悔しそうに地面を蹴った。


「……ふん。俺ら兄妹も馬鹿にされたな、グレーテル」


「……そうですね、お兄様。私らの目の前で……こんな真似をして……礼儀と言うものを……教えて差し上げなければ……ねぇ……お兄様」


「……あぁ……赤ずきんちゃんよ。俺ら兄妹はチェシャ猫を探す。……お前らは、お前らの仕事をしろ。……じゃあな」


 そう言うと、ヘンゼルとグレーテルの兄弟は森の中へと消えて行った。


 余程悔しかったのだろう。


 とは言え、ここはアリスワールド。


 不思議の国のアリスの世界。


 いくらヘンゼルとグレーテルが凄腕の暗殺者だとしても……


 赤ずきんちゃんは二人の消えていった森の方を見つめながらそう思った。


「どうするの?赤ずきんちゃん……」


「どうするもこうするも、ハートの女王の所に乗り込むしかないだろう?」


 心配そうな顔をしている狼ちゃんの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる赤ずきんちゃん。


 頭を撫でられた事が嬉しかったのか、先程までの不安そうな表情かわ消えた狼ちゃんはにこにことしている。


「よしっ、狼ちゃん。一度帰って色々と準備しなくちゃな!!」


「うん♡」


 隠れ家へと戻った二人は、必要な弾薬などを準備していると裏口の方に人の気配を感じた。


 二人が目配せをし、裏口へと足音を忍ばせ近寄っていく。


 やはり誰かいる。


 しかし、その気配には敵意は感じられない。


 ゆっくりと扉を開く赤ずきんちゃん。裏口の前に小さな青い帽子を被った少年が一人立っていた。


「お前……『MOTHER』の所の?」


「はい、『MOTHER』から伝言です。『アリス』はハートの女王の城を既に出て、西へと向かっていると……」


「なに?ハートの女王の所を出た後だって……ありがとな、『MOTHER』にも礼を言っといてくれよ?」


「御意……」


 そう言うと、青い帽子の少年の姿が蜃気楼のように消えていった。中に戻った赤ずきんちゃんは青い帽子の少年から聞いた『MOTHER』からの伝言を、狼ちゃんへと伝えた。


「西かぁ……って事は……」


「あそこですかね?」


 何かが分かったのか、にやりと笑う赤ずきんちゃん。


 とんとんっと狼ちゃんの背中を押し叩くと、行こうかとウインクをした。

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