第十八話 込められた想い

 誠君の命令によって、竜星は私を担いだまま、公園を駆けだした。

 公園の外はこんな事態が起こってるとは思えないほどいつも通り。待ちゆく人は私を担いだ竜星を奇異な目で見るので、私はたまらずに叫んだ。


「り、竜星! もう大丈夫だよ。下ろして!」

「そうしたい所だけど、アイツの命令の所為で俺にもどうしようもねぇんだよ」

「このまま学校まで走る気!?」

「しょうがねぇだろ!?」


 学校には両親がいる。両親に保護されてしまったら私はきっと公園にはもう戻れないだろう。私は竜星の背中をゲシゲシと蹴った。


「とまれー!! とめろー!!」

「い、痛っ!! そんな事しても止められねぇから!!」

「でも! このままじゃ、残った皆がやられちゃうよ……戻らなきゃ!」

「戻ってどうするんだよ!? 狙われてるのはお前で、しかも足手まといじゃねぇか!」

「そ……それはそうだけど!!」

「誠と有海に任せてお前は避難しとけよ。アイツの真名の能力があれば何とでもなるだろ!」


 竜星の最もらしい意見に普段の私なら首を縦に振っていただろう。けれども、竜星が知らない事実がそこに一つだけ存在する。


「ダメ……なんだよ」

「あ?」

「誠君の真名の技……あの大ネズミに通用しなかったの」

「……え?」

「このままじゃ、誠君も有海も拳士郎も……あの大ネズミ殺されちゃうかもしれない……私の所為で……!!」

「ま、まてよ!? そんな話聞いてねぇよ!?」


 保健室での出来事は、竜星は知らないのは当然だった。けれども、私はその事実を知っている。真名を使えないまま、あの大ネズミに対抗する手段があるとは到底思えなかった。


「だから! このまま、私が逃げても、被害者を増やすだけ……それなら私ひとりが犠牲になった方が……私だけ死ねばそれでいいじゃない!!」

「っ!!! 馬鹿野郎!!!!」


 竜星の声が今まで聞いたことのない程に低く、怒りがこもっていた。

 初めて聞くような本気の怒号に私は肩を震わせた。背中からじゃその表情は読めないが怒りが背中から伝わってくるようだった。


「りゅ、竜星?」

「皆がなんの為に必死でお前を助けたと思ってるんだ!!」

「それはっ、私が依頼したから……」

「ちげぇよ!!」


 本当は私にもわかっていた。けれどもそれを認めてしまったら、私は私の言っている事の間違えを認めることになる。それは、優しいみんなの気持ちを裏切ることに他ならないから私はこれ以上言葉を繋げることが出来なかった。


「……友達だからだろうが!!」

「……っ!!」


 竜星の言葉に胸がグッと熱くなる。解っている。解っていた。『ただ依頼されたから』なんかじゃない。あの二人は私の大事な……大事な友達なのだ。


「あいつらな、俺らが解散した後もここの公園へ来て調査したり、街の人に聞き込みしたりしてたんだ」

「……」

「偶々見かけて話しかけたらさ、初めてこの学校で出来た友達なんだって、有海も誠も笑ってたぞ」

「……」


いつの間にか私は竜星の背中に顔をうずめてしまっていた。竜星は静かに、そして力強く私を悟す。


「それなのに、自分の命を軽く言ってんじゃねぇよ」

「……ごめん……」


 いつの間にか、あんなに小さかった幼馴染の背中は大きくて暖かいく頼もしい。私は背中に全体重寄り掛かりながら耳元で呟いた。


「ありがとう、竜星」

「お、おぅ」


 心なしか、竜星の耳が赤くなり、私はくすっと笑う。いつの間にか、竜星はお兄ちゃんではなかったのかもしれない。少しだけ、竜星の背中のぬくもりを愛おしく感じた。

 

 そのまましばらく竜星の背中にもたれかかっていると、見慣れた道を通りかかった。ここは確か、昨日誠君と一緒に竜星の家へ向かっていた時に通った道だ。


「あ!!」

「な、なんだ?」


 私はある事を思い出してゴソゴソと制服のポケットを漁り始めた。

 手にしたのは私のスマホ。竜星の大きな背中に体重を預けて、私は先日録音したデータを呼び出した。


「……ねぇ竜星?」

「え?」


【太田竜星、君はこの場でワンと鳴いて『お座り』する】

「ワン!」


 私のスマホから、以前誠君とふざけて録音した声が再生された。と、同時に、私は地面に落下する。


「痛っ!」


 投げ出された私は思わず声を上げた。竜星が私を担ぐのを止めてお座りして投げ出されたのだ。目の前には犬のお座りの格好で座りだす竜星が私を睨みつけている。顔は恥ずかしさから真っ赤に紅潮していく。周りの人のクスクスと言う笑い声がここまで聞こえてきた。


「ごめんねっ!!」

「まりあ、てっめええええ!!!!」

「ごめんってば!! これしか思いつかなくて!」


 私が手のひらを合わせてぺこぺこと頭を下げると竜星は呆れた顔でため息をついてから少しだけ笑ってくれた。


「……まぁ、これで学校まで走らなくて済みそうだし、特別に許してやるよ」

「あはは、ありがと。……ねぇ、竜星? 私、やっぱり公園に戻る。でも、今度は自分を犠牲にする為なんかじゃない」


 私はスックと立ち上がり公園の方向を睨みつけた。


「ねぇ、竜星、一生のお願い!! 一緒に……友達を助けて!!!」

「……ったく……しょうがねぇなぁ……」


 竜星もゆっくりと立ち上がりズボンについた土をほろった。


「どうするつもりなんだよ。ただ、公園に戻っても意味ねぇぞ? 無謀なら協力しないからな?」

「……あのね? 耳を貸して?」

「ん?」


 私の話を聞き終えた竜星は少し難しい顔をした後、困った顔をしつつも頷いた。


「イチかバチか過ぎね?」

「でもさ、やってみる価値あると思うんだ!」


 私の眼には竜星の家の青い屋根が見えている。


「……わかった。そうと決まれば急ごう!」

「うんっ!!」


 私たち二人は今来た道を引き返した。

 助けてくれた友達を今度は私が助けるために。

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