第十七話 絶体絶命

「いやああああああ!!!」


 私の私にしか聞こえない絶叫が公園に木霊する。

 ドォォォン!!!という交通事故でも起こったかと言うほどの音と地響き。大ネズミの尻尾は一切の躊躇なくその地面を抉るほどの威力で竜星と拳志郎めがけて振り下ろされた。公園は立ち上がった土ぼこりの所為で視界はゼロだった。その中で、二人がどうなったかを知りたくて私は必死で目を凝らした。


「う、うそ……竜星!? 拳志郎!?」

「あははっ! なかなか良い威力出たわね。まぁ、生身の人間じゃ到底生きていないでしょう」

「そんな……竜星!!」

「さぁ、邪魔者は居なくなった。始めましょう」

「……さない」

「はぁ?」

「私は、貴女を許さない!! よくも二人を!!」


 頬を涙が伝った。悔しさと怒りと入り混じった感情で頭がおかしくなりそうなほどの憎しみが混み上がる。けれども、そんな私に大ネズミは構いなどしない。突然、焼けるような痛みを腕に感じて私はもう片方の手で腕を押さえた。痛みは腕にとどまらず肩をも覆い、そのまま心臓を目指しているように思えた。


「あああぁっ!!」


 痛みに声を出さずにはいられず私は無様に叫んだ。大ネズミは何一つ喋らずただ、その眼を赤く光らせてこちらを見ている。痛みはどんどんと進んでいき、胸を覆っていく。


「もう……ダメ……」

「やっと……やっと手に入る!! 夢にまで見た普通の女の子の生活が!! 病気でもない、両親もいる、ただただ普通の中学生に……私はなるのよ!!」

「ううぅ……」


 ボロボロと涙だけが頬を伝い零れ落ちて行く。痛みは遂に左胸を覆った。焼けるような痛みが途端に全身を駆け巡った。無様に叫ぶしかもう私にはできなかった。


「ああああぁぁぁぁ!!!」

「いたぞっ! あそこだ!!」

「まりあっ!!!」


 その時、聞き覚えのある声が公園の入り口から聞こえてくる。私は首を動かすことも出来ずにその声を朦朧とした意識の中で聞いた。それでも、私にはこの声の主が誰なのか、ハッキリと分かる。


「誠君……有海……?」

「ま、間に合ったよ! まりあはまだ生きてるよ!!」

「なんとしても、助けよう!!」

「化けネズミなんかに……私たちの友達は殺させない!!」

「あぁ、今度こそ絶対に助けるぞ!」


 二人の決意に満ちた声が私の胸を熱くする。こんな危険な事なのに、さっきネズミの尻尾に薙ぎ払われて痛い目に遭ったばかりなのに……それでも私の事を二人は助けに来てくれた。


「またあんた達なの? あんたの術は私には通用しないのに……そんなに死にたいなら一緒に殺してあげるわ」

「二人共……逃げて……竜星と拳志郎はもう……」


 目の前で、ネズミの尻尾の下敷きになったのだ。けれども、誠君は一歩前に出ると自信満々にこう叫んだ。


「ふふっ。だってさ? 太田竜星!! 真名を以て汝に命令する!!」

「へ? だ、だって、竜星は……!!」

「誠!! 何でも来いやぁぁぁぁ!!!」

「りゅ、竜星!? え!? どうして!?」

「何!? さっき、尻尾で叩き潰したはずなのに!!」


 誠君の足元に倒れていた竜星は元気よくすっくと立ちあがった。これには大ネズミも驚きの声を上げる。


「貴様が叩き潰したと思っているだけだろ」


 その隣にいた拳志郎もゆっくりと立ち上がった。二人はファイティングポーズを取って大ネズミを睨みつける。二人は潰されたどころか、怪我の一つもしていない。理由は有海が説明をしてくれた。


「私がね、結界を発動させたのよ!!」

「なっ!? 貴様はここに居なかったじゃないか!?」

「子子に私の言霊を託したの。二人が危険になった時に呪文が展開するようにね!」

「ギギッ!!」


 子子は有海の肩に乗って嬉しそうに一声鳴いた。子子は言霊を封じ込め、それを発動させる能力を持っている。前回はその力で私たちに呪いをかけたのだが、今度は逆に利用して結界を発動させたのだ。

 子子がどことなく得意げに見えるのは気のせいではないだろう。


「この裏切り者がぁぁぁぁぁ!!!」

「誠!! まりあを助けよう!! 俺らには大ネズミは見えない。お前を信じる! 何でも命令してくれ!!」

「ああ。 行くぞ! 悪いが二人同時には厳しい。今回は簡易術式だ。意識はそのままだから怖い思いも多少あるかもしれないが許せ」

「そんなこと気にしてんじゃねぇよ! さっさと命令下せや!! やられっ放しは性に合わねぇんだよ!!」


拳史郎も腕を前に突き出してやる気に満ちた返事を返す。誠はちょっとだけ口角を上げると、どんどんと手印を組んでいく。


「渡辺拳志郎が先頭、後ろを太田竜星が続け!! 有海は余計な子ネズミが邪魔をしないように、結界を張ってくれ!!」

「分かった!!」

「行くぞ!!竜星!!」

「ああ!!」


 誠君に真名を呼ばれると、どういう動きをするべきなのかが一瞬で頭に流れ込む。その通りに体が勝手に動くのだ。


「うおおおお!!!」

「おりゃぁぁぁぁ!!」


 二人の男子が突進してくるのを大ネズミが黙って見守っているはずもない。大きく手を振りかざして鋭い爪を光らせ攻撃に入った。


「避けながら接近!!」


 誠君の声が響くと二人は左右に分かれて爪をかいくぐっていく。口に咥えられた私は右に左に揺さぶられながら、懸命に口から逃れようと咥えられている制服のエリを動く方の手で引っ張った。細くて鋭い牙は制服を貫通していてなかなか取れない。


 そうこうしている内に、誠が操る拳志郎と竜星は大ネズミに近づく事に成功していた。


 拳志郎が突然、馬飛びの馬のように腰をかがめた。その背中を踏み台のようにして竜星は力の限り高くジャンプする。私の目の前に、竜星が伸ばした手。私は手を思いっきり下に伸ばして竜星はその手をがっしりとつかんだ。


 二人分の重さに耐えきれなくなった制服の襟はブチッという音を立てて千切れる。


 そして、手を繋いだ私たちはついに地面に転がった。


「まりあ!! 無事か!?」

「うん!!」


 私は痛んだ腕を押さえながらなんとか立とうとしてふら付いてしまい、竜星は慌てて支えてくれた。大ネズミの姿は竜星には見えていないが、口に咥えていた私が落ちてすぐさまこちらに手を伸ばしてきていた。

 すぐさま誠から次の命令が下された。


「太田竜星はまりあを抱えて遠く……学校まで走れ!!!」

「きつっ!! その命令結構キツくね!?」


 言われた竜星は命令には背けない。私を肩に担いで全力で駆けだした竜星は見えてもいない大ネズミの手をぎりぎりの所でかわし、一目散に公園を出て行くのだった。

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