第十五話 選択の時
狭い部室で有海が作った結界に閉じ込められた巨大なネズミがギィギィと暴れている。結界はミシミシと音を立ててはいるものの、壊れる気配は無かった。誠君が私と有海に交互に目配せをしてから一歩前へ出る。いよいよ、私の呪いを解く時が来たのだ。
「四十九瞳よ、全ての呪いを解け」
誠君が結界に近づくと、ネズミが鎮まり返ったように静止した。誠君が真名を呼んだから四十九瞳は使役されたのだろう。
「まりあちゃんの腕をこちらへ」
静かな口調で大ネズミは私にそう言った。これできっと、呪いは解ける。私は一度誠君と有海を見たが二人共笑顔で頷き返してくれる。
良かった、私は助かったんだ。
二人の笑顔に背中を押されるように私は大ネズミに近づき、袖を巻くって腕を見せた。最初の頃よりもアザは濃く、広範囲に広がっている。見るのが怖くてあまり見ないようにしていたが、呪いは確実に進行していたようだった。
「この呪いは、人間の言霊を使った呪いなの」
突然、四十九瞳は私に語り出した。
感情のこもっていない凍りつくような声。腕を見ていた私は大ネズミを向くと感情のこもっていない声は聴いてもいないのに言葉の続きを紡いでいく。
「窮鼠は、人間が放った恨み言に私が与えた妖力で言霊を呪いとして発動させる。発言者、対象者、そして一番大切な人の三人が呪いにかかるの。知ってたかしら?」
「おい、四十九瞳! おしゃべりを止めて呪いを解け!!」
能弁に語り始める大ネズミに痺れを切らした誠君がネズミに指示を出す。
それでも、大ネズミはおしゃべりを辞めなかった。
「ただの一窮鼠の力では一週間掛かるのよね」
「何だ……なぜ話すのを辞めないんだ……!?」
「ね、ねぇ誠? なんか変だよ?」
有海と誠が異変に気がつく頃には私は腕に猛烈な痛みを感じてその場でうずくまってしまった。
「うっ!! い、痛い!! 腕がっ!!」
「まりあ? まりあ!?」
「嘘だろ? 真名を呼んだ筈……こいつには効いていない!?」
腕が焼けるように痛い。身体中から冷や汗が大量に吹き出したのを感じる。有海は結界を張り続けるのにでいっぱいだし、誠君は何が起こったのか分からず立ち尽くしてしまっていた。
「私程、沢山の霊魂を喰らった幽霊は、当然、その分力が強いのよ? さぁ、結界を解きなさい。じゃなければこのまま、まりあちゃんを呪い殺すわ!!」
「なっ!? 何ですって!?」
「ダメ! ダメだよ! 口車に乗っちゃっ……あぁぁぁぁっ!!!」
強烈な痛みが襲って思わず叫んでしまう。痛みに体中が震え、一歩も動けなさそうだった。
「少し、黙りましょうね、まりあちゃん」
「どうしよう!? ねえ、誠!?」
「………」
「ねぇ、誠ってば!!」
「……失敗なのか?」
「ま、誠?」
「また、あの時みたいに……」
「しっかりしてよ!!! 誠!!!」
腕の痛みが私に襲いかかる中、誠君が狼狽する様子が私にさらなる絶望を抱かせる。絶望した彼の顔にはいつものような落ち着いた様子は全く見られない。
「あぐっ!! うぅっ!! ま、誠君お願い、助けて……!!」
「ま……まりあ……?」
「誠君……なら……きっと……あぁぁ!!」
焼けるような痛みに耐えきれず、私は腕を押さえて地面に転がった。痛みはどんどん肩の方へと広がりを見せ、ついには首の付け根まで到達してしまう。けれども、力を振り絞って声を出したかいあって、私の言葉は誠君の心に届いた。
「そうだ、落ち着け、落ち着くんだ自分……!! まだ、何か策はある筈だ」
「ね、ねぇ! 誠!? どうするの!?」
「分かった。有海、このままでは僕らか何がする前にまりあが死んでしまうかもしれない。一度結界を解くんだ」
「解いちゃうの?」
「ああ」
「分かった!!」
誠君の合図で結界は破裂した風船のように木っ端みじんに散った。大ネズミはその様子に満足そうにフンと鼻を鳴らすと、私の制服の首元を口に咥えられる。
「あ!?」
「まりあ!?」
二人が駆け寄るよりも早く、私は体ごと大ネズミによって持ち上げられた。首が絞まらないように、動く方の手で首元を押さえるので精一杯だった。
うっすらと目を開くと二人の心配そうな眼がこちらを向いている。二人がこちらへ駆け寄ろうとしたその瞬間、大ネズミは自身の大きな尻尾を鞭のように振るい二人を躊躇なくなぎ倒した。
「きゃぁ!!」
「ぐあっ!!」
誠君と有海は軽々と壁際に叩きつけられた。痛みからか、立ち上がることも出来ない。次に大ネズミは窓を尻尾で叩き割ると、のっそのっそと外へと向かっていく。
「バカな奴らね。結界さえなくなれば後はまりあちゃんを殺して体を手に入れるだけ! ふふふっ!! あーっはっはっは!!」
「有海……誠……君!」
もう、二人の姿を見る事さえ出来ないまま、私は外へと連れ出されていった。
「まりあ!! 待ってろ!! 絶対に助ける!!」
遠くで、誠君の叫び声が聞こえたような気がしたが、私はそれを確認することさえできずに大ネズミに連れさらわれる事になるのだった。
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