第十三話 真実の卒業アルバム

 目が覚めた時に最初に飛び込んできたのは真っ白い天井と私の周りをぐるっと一周囲われた白いカーテンだった。白い世界に私はどうしてここに居るのか一瞬わからなくなる。


「ここは……?」

「あ! まりあ! 大丈夫!?」

「有海……?」


 目の前には心配そうな顔でこちらを覗き込む有海の姿があった。図書室で先生に四十九瞳はこの世に存在しない事を聞いて、突然息が苦しくなった事を思い出した。

 半分泣きそうな有海の顔に思わず私は逆に嬉しくなってしまう。こんなに私の事を心配してくれる友達ができた事に素直に感動したからだ。


「まりあね、図書室で倒れたの。今、保健室の先生がご両親に連絡してる所みたい」

「そう……そんな事しても、もう、無駄なのにね」

「え?」

「だって……私……死んじゃうんでしょ?」

「そ、そんな事……」

「四十九って人、死んでたんでしょ? もう、呪いを解く事なんて不可能じゃない!」

「まりあ……」


 有海に向かってこんな事を言っても仕方がないのに、私はどうしても心の不安を口にせずにはいられなかった。言われた有海は視線をきょろきょろさせて言葉を探している。それでも私は自分の不安を押し殺せない。それほどまでに潰されそうな気持だった。


「竜星だって……明日の夕方にはもう……」


 そこまで言葉すると途端に現実味が帯びてきたように思え、目が徐々に涙でかすんでいった。ジワリと目じりに涙が溜まるのを感じる。


「私、死ぬのが怖いんだ……死にたく、無いんだ」


 音もなく、ついに一筋の涙が頬を伝った。

 その涙を見て、有海の眼からも涙がこぼれる。


「まりあぁぁ……ごめん、私大して役に立てなくて……! ヒック……ぐすっ……」

「ううん、有海はこんな私の話ちゃんと聞いてくれて、私それだけでも嬉しかった……だから……呪いが解けたら今度こそ、ちゃんと友達になって欲しかったの」

「そんなこと言わないで!! 私たちはもうとっくに友達だよ!」

「有海……」

「まりあ!!」

「ふええええん……」


 私たちは二人でボロボロと泣いた。一人でではなく、有海と一緒にボロボロと泣いた。

 しばらくそうしていると、保健室の扉からノックの音が聞こえた。


「はいるよ~?」


 間の抜けた声がする。


「あ、誠だ!」


 声の主に気が付いた有海は慌てて涙をぬぐった。誠君には涙は見られたくないのだろうか。


「こ、こっちだよ!」

「入っても大丈夫?」

「う、うん! 大丈夫」


 私も急いで目を擦りながらしどろもどろにそう答える。私が返事をするや否や、カーテンがのろのろと開いた。


「……何? 二人して泣いてたの?」

「え!? あ!? いや? 泣いてなんかないよねー!」

「う、うん! 泣いてないよ!?」

「いや、目が真っ赤だし……有海は相変わらず泣き虫だな」

「……うるさい」


 私は誠君の言葉に首を傾げた。前々から思っていたけれど、この二人はお互いの事をよく知っている。旧知の中なのだろうか?


「そう言えば、二人とも仲が良いなとは思ってたけど、幼馴染なの?」

「へ?」

「入学して知り合ったって感じじゃないよね? もしかして、付き合ってるとか!?」

「……ぶふっ!!」


 珍しく誠君が盛大に噴き出した。有海も目を丸くして一回驚いて見せてから笑い転げ始めた。


「あははっ!! 私達、付き合ってるって!」

「か、勘違いも大概にしてほしいな……」

「違うの? さっきだって相変わらず泣き虫って言ってたから昔からの知り合いなんだなって」

「あぁ……そりゃそうだよ。僕たち……」

「従兄妹同士なんだ! つまり、親戚だよ?」

「……え?」


 私は誠君と有海を見比べた。申し訳ないが、二人の間に共通のパーツらしいパーツが見付けられない。


「全く似てないね」

「そんな事ないよ! ほら、親指の爪の形とか!」

「似てるだろ?」

「そんなところ誰も見ないよっ!!」

「あはははっ!」


 二人そろって指を見せつけてくるものだから思わず私も笑顔になった。さっきまで泣いていた有海に笑顔が戻った事に少しだけ安堵を覚える。泣いてくれたことに嬉しさは感じたがやっぱり友達は笑顔が一番だった。


「そうそう。時間がない。本題に入らせてくれないか?」


 誠君が鞄の中から取り出してきたのは一冊の古い卒業アルバムだった。どう見てもここ数年の物ではなくて若干の埃っぽさを感じた。


「これ、どこに!?」

「図書室の司書室に」

「……忍び込んだの?」

「まりあが倒れたから誰もいなかったから簡単に持ってこれた」

「うわ、意外と悪いことも平気でするね」

「いいだろ。後でちゃんと返すし」

「はいはい、それで?」

「昨日、ネットで検索掛けて目星は付けてたんだ……そしたらあったぞ」


 そう言って、誠君があらかじめ定規を挟んおいたページを開いた。

 そのページはクラスの集合写真で、一人一人の顔と名前が丁寧に並んでいる。


「この人だ」

「……え?」

「うそ……?」


 四十九瞳、と書かれている女性。確かに中学生にしてはかなり大人びた顔つきをした茶色がかった髪色の女性。ふんわりと柔らかい笑みはこの学校のマドンナと呼ばれても仕方がない風貌……と言うのも分かるが、それ以上に気になったことがあった。


「……似てるだろ?」

「いや、似てるって言うより……本人なんじゃ……?」


 クラスの集合写真に写っている四十九瞳さん。

 その人は、私たちが良く知っているあの人にそっくりだった。


「…………高梨先輩?」


 いつもお化け研究会の部室でほほ笑んでくれる優しい先輩。


「どう……して……?」


 頭の中が混乱を極めた。胃に重たいものが圧し掛かって吐き気がする。

 あんな優しい先輩がどうして……?


「有海、まりあ。とりあえず、今日まりあをこのまま病院へ連れて行かれてしまうと、呪いの解除が難しい。一度ここを抜け出そう」

「え!?」

「部室へ移動する。走れるか……?」

「う、うん」

「今度こそ、呪いを解こう」

「……うん!!」


 誠君の決意に満ちた声。

 その声に勇気をもらう。


「分かった。行こう! お化け研究会の部室へ!」


 ここに私の事を迎えに来る両親には申し訳ないが、背に腹は代えられない。後で、先生や両親にはちゃんと謝ろう。


 でも、今はやるべきことがある。


 高梨先輩……あの人ならきっと……。


 心に不安と希望を抱えて私たち三人は真っ白い保健室を後にするのであった。

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