第十二話 元ご主人様はだれだ!?

「ネズミと話ができる札を持っている時点で、その人は普通の女の人じゃないよね」


 子子と話ができたことでテンション高くはしゃいでいた私ははっとした。私達の腕の呪いを解くのに、本人たちが遊んでどうするんだ。


「見た目は普通だったぞ? あ、そうそう。まりあちゃんと同じ制服を着ていたからそっちの中学校の人じゃないかな?」

「お姉さんって言う割にはばっちり未成年じゃん」

「そう言えば、そうだな? どうしてお姉さんだって思ったんだろう? 落ち着いた雰囲気とか、話し方も年上って感じだったんだよ」

「老けてたんじゃねぇの?」

「いや、めっちゃ美人さんだったぞ! 胸もでかかった!」

「お前なぁ……」


 竜星の呆れた声にもめげずに、渡辺はジェスチャーでぼいんを表してはニヤニヤとこっちを見てくる。


「はぁぁ……ばっかみたい」

「あ、まりあちゃん、気にしてる~! 可愛い~!」

「違うわよ! あきれてものも言えないわ」

「そうだぞ、渡辺! こう見えてまりあだって着瘦せするタイプ……ガハッ!!」


 竜星の口からそんな言葉が出てくると思わず私は思いっきりほっぺたをひっぱたいてしまった。パァンという小気味よい音がその威力を物語る。


「あーあ。怒らせちゃったね」


 誠君だけがどうでもよさそうに肩を竦めるのだった。


「もう! 今はそんな事どうでも良いでしょ! その女の人の特徴とか……名前とか知らないの?」

「え、いや。会ったのはあの時一回きりだから名前は知らないんだ」

「役立たずね!」

「がはっ!」


 胸が大きい可愛いお姉さん風の先輩。これだけじゃ、手掛かりとしてはとても少ない。特定の人に絞るのはまず無理だろう。なんとか、個人を割り出す情報はないだろうか……?


「ねぇ、この木札、数日貸してくれない?」

「あぁ!? こんなレアなアイテム貸す訳ねぇだろ!」

「……」

「あんだよ?」


 明らかに不愉快そうな顔をする二人は睨み合ったままメンチを切っている状態が続いた。ふぅとため息をついた後、誠君は実力行使に出ることにしたらしい。


渡辺 拳志郎わたなべけんしろう。この木札を俺に譲れ」


 そう言えばさっき、ネズミに名前を聞いていたな。こうやって真名で相手を使役する為に聞き出したのだろう。真名を呼ばれた渡辺は目の光がふっと消え、意志の無い人形のような表情に早変わりすると木の札を誠君に手渡した。


「……ああ……良いよ……」

「はい。ありがとう」


 命令が『貸して』から『譲れ』になっていたのはこの際気にしないでおこう。

 誠君は木札を私と竜星の前にも突き出してきたので、木札の触れることが出来る場所に私達は指を置いた。三人で子子の話を聞こうという事だろう。


「子子、君の前のご主人は誰だい?」

「おいらの前のご主人様は、四十九 瞳しじゅうくひとみ様だい!」

「し、しじゅうく?」

「変わった苗字だろぅ?よんじゅうきゅうって書いて四十九って言うんだい!」

「聞いたことないな」

「僕もないね。渡辺拳志郎は『四十九』という苗字の人に会ったことあるか?」

「……ない」

「うーん。渡辺は本当に知らないみたいだな」

「学校の名簿に書いてないかな?」

「明日探してみよう」

「ああ」

「うん」


 私達三人は顔を見合わせて頷いた。

 黒幕らしき人物の名前が分かったから、明日はその人を突き止めて呪いを解く方法を見つけ出す。

 私は心に強く決意を抱くのだった。


 ◇


 次の日、私はいつもよりも三〇分早く学校へ登校した。


 何故なら図書室は始業開始の三〇分前から始まるからで、学校の議事録か卒業アルバムを目当て。昨日子子と話したことで判明した『四十九瞳』という人物を探しに行こうと思ったからだ。


 --ガラリ


 図書室の扉を勢いよく開けると、そこには早番の図書委員が座っていた。


「あれ? まりあ?」

「あ! 有海! おはよう!! 有海ってもしかして……」

「そうだよ! 私、図書委員会なんだ。まりあは?」

「私は風紀委員だよ」


 余談だが、私の学校では一人一つ何かしらの委員会に所属しなくてはいけないというルールがある。どうやら有海は図書委員会だったらしい。一日ぶりに有海の顔をみて私は心からほっとした気持ちになっていた。手には綺麗に包帯が巻かれていた。


「怪我、もう大丈夫?」

「いやぁ、結構痛いんだけど手当てしてもらったし。とりあえず動くから大丈夫かな!……それで、昨日はどうだったの?」

「それが、かくかくしかじかで……」


 私は昨日起きた出来事をまりあにかいつまんで説明した。


「四十九 瞳さん? 聞いたことないね。その人が見つかればネズミに掛けられた呪いが解けるって事なら何としても見つけなきゃね!」

「かなり珍しい苗字だから、一回聞いたら少しは覚えてそうなものだよね。それでね、学校の卒業アルバムとかって図書室に置いてないかなって?」

「普通の場所にはおいてないと思う。でも、司書室にずらっと並んでるのを見た事あるよ!」

「ちょっと見せてもらえないかな?」

「先生がいないと貸し出せない決まりなんだ……ごめん!」

「そこを何とか! 急いでるのは有海も知ってるよね?」

「分かってるけど、司書の先生じゃないと入れない場所に合るから無理なんだって……」


 私が有海に両手を合わせて懇願していると、図書室の扉がゆっくりと開いた。そこには優しい雰囲気の漂う初老の先生が入ってくる。ベージュのカーディガンにふんわりとしたロングスカートが気品あふれる先生だ。


「おはようございます。梶川さん、委員会の人が図書室で大声を出しては他の生徒に示しがつかないのでは?廊下まで響いてましたよ?」

「すっ!すみません、気を付けます」

「ええ。次は気を付けてね。それで、貴女は?」

「私、一年の梶川まりあです。……学校の卒業アルバムの閲覧を許可していただけませんか?」

「それまた、どうして?」

「え、えっと……。私、探している人がいて、名前しか分からないんです。会って話がしてみたくて……四十九瞳さんという方なんですが」


 その言葉を聞いた瞬間、図書室の先生は垂れ始めている瞼を押し上げて目を見開いた。しばらく私をじっと見つめた後、先ほどよりも深く静かな声で私に語りかける。私、何か言ってはいけない事を言っただろうか。


「ええと、梶川さんでしたっけ?」

「は、はい」

「どうして、その名前に行きついたのかしら……?」

「え?」

「その人に会いたいと言っていましたが……不可能です」

「えぇ!? どうしてですか!? どうしてそう断言できるんですか!?」


 出会ったばかりの図書室の先生は嘘をつくような人には見えず私は先生に詰め寄った。先生は何か、事情を知っているに違いない。


「……亡くなったからよ」


 信じられない言葉に私は絶句した。


 亡くなった?


 亡くなってしまったならこの呪いを解くのって……不可能なんじゃ……!?


 だって誠君言ってたもん。


 『子子に力を与えた親玉がいる。そいつにしか、言霊の解除は出来ない』って……。


 この時、私の心の中の色がプツンと切れる音がした。


 視界にいた有海と先生の顔がぐにゃッと曲がる。

 足が震えて呼吸が荒くなる。




 死ぬんだ。

 私死ぬんだ!?

 もう、呪いを解除する方法なんて無いんだ。

 怖い……怖い……

 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいっ!!!


 まだ、私、死にたくない!!!!


「ハァ……ハァ……」

「まりあ? どうしたの!?」

「ハァッ……ハァッ……ハァッハァッハァッハァッ」

「大変! 過呼吸だわ!」

「え!? 過呼吸!?」

「ハァッハァッハァッハァ!!ゲホゲホッ!!」


 心の奥が潰されそうになり私は上手く呼吸ができなくなっていった。

 今までずっと抱いていた希望が目の前で音を立てて崩れていく。

 その事実に私は耐えられなかった。


 遠くで二人の声がする。

 徐々に視界がぼやけて、何が何だか分からなくなる。

 苦しい。苦しい……息をしてもしても苦しくて苦しくて私は藻掻くように息を吸い込んだ。

 そしてあっけなく、限界を越えた精神はプツンと糸が切れるように、私の意識を奪っていったのだったのだった。

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