第十一話 渡辺の自分語り
私達三人は渡辺の部屋へと案内された。
広い一軒家の迷路のような廊下を奥に奥にと進んだ先に渡辺の部屋は存在する。和風の引き戸を開けると、扉とは真逆のナイフのようにぎらぎらとした世界が広がっていた。黒の地面を飛ぶ金のドラゴンが描かれた大きめのベッドに、白いファーの絨毯。学習机は無く、代わりに置かれていたのはオフィス用の大きな机とパソコン、そして蛍光色に輝くヘッドフォンにゲーミングチェアだった。
「なんで俺を虐めた?」
「お前、むかつくんだよ」
「は?」
部屋に入るや否や、竜星と渡辺の言い争いが始まった。お互いがお互いを睨みつけ、今にも飛び掛かりそうな雰囲気が漂っている。暴力沙汰になりそうで、私は冷や冷やしながら二人を見守った。
「どのあたりがムカツくんだよ? 俺、入学してまだ二週間だぜ? 何をしたってんだよ」
「ほら見ろ、だからテメェは許せねぇんだ」
「はぁ!? 訳がわかんねぇよ! 俺ら、会ったことあったか?」
「……死ね」
「だぁもう! 口に出してちゃんと言えよ!!」
「……」
「おい! おいってば!」
「……」
渡辺は口を閉じて喋るのを止めてしまった。この状態に竜星は困った顔をして私の方を見てきたが私にだってどうしたらいいか分からない。
「ねぇ、これってトロフィー……?」
誠君が部屋の片隅に並んでいた物を見つけて声を上げる。声の方向を見ると、キラキラした部屋に埋もれて気が付かなかったが確かに、トロフィーが飾られていた。しかも、一つや二つじゃなかった。
「あ!! 勝手に見るんじゃねぇよ!!」
「……あれ? このトロフィー、どこかで見たような……」
私の頭にある記憶。それは竜星の家のリビングに飾ってある空手の大会のトロフィーだった。
綺麗なガラス張りのケースに竜星が過去にとった大会のメダルやトロフィーが所狭しと飾られているのを覚えている。それと違わない量のトロフィーが並んでいた事にまず驚いた。
「でも、これ……」
竜星の家の金に輝くトロフィーたちと違う点が一つだけ。
「全部……銀賞?」
「うるせぇよ!!!! 見るな!!!!」
「ああっ!? まさか!?」
渡辺がトロフィーのおいてある棚を覆い隠すようにベットにあった布団をかぶせたと同時に竜星は大きな声を上げ、渡辺の方を指さしていた。その表情は驚きで満ちている。
「……思い出した。お前、大会で何度も戦ってる……あの渡辺か!?」
「気づくのが随分と遅いじゃねぇか……。お前にとって俺の存在なんてその程度だったと言う事だろ?」
「いや、髪の毛伸ばしてるし、金髪だし背も伸びたし声も低くなっただろ!!」
「そりゃ、分かる訳ないよね……」
「うっせぇな!!! ライバルならハートで解れや!!」
「無茶言うなよ!!!」
どうやら、竜星と渡辺の接点は子供の頃から道場で習っている空手のようだった。
「お前の所為で万年二位だった俺がどんな仕打ちを受けてきたか分からないだろ!!」
「知る由もねぇな」
「冷たっ!! 少しは耳を傾けてくれ」
「大量に人を集めてボコってくる相手に同情なんかするかよ!!」
「……それもそうか」
「そこは、納得するんだね……」
渡辺という男は見た目通りの軽い頭の持ち主らしかった。ある意味有海と気が合いそうな軽さだ。
「それで? 仕打ちって何さ?」
誠君が聞くと、渡辺は自分の話が聞いてもらえると分かったからか嬉しそうな表情で自分語りを始めた。凄く面倒くさいがここは聞くしかなさそうだ。欠伸をしないように頑張ろう。
「俺の親父は空手道場の師匠なんだ」
「ふぅん……」
「だから俺は三歳から空手を始めた。六歳くらいまでは、年上の子にも勝つほどの腕だったからな。それなりにちやほやされていたし父親も満足そうだった」
「ふぅぁあん?」
「今欠伸したろ?」
「し、してないよ!」
渡辺のぎろりとした眼光に欠伸がひょいと引っ込んだ。アブナイアブナイ。
「……まぁ、いい。それでだ。竜星の奴が小学校二年の時に入ってきた。こいつは一歳年下で、初心者だったのに……見る見るうちに強くなっていった」
「へぇ! 竜星ってやっぱり凄いんだね!」
「まぁな!」
「そこ! 俺の話を聞けよ。俺の!」
「はいはい……」
渡辺は自分の話を聞いて欲しいらしく、竜星の事を褒めた途端に機嫌が悪そうに声を荒げた。実に子供っぽい。
「それでな? 小学校高学年になるころには大会では竜星が常に一位、俺が二位。師匠の息子なのにだ。躍起になった父さんは俺に酷い過酷なトレーニングを積ませた。それはそれは虐待なんじゃないかって言う程な!? 父さんに言われるがまま血が滲む努力をしたが……それでも竜星には勝てなかったんだ」
「まぁ、息子が弱いと道場の評判に影響でそうだしなー。ドンマイ!」
「お前の所為だぞ!!」
「いや、違うだろ! スポーツなんだから、弱いお前の所為だろ?」
「……ぐぐぐ」
まっとうな反論をする竜星に渡辺が言葉が出ないようだ。ものの三秒で論破される程度の事で恨まないで欲しいものだ。
「まぁまぁ、それで? 続きは?」
「中学校に上がってよ。大会の区切りが中学生の部に切り替わった。一歳年下の竜星は小学校の部だ。おかげで去年はたくさんのトロフィーを貰えて、親父から過酷な訓練はなくなった」
「……それなのに、俺が入学してきちゃった訳だな」
「そう言う事だ。空手部に入る前にぶっ潰そうと思ってな」
「最低」
「卑怯」
「クソゴミムシ」
「酷っ! いや、確かに俺が悪いんだけど、酷くね?」
「酷くない」
「自分語り終わった? もう欠伸していい? ふあぁぁぁ」
私は渡辺の自分語りがようやく終わったと思い、腹の奥底からの大きな欠伸を一つ。あぁ、眠かった。
「おい、まりあちゃん、自分語りのためにこの話をしてると思ってるのか?」
「……ちがうの?」
「ちげぇよ。腕の呪いについての前座だっての」
「ああ!! ……え? 関係あるの?」
「関係なければ話さねぇよ……」
「って事は……続きがあるんだね?」
誠君の静かな声が渡辺に向く。途端に空気が張りつめたような感じになり数秒の沈黙が流れた。
そして、ようやく決心がついたかのように渡辺はポツリとこう言った。
「……丁度一か月くらい前だ、あの人に出会ったのは」
「あの人?」
「名前は分からないけどな……竜星が入学してくる事を知って絶望していたその時、見ず知らずの女の人が現れて話を聞いてくれたんだ」
「女の人?」
「ああ。少し大人びた雰囲気のする女性だった。公園で黄昏ていた俺に声をかけて話を全部聞いてくれたんだ」
「公園で黄昏てたんだ。……ウケル」
「竜星、話の腰を折らないで。それで?」
「あの人、俺にとっても共感してくれてな? 最後にこう言ったんだ」
【『これ』と、『この子達』を貸してあげようか?】
「これ? この子達?」
「直後に出てきたのがこの大ネズミ率いるネズミ軍団。そして、これっていうのが……」
そう言って渡辺はポケットから木の板のようなものを取り出した。かまぼこ板くらいの大きさで、模様や文字のようなものが彫刻してある。文字は見たこともないような形をしていて何一つ読むことが出来なかった。
「これを持つとな? ネズミと話ができるんだ」
「……はい?」
「理由は解んない。けど、マジなんだって。俺はこれを使っていろんな人の情報を聞き出し、弱みに付け込んで手下にした」
「うっわ……竜星を虐めるためにそこまでやる!?」
「竜星には一対一じゃ勝てねぇって解ってたからな」
「ネズミと話すって……? どういう事なのかな?」
「それは、実際にやってみないと分かんないだろうな……ほら、やってみろよ」
そう言って渡辺は誠君に木の札を差し出した。数秒悩んだ後、誠君は警戒しながらもその札を受け取ってから子子に話しかける。
「子子、こいつの名前は?」
「ギギッ」
私たちからはいつものネズミの声にしか聞こえない鳴き声だが、誠君はとても驚いたような表情で固まった。固まったままの誠君から今度は竜星が札を取り上げる。
「俺にもやらせて! 子子、渡辺のエロ本どこに隠してある?」
「竜星!! テメェ!!!」
「ギギッ」
「……マジで!?」
「な、なんだよ? なんて言ったんだよ!?」
「ベッドの下はベタすぎるだろ~!」
「ネズミも竜星もぶっ殺す!!」
そんなやり取りに私は驚いて木の札を竜星から取り上げた。是非ともネズミとの会話体験をしてみたい!
「子子、実際、『子子』って名前どう思う?」
「いや、まじ本当勘弁してって感じですよね! 僕ネズミですよ?新しいご主人様も変な人ですわ~!」
「軽っ!!」
ボイスチェンジャーのようなしわがれた変声が私の脳内に直接響いてくる感覚に驚くばかりだった。
それにしても、この名前やっぱり気に入られてなかったのね。誠君には黙っておこうかな。
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