第十話 いじめ

「ったく、まりあも何考えてるんだよ!」

「ごめんごめん! まさか近くまで来てると思わなかったの」


 平謝りする私を竜星はじっとりとした目で睨みつける。事情は説明したのだが、路上で突然そんな事をさせられたら怒るのも無理はない。


「あれ? 今日はいないのか? えっと……有海ちゃん?」

「うん、昨日の怪我を診てもらいに病院なんだって」

「そうか……早く良くなると良いな」


 巻き込んでしまって申し訳なく思っているのは竜星も同じなのかもしれない。申し訳なさそうに誠を見るが誠は相変わらず表情を変えることは無かった。


「さて……メンバーは揃ったわけだし、今日はどうしよう?」

「ネズミを使役した奴を探して呪いを解く」

「使役した奴って、どうやって調べるんだよ」

「子子に聞く」


 そう言うと、誠君は指を輪っか上にして口に咥えたかと思うと口笛をピーっと鳴らした。

 ゴソゴソと道の脇から子子が現れた。もしかして、ずっと陰に隠れてついて来ていたのだろうか?


「子子。誰がお前に竜星をつけろと指示した? 指示をした奴の元へ案内しろ」

「ギギッ」


 まるで了解とでも言うように、歯を鳴らすと子子はゆっくりと歩き出した。その後ろを誠君が付いて歩き始める。この先に、私達を呪った相手がいると思うと一瞬怖くて足が動かなかった。


「まりあ、ついて行こう?」

「う、うん」

「……」


 竜星は無言で手を差し伸べてくる。

 そうだ。子供の頃から、竜星は私が困っているとこうやって手を差し伸べてくれた。

 ついこの前まで小学校で一緒だったのに、なんだかその手がとても懐かしく思えて私は握り返した。


「ありがと」

「……別に」


 私達は手を握りしめながら、さっさと先に行ってしまった誠君を追いかけるのだった。


 ◇


 歩く事10分程度。

 私達は普段来ない裏山のふもとにある古くて大きな家の前で立ち止まった。


「ギギッ」

「どうやら、ここが竜星に子子を使わせた奴がいるらしいな」

「竜星、ここに誰が住んでるか知ってるの?」

「いや、まったくわかんない」


 怪訝な表情で大きな家をまじまじと見ていると門の所に表札を見つけた。


「渡辺って書いてあるよ」

「……!?」


 その名字を言った途端、竜星の顔つきが急に険しくなる。どんどんと顔色が悪くなるのを感じたし、つないだままの手は急激に冷たくなっていく。


「大丈夫?」

「心当たりがあるって感じだな」

「……ああ。そりゃそうだ……ここはきっと……あいつの家だ!」

「あいつ?」

「……俺の事を執拗に虐めてきたやつが『渡辺』だ」

「下の名前は知らないのか?」

「悪い、上級生だし下の名前までは分からない」

「けど、つまり当たりの可能性が高いって事だよね」

「どうする……?」


 私と竜星は顔を見合わせる。時間は無いが、竜星の顔色が悪い以上、少し慎重に行動した方が良いのではないだろうか。私はインターホンを押すのを躊躇った。


 --ピーンポーン


 そんな私の横から一直線に手が伸びてきてインターホンを鳴らす。


「ま、誠君!?」

「……行かないと始まらないよ?」

「!?」


 ぼそりとした口調にも関わらず、私達はその一言に嗜められた。

 ここからは覚悟無くしては進めないんだと言われている気がした。


「竜星、大丈夫。私が付いてるよ。誠君だって」

「……ああ」


 誠君の言葉に決意を固めたのか、竜星は私の手をそっと放して一歩前へ出た。


「おい!!! 渡辺!! いるんだろ!? 出てこいや!!!」

「誰かと思えば……『ゴミ』か。 よく此処が分かったなぁ!? 仲間引き連れて、仕返しにでも来たのかぁ?」


 吐き捨てるような低い声がインターホンの向こうから聞こえてくる。インターホンからこちらを見たからか、こちらが複数人だと言う事は筒抜けだった。


 その声が聞こえてからすぐに足音が扉に近づいてきた。


「下がった方が良い」


 誠君に言われ、私達はドアから少し遠ざかったその時、ドアが勢いよく乱暴に開いた。あと少し扉に近づいていたら私達にぶつかって怪我の一つでもしていただろう。

 一歩遠ざかった私達からはドアを蹴り開けた為に足の裏をこちらに向けて立っている男がよく見える。


 なる程、性格は最高に最悪だ。


 中学生とは思えないほど体格がいい男は髪の毛を分かりやすく金色に染めてピアスをしていた。校則なんて関係ないと言ったスタンスが一瞬で目につく。


「おい、良く来たなぁ? 『ゴミ』にしてはやるじゃねぇか」

「ねぇ……さっきから、『ゴミ』って竜星の事!?」

「……なんだよあんた? 彼女? テメェみたいな『ゴミ』に彼女がいたとはな」

「幼馴染だよ」

「良い女じゃん。顔ちゃんと覚えたからな? その制服隣の学校のだよなぁ? 迎えに行ってやるから覚悟しとけ」

「……ま、まりあは関係ないだろ!?」

「へぇ、まりあちゃんって言うのか。俺に勝てねぇから隣の学校の女の子に助けを求めたってのか? 恥ずかしくねぇのかよ?」

「なっ……!?」

「これだから弱いゴミムシって言われんだよ!! 何しに来たか知らねぇけどさっさと帰りやがれ!!」

「……!!」


 竜星をいじめているだけはある。凄まれると足がすくみそうになるほど怖かった。思わず竜星を見るが、やはり顔色が悪い。沢山殴られ、蹴られ、いじめられた相手だ。恐怖心が無い方がおかしい。


 なら、私が……!


「あんたこそゴミムシじゃない!! 何人もの人を引き連れて寄ってたかって竜星をいじめて!!」


 これが私の精一杯の反論だった。私が口を開いてすぐ、渡辺は竜星では無く、私の方を睨みつけてくる。


「……まりあちゃぁん。 喧嘩を吹っ掛けて良い相手って言うのを選んだ方が良いと思うなぁ」

「ひっ!!」


 薄気味悪い笑みに背筋が凍り付きそうだった。逃げ出したくなる気持ちに何とかブレーキをかけて私はそれでも渡辺を睨み続けた。

 指をポキポキと鳴らしながら、渡辺は一歩、また一歩と私の方へ近づいてくる。このままでは殴られるかも知れない。私は怖くて仕方がなかった。


「まぁまぁ。三人共熱くならないでちょっと話をしないかい?」


 能天気な声が真横から飛んできて私は一瞬ハッとなる。声の主は、いつもよりも少し楽しげに笑う誠君だった。誠君の薄ら笑いは正直ちょっと気味が悪い。あれはきっと何かを企んでいる顔だ。


「あんだてめぇ!?」

「僕はそこの二人と知り合いの陰陽師なんだ」

「はぁ!? 陰陽師だぁ!?」


 誠君が陰陽師だなんて言い出すから一瞬、私は吹き出しそうになった。昨日の『屋根裏フェチ』よりかはマシかと思った瞬間更に笑いが込み上げたが、此処で笑う訳にはいかず、私はなんとか笑うのを我慢した。

 誠君はそんな私を気にも止めずに話を続ける。


「……突然言っても信じてくれないよね? でもさ、アンタ、最近腕に変な痣ができたんじゃないかなって」

「……なっ!?」


 その途端に渡辺の顔がこわばった。自分の腕の異変に気が付いていたに違いない。竜星が本当に死んでほしいと心から願った相手、それが正面にいる渡辺なのだ。腕に痣が出来ているだろうという誠君の推測は見事に的中したようだ。


「何の事だ」

「白を切るの? まぁ、いいけど。ほおっておくとアンタが死ぬだけだし」

「……はぁ!?」

「それ、死の呪いなんだ」

「ま、まて!? 今なんて言った?」

「あともって三日かな。アンタ、三日後には死んじゃうから。まぁ、竜星を虐めた罰だろうね。ご愁傷様」

「!!!」


 本当は私たちも同じ呪いにかかって三日後に死ぬんだけど……その話は今は出さないほうが良いだろう。


「じゃぁ、僕達はこれで」

「ちょ、ちょっと待てよ! てめぇ、この痣について何が知ってるのか!? 誰に見せても皆んな見えねぇって言ったんだぞ!? それを何で見せてもいないのにお前が分かるんだよ!?」

「そうだね。僕には見えるし感じるんだよ、陰陽師だからね。もう一度言う。アンタは三日後に死ぬ呪いにかかっている」


 徐々に徐々に、渡辺の血の気が引いていくのが見てとれた。呪いが本当であると言う事が事実だと渡辺も気づき始めている。


「お、俺マジで死ぬのか?」

「死ぬよ」


 静かに、真っ直ぐと誠君が答える。渡辺の目に恐怖の色が滲んだ。慌てたのだろう、咄嗟に渡辺は誠君の胸ぐらをつかんだ。思い通りにならなければ暴力で訴える。それが彼のやり方なのだろう。


「ウ、嘘だろ!? てめぇら、俺を騙そうとしてるな!?信じねぇぞ!? 絶対に信じねぇからな!?」


 それでも誠君の薄ら笑いは変わらなかった。にやにやとしたその表情は逆に恐怖心を煽る。


「どうぞ、信じなければそれはそれでいいんだけど。僕達にはもう関係が無いって事でいいかな?」

「え!?」

「僕ならその呪い、解けるかもしれないのになぁ」


 その言葉を聞いた途端、渡辺の拳にさらに力が入った。


「てっめぇ!! それならさっさと呪いを解きやがれ!!」

「ま、誠君!!」


 殴られるかと思ったが、渡辺はピタリと手を止めた。目の前の誠君はもう、笑ってなどいなかった。

 胸ぐらに捕まれた渡辺の拳を関節とは逆の方へ捻って突き放した。

 突然突き放された渡辺は尻餅をついて誠君を見上げている。


「そんな態度の人に誰が協力するの? 友達の事を虐めて楽しんでる人死んだほうがマシ」

「なっ!?」

「僕は偽善者じゃないからね。全員が生きてればいいなんて思ってないんだ。どうぞ、野垂れ死んでください」

「まてよ! お、俺……どうしたら良いんだ!?」

「そうだなぁ、まずは、自分の行いを悔い改めなよ? こんなネズミをよこしてさ……」


 誠君は口笛を吹くと子子を呼び、首根っこを掴んで渡辺に見せつけると見る見るうちに顔色が悪くなっていった。見覚えがあるからこその反応だった。


「ねぇ、アンタさ? 『喧嘩を吹っ掛けて良い相手って言うのを選んだ方が良いと思うなぁ』」

「あああ……」


 子子を見て震えあがる渡辺はまるで、悪戯がバレて親に叱られる子供の用だった。


「謝らないの?」

「……!?」

「謝罪さえ言えないなら、僕は失礼する。行こう、二人共。どうせあと三日でこいつは死ぬ」

「あ、ああ」

「わかった」


 そう言うと私たち三人は玄関に背を向けて歩き出す。家を出て道路に差し掛かったその時、後ろからバタバタと言う足音が聞こえて誠君の腕を掴んだ。


「ま、待ってくれ!!」

「……何?」

「ご……さい」

「聞こえないけど!?」

「ごめんなさい!!」

「僕に言っても仕方がないよね?」

「え!?」


 誠君は顎で竜星を差した。その視線を感じて渡辺は竜星を数秒睨みつけたが誠君の咳払いで姿勢を正す。


「……ご、ごめんなさい」

「だってさ。竜星? どうする許す?」

「……すぐには無理だ」

「!!?」


 竜星の眉間に深いしわが寄る。苦虫を噛み締めたような辛そうな表情に胸が締め付けられた。許すか許さないか、と言うより、許せないが正しいのかもしれない。


「まず、どうして俺を虐めたのか。誰からこのネズミを受け取ったのか。洗い浚い話せよ」

「……クソッ!! どうして俺がお前なんかにっ」

「帰ろう」

「話す……話しますよ!! ちくしょう!! だから、この呪いを解いてくれ!!」


 半分べそをかきながら渡辺は誠君に縋りついたのだった。

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