第九話 残り三日
次の日の放課後
私は授業が終わるとそそくさと学校の一番端の部屋へと急いでいる。理由はもちろんお化け研究会の二人に引き続き呪いの解除に協力してもらうため。私の寿命はあと三日しかないのだ。なるべくなら今日中に原因を突き止めたいと鼻息荒く廊下をせっせと歩く。
今日はこの後に竜星と合流する約束があるのもあり急ぎ足になっていた。
「到着っ!!」
おばけ研究会の部室の古びた木のドアには昨日と違い、高梨先輩の手の跡がくっきりと付いたポスターが貼られていた。闇に浮かぶ幽霊のような手形が醸し出す雰囲気が気に入ったのか、昨日見たそのまんまのポスターだ。
「こんにちはー……」
おずおずと扉を開けるとそこには高梨先輩しかいなかった。
「あら、いらっしゃい」
「あ! ど、どうも! 有海はまだ来てないですか?」
「ええと、有海ちゃんは今日は病院で手当てをしてもらうから欠席だって。誠君は知らないけど……」
「誠君は掃除当番なんです。そっかぁ、有海、今日は休みだったんだ」
急いできたのに、と少しだけつまらない気持ちが顔に出てしまう。そんな雰囲気を察してか、高梨先輩が近づいてきて声をかけてくれた。ふんわりと優しい笑顔に引き込まれそうになる。
「腕の件、どうなったの?」
「あ、えっと……竜星の家で大きなネズミを見つけました」
「大きなネズミ?」
「誠君は窮鼠だって」
「窮鼠?」
「化けネズミみたいな存在なんだそうですよ」
「本物の化け物をみつけちゃうなんてすごいわね!」
「はい、驚きました!」
無邪気にはしゃぐような顔をする高梨先輩。バッジの色が赤なので、3年生なんだなと思っているが、妖怪やお化けに関わりそうな雰囲気では全くない。どちらかと言うとお花畑に真っ白いワンピースを着て、うふふと笑っていそうな美麗な顔立ちをしている。
だから、当然こんな疑問が沸き起こった。
「高梨先輩はどうしてお化け研究会にいるんですか?」
「え? 私?」
ただでさえ大きい瞳が、真ん丸に見開かれるのを見て私は少し慌てる。もしかして、聞かれたくない事だったのだろうか?けれども、まん丸の瞳は少しきらりと光って、元の先輩の顔へと戻って行った。
「あ、すみません、興味本位なんです」
「うふふっ。私に興味を持ってくれて、ありがとうね」
「??」
高梨先輩は謎にお礼を言って来た。先輩も私と同じく意外と友達が少ないタイプの人なのかもしれない。なんて思うのはこの美麗な先輩に失礼かもしれないな。
「そうね……理由……私、部活に入りたくて……でも、子供の頃から体が弱くて……運動部は無理なのよ。それで、文化部で探したんだけど、絵も音楽も分からないから関係のない部活を探したの。そしたら、丁度良くポスターが目に留まってね!」
「つまり、消去法?」
「ふふっ! そうとも言うわ」
困ったような照れているような顔で笑う高梨先輩にガクっと力が抜けた。まぁ、3年生にもなると、推薦状とかの文章を気にするって言うし。帰宅部よりは何かしていたほうがマシなのかもしれない。
その時だった。ガラッと扉が開く音が聞こえて顔を出したのは、誠君だった。
「遅くなった。掃除当番だったんだ」
「知ってるよ。だから、私同じクラスだってば!」
「……あれ……教室にいた?」
「いたよ!!」
「ふふっ。昨日一日でずいぶん仲良くなったのね」
「あぁ、先輩。今日もこいつの腕の調査に行ってきます」
「えぇ、行ってらっしゃい」
誠君は部室に入らないままそう言い残すと廊下へ出て行った。
「それじゃ、高梨先輩いってきます!」
「まりあちゃんもいってらっしゃい」
「はいっ!」
私も慌ただしく鞄だけ抱きかかえ、誠君の後をついて部室を出るのだった。
◇
竜星の家へと向かう道中、私は誠君と二人きりで夕方の街を歩いている。明るい夕陽が私たちを赤く染め、なんだか普通の学校生活のようだな、なんて思ってしまう。
「この時期は、日がだんだんと長くなってきていて良いな」
「え? う、うん。 日照時間が長いと気持ちがいいよね」
私は『普通の日常会話』に逆に驚いてしまった。誠君と言えば心霊現象の話しかしない心霊オタクなんだと勝手に思っていたから、普通の会話もしている所を昨日今日では見たことが無い。
「いや、違う。日が長いと、その分夜が短い。つまり、妖怪の力が出にくい時期なんだ」
「そ、そうなんだ……」
前言撤回。やっぱり心霊オタクで間違いなかった。
「その分、腕の呪いの進行はゆっくりに見える。冬場だったら一週間ではなくて3日で死んでいたかもしれないな」
「そうなの!?」
「日照時間長い時期で良かったろ?」
「う、うん。そうだね」
心霊オタクは心霊オタクだけど……昨日今日でわかったのは決して悪い人じゃないと言う事だ。私はもっと誠君の事を知りたくなった。
「ねぇ、誠君の事を聞いてみてもいい?」
「構わないが……」
「昨日のさ、真名だっけ。あれって何なの? 有海が誠君は真名使いだって言ってたんだ」
「あー……真名の事か。真実の名前と書いてまなと読むんだ。生まれた時に人間なら大体の人は名前を授かるだろ?」
「私の知ってる限りでは名前がある人しか会った事ないかな」
「現代日本では名前は一つしか付けない。だから、基本的に全員真名なんだ」
「ふぅん?」
「ぴんと来てなさそうだね。そうだな……昔の日本……平安時代とかに偉い人を名前ではなく、住んでる場所や官職で呼ぶという風習があったんだ。真名を明かさないためだ」
「住んでた場所や官職??」
「そうだ。あの有名な清少納言も本名じゃない。「少納言」という位の御姫様なんだ。本名は結婚する相手にしか教えなかったんだ」
「へぇ! そうだったんだ……でもどうしてそんなことするの?」
「それはな……真名を掌握することで相手を支配する古代呪術が本当に存在したからだよ」
「真名を掌握……?」
「そう、相手の真名を掌握することで相手をコントロールできる。僕が極めた古代呪術さ」
「す、凄過ぎない?」
「まぁ、強力な分制約も強くて使いたがる人は現代では居ないんじゃないかな。他にも、様々な呪術があるんだけど、どれも僕には向かなくてね。取得できたのがこれだったのさ」
「ふぅん?」
常軌を逸したスゴ技なのに、誠君はなぜか寂しそうにしている。私だったらその力を使って色々やりたい放題なのに。
「それと、もう一つ聞きたいの。今度は昨日捕まえた……」
「子子の事?」
「そう、子子……子子を捕まえたんだから、もう呪いは解けるのかな?」
私は期待を込めて誠君の顔を覗き込んだ。本当はこれが一番聞きたかった事。
しかし、誠君の顔は硬い表情のままだった。
「その……悪い。そう言う訳じゃないんだ。そもそも、子子には呪いをかける能力はない。せいぜい仲間のネズミに命令ができる程度なんだ。まぁ、仲間のネズミは昨日業者に駆除されたけど……」
「え!? どういう事なの!?」
「子子は言霊を発動したに過ぎないんだ。しかも、調べて見ると言霊の力の根源は子子の力じゃなかった。別のもっと力のある人が子子に授けた借り物の能力」
「ええ!? それって、子子には呪いが解けないって事!?」
「ああ。子子に力を与えた親玉がいる。そいつにしか、言霊の解除は出来ないと思う」
「そんなぁ……」
誠君の言葉に思わず肩を落としてしまう。昨日大ネズミを捕まえた時点で呪いを解くだけだと思っていたからだ。
「そう肩を落とすな。出来る限りのことはする。僕はもちろんだし、有海だってきっと同じ気持ちだと思う」
「……ふふっ!」
「なんだよ?」
「ううん。嬉しくってつい……ありがとうね!」
「?……あぁ」
短く頷くだけで表情を一つも変えずに誠君は正面を向き直った。誠君は本当に有海の前以外ではほぼ表情を変えない。誠君は有海にだけ心を開いているのかもしれないなと思った。どんな関係なのだろうか?今度有海に聞いてみよう。
それにしても、この会話は現実離れをし過ぎていて、何かのゲームの話をしているような気分になってくる。これが現実だったら、特殊能力っていうか、言霊でも真名でもどれでも良いから私も使ってみたい。
「……ねぇねぇ? 言霊って、誠君の声だったら出来るの?」
「は?」
「私もやってみたい!」
「……無理だと思うけど」
「声録音してみてもいい!?」
「……勝手にしてくれ」
「わぁい!」
呆れた誠君の顔はとりあえず見なかった事にして、私はスマホを取り出してカメラをオンにする。
「誠君! 何か喋ってよ!!」
「何かって……何をだよ」
「んー…じゃぁ私の名前!」
「遊びで術は発動しないぞ」
「えー!? じゃぁここに居ない人の名前なら良い?」
「……まぁ、聞こえなければ発動はしないからな」
「じゃぁ、竜星の名前!」
「何をさせたいの?」
「そう言われると……特にやらせたい事なんてないから……お座り?」
「ぶふっ」
「苗字は太田だからね!」
「わかったよ。まぁ、検証してみるのもありかもね」
「でしょ? じゃぁ、そう言う事で先生ここは一つお願いします!」
私はカメラをオンにして誠君に向けた。誠君もなんだか乗り気になってくれたようで咳ばらいを一つするとカメラに向かう。
「太田竜星、君はこの場でワンと鳴いて『お座り』する」
「ワン!!」
聞き覚えのある声が曲がり角から聞こえ、私達は顔を見合わせた。慌てて角を曲がるとそこには見慣れた坊主頭が律儀に犬の格好のようにお座りしているのだった。
「あ。いつの間にか、コイツの家の近くまで来てたんだな」
「……おい。誠テメェ。俺に何させてるんだよ!!!」
正気に戻った竜星が誠に飛びかかりそうになったのは言うまでもない。
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