第三話 託された命運
「……っ」
話終える頃には有海は顔を青くして体を震わせていた。どうやら怖かったらしく、顔を引きつらせている。
「あぁ、ごめん。こいつ、お化けとかの話、点でダメなんだ」
「……はい?」
ここ、お化け研究会だよね? と首を傾げるが、私の視線に気が付いたのか数回首を横に振ると元の通りに笑って見せる。
「そっんなことぉ、無いんだからねっ!!」
若干引きつりながら有海はそう答えるが、どこをどう見ても通常ではない。なんでそんな子がこんな同好会を作ろうとしているんだろう。疑問には思ったがそこは触れないでおくことにした。
「それにしても、酷い話ね。いじめる側も、いじめられる側も……」
高梨先輩が腕を組んで真剣に答えを返してくれる。こんな話をまともに聞いてくれたのは初めての事で、私はそれだけでも込み上げてくるものがあった。お父さんにもお母さんにも腕は見せたが、『ニュースでやってたから心配になったんだね? でも、この世の中に呪いなんて存在しないんだよ』と取り合ってもらえなかったし、竜星にはあの夜以来会っていないのだ。
「言霊を使う妖怪? について調べてみる必要があるけど」
誠君は私の方に近づいてくると目線を合わせるために膝をついて見せた。自分よりも目線が少し上の誠君が膝をつく様はまるで王子様のようだと思ってしまった。眼鏡の奥にある優しそうな焦げ茶色の瞳に胸が高鳴る。
「……腕を見せてもらえないか?」
「は、はい!」
変な事を考えていた私は我に返り慌てて袖をまくると、気味の悪い文様が腕にくっきりと浮かび上がっている。蛇のようなうねうねした凹凸が若干痣のような色となり文字のような魔方陣のような形が浮かび上がっていた。
その腕を見た有海がひぃと小さく声を上げたのが分かったが、誠君はその腕に向かって手を差し伸べてきた。私はその手に自分の腕をそっと乗せる。
「ちょっと見せてね。うーん……呪言の類にも見えるな。有海、ちょっと調べてくれよ」
「ど、どれ?」
恐る恐る私に歩み寄ってきた有海は目を固く閉じたまんまだ。さっきの小さな悲鳴と言い、きっと本当は怖いに違いない。いつまでも目を瞑っている有海に誠君はあからさまに苛立った顔をした。
「早くしろよ」
「わ、わかったよ!」
意を決したのか、チラッと目を開ける有海に私はなんだか申し訳ない気持ちになる。そんなに怖い思いをさせて誠君は有海に何を調べろと言っているのだろうか?
「きゃぁ! き、気持ち悪い!」
「おい!!」
「わかってるよぅ」
小さな悲鳴を零して、少し震えながら私の腕に近づいていき、腕の文字を指でなぞる。
「ううぅぅぅ。気持ち悪いいいいいぃぃいっぃ」
「うるさいな、サッサとしてくれ」
「うるさいって何よぉ!! 頑張ってるのにぃぃ!!」
私は有海が何をやっているのか、皆目見当もつかない。ぎゃぁぎゃぁと言いながらも、私の腕の文字を指でひたすらなぞっているようにしか見えないが、有海曰く、『頑張ってる』らしかった。
「安心してよ、梶木さん」
「梶川です。覚えられないならまりあで良いです」
「有海、こんな感じだけど実力はあるから」
「実力??」
私にはひたすらに痣の凹凸を指でなぞる有海の姿しか見えていない。腰は引けて涙目で痣をなぞる有海をみて、何の実力があるのかさっぱり分からず私はまた首を傾げた。すると、有海は指を私の腕から話して五歩ほど後ずさった。どうやら、すぐにでも距離を置きたいらしい。
「なぞったぁぁぁ……」
「何が分かった?」
「……ネズミが見えた」
「ネズミ……? ああ! そうかも、あの時、私の前を通り過ぎた影が丁度ネズミくらいの大きさだったの!!」
「おお! ビンゴかもしれないな」
「ビンゴも何も、その術式を解きほぐしたんだからそれ以外の正解なんて無いよぉ」
「解きほぐした?」
キョトンとする私を前に、有海はウインクをして見せる。
「私と誠はね……いたっ!!」
「こら! 有海! 簡単に身の上を話さない!」
誠が有海の頭を軽く小突いた。
「ちぇ~!! いいじゃない!」
「良くねぇよ! 変な噂がたったらやりにくいだろ!」
「はぁい」
そんなやり取りをする二人は仲が本当に良さそうだ。まるで、この間の私と竜星みたいでなんとなしに羨ましく思えてしまう。
そんな私の気持ちなど露知らず、有海は自分の事を話し始めた。
「私ね、実はすごい能力があるの!! 色々と秘密の力がぶわ~って感じで、魔方陣やら術式を読み解けるんだよ。」
「ぶわ~……?? な、なんかすごそうだね?」
「でしょでしょ~?」
嬉しそうにニコリと笑う有海はまた元気よくポニーテールを揺らした。言っている意味は全く理解できなかったが、本人は満足したらしく先ほどの怯え切った表情は微塵も感じられなかった。
「ところで、まりあさん? 先ほど三日前って言ってましたよね?」
「は、はい! この痣が出来た夜が三日前です」
「一週間で死ぬって……言ってなかったっけ!?」
「そうなんです……あと四日で……私……」
そう思うと、体が震えてくる。あの話が本当だとすると、私の命はもう、四日で尽きちゃうんだ。
「なんで……こんな事になったのかな?」
藁にもすがる思いとはこのことだと思った。
「初日はお父さんとお母さんに話をして、笑われたけど、神社でのお祓いしてもらったわ。でも全く効果が無かったの。お父さんとお母さんにはこの腕の文様が見えてないみたいだった……」
「霊感が全くない人には見えないだろうな」
「私には見えないですし」
高梨先輩が肩をすくめた。そうか、見えていない人もいるんだ。
「昨日は、竜星を訪ねてみたけど会ってもらえなくて……それで、今日はいつも通りに学校に来てみたら見たことが無いポスターが貼ってあったから。何もしないよりは、話くらい聞いてもらえるかなって思ったの。誰も信じてくれなくても、オカルト好きの人なら少し位って……」
そこまで言うと、言葉に詰まってしまった。
この三日、どうしようもう無い不安に押しつぶされそうだった。
だから、話だけでも聞いてもらいたくてここまで足を運んだのだ。
どうして私がこんな目に遭うんだろうって、何度も何度も自問自答しても答えはでないまま。
だから、だから……
「……怖かったな」
「へ?」
それは、どんな声よりも、優しい声だった。
「誰のも話も聞いてもらえず、自分もどうなるか分からない。不安だっただろ?」
「……っ!!」
「頑張ったな」
誠君の顔が優しく微笑んだとおもうと、私の頭を優しく撫でた。
その瞬間、心の緊張の糸がぷっつりと切れる。
切れた糸は涙腺を崩壊させる。
「……うんっ……こわかった……」
気が付けば私は3人の前で泣いていた。止めどなくあふれる涙は心の留めてあった恐怖や不安を全て洗い流すように流れ続ける。
「誰にも相手にされないまま、人生これで終わっちゃうのかと思うと、怖くて怖くて」
「……うん」
「私、まだ人生何もしてないのに、どうしてこうなっちゃったのかも分からないし」
「……あぁ」
「ただ、ただ、生きたくて」
「……」
「私を……助けて……くれますか?」
涙を拭きながら顔を上げるとそこにはお化け同好会の三人が真剣な顔で私を向いている。
目の前が涙でゆがみながらも三人の表情が優しい物だと言う事は私にもわかった。
「まっかせて!!」
「必ず君を助けるよ」
優しい言葉に私の涙はより一層ボロボロと零れ落ちる。
「あ……ありがとうござい……ます」
絞り出したお礼の言葉と共に涙が口に入りしょっぱい味がした。
こうして、お化け同好会……しかも、まだきちんと設立もされていないこの部活に、私の命運は託されるのだった。
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