第二話 人を呪わば……
「それで、まりあ? 話を聞かせてくれる?」
有海は先程までの笑顔から一変して真剣な表情で私を向いた。
誠君も高梨先輩も私に頷いて見せる。
「実は……幼馴染の事なんです」
「幼馴染?」
「違う中学に通う、同い年の男の子なんですが……三日前に電話があって……」
◇
そう、あれは昨日の夜の事だった。
私がお風呂から上がって就寝の準備を始めていた二十二時頃の事。
突然スマホから着信が鳴り出し、驚きながら手に取ると、幼馴染の男の子、
夜遅くに電話だなんて何を考えてるんだろう?
私と竜星は端的に言って仲が良い。恋仲とはまるで違う仲の良さで、引っ込み思案の私をぐいぐいと引っ張っていってくれるお兄さん的な存在だった。この春から学区の関係で別の中学校へ行ってしまい、少し寂しく感じていたこともあって、私はその電話に出ることにしたのだ。
「……もしもし? こんな遅くにどうしたの?」
「……ガガッ」
間違い電話かな?と一瞬疑って首を傾げた。聞き耳を立てていると、かすかに男の子の声が聞こえる。きっと竜星だ、そう思い名前を読んでみることにした。
「ねぇ、竜星? 間違って電話かけてない?」
「ねぇ、竜星? 間違って電話かけてない?」
「……?!」
気持ち悪い声が、私の言った事を繰り返してきた。その声は、竜星の声とは別の人の声だった。どちらかと言うと幼い女の子のような声。流星がボイスチェンジャーでも使って私を脅かそうとしているに違いないと思った私は、気分を害して少し怒った声を出す。
「ふっ、ふざけないでよ?」
「ふっ、ふざけないでよ? ……ふふっ」
ほら、笑い声だ。馬鹿にしたような含み笑いに私は唇を尖らせる。何を考えているんだ、あの人は。夏に怪談話をやるならわかるが、まだ四月も中旬。私たちが別々の学校へ行ってまだ二週間しか経過してない。
「竜星!! いい加減にしてよね!」
「あははっ!! ごめんごめん!! まりあ、元気だった?」
女の子の声は突然竜星の口調で喋り始めた。
「なによ、その声。ふざけるのも大概にしてほしいんだけど」
「声を変えられるってアプリを手に入れてさ! 悪戯したくなったんだよ!」
今度こそ、私の知る竜星の声だった。気味の悪い悪戯の正体に、私はプンプンと怒りながらも、半分は安堵していた。ここニ週間まともに同世代の人と話は出来ていなかったから、竜星からの電話自体は嬉しかった。
「あーもう……元気そうで何よりだわ」
「……まぁ、そうでもないんだけどさ」
「へ?」
突然竜星の声が暗いものに変わり、私の胸は急にざわついた。今まで、こんなに沈んだ竜星の声を聞いたことが無い。
「何かあったの?」
「クラスに上手くなじめなくてさ」
「あはは……私もだよ。友達どころか、まだ誰とも話が出来てない」
どうやら、同じ悩みを私と竜星は抱えているようだった。引っ込み思案な私ならともかく、竜星もクラスに馴染めないだなんて、少し意外な気がしたけど、この時は同じ悩みを共有している事に嬉しささえ感じていた。すると竜星からこんな提案があった。
「もし良ければさ、ちょっとだけ会って話しない?」
「え!? 今から!?」
「……無理、だよな。こんな夜遅くになんて」
「……ううん。家、抜け出すよ。公園で良い?」
「本当に!? 大丈夫?」
「うん!」
竜星の落ち込み具合が普通じゃない事を察した私は家を抜け出した。会って話がしたい。ただその一心で家から五分足らずの場所にある近所の公園へ私は向かった。
何も考えずにスウェットのまま、家を出たことを少しだけ後悔する。春めいてきたとはいえ、まだまだ夜は寒かった。急ぎ足で公園の入り口に到着するとあたりを見渡して竜星の姿を探した。
一目で一望できる程度の大きさの公園は私たち二人の思い出がたくさん詰まっている。ブランコではよく靴投げをして遊んだし、滑り台から夕日を眺めるととても綺麗に見えるのだ。公園はぐるりと腰ぐらいの小さな木に囲われていて、夏になると虫取りをしたものだった。
そして、いつも待ち合わせをしているベンチにいたのは、包帯を頭に巻き、深刻な顔をした竜星の姿だった。
「竜星、その包帯はどうしたの!?」
私は慌てて竜星に駆け寄ると、チラッとだけこちらを見るとまた下を向いてしまった。その表情はとても辛そうで私は胸が締め付けられる気持ちでいっぱいになる。
「……変な先輩に目をつけられたんだ」
「え!? い、いじめられてるの?」
「あぁ。入学以来、ずっと嫌がらせを受けているんだ。初日に声をかけてきたそいつを無視した事が原因かもしれない。上履きをハサミでボロボロにされたり、複数人で囲んできて誰もいない所へ連れだされて金品を奪い取ったり……断ると、四、五人くらいで殴る蹴る暴行……そんなんだから誰も俺と話そうとしないんだ。俺、もう耐えられねぇよ」
「なんで!?」
「わからない。けど、その人に目を付けられたら転校するか自殺するまでしつこく付きまとうって……」
「なにそれ!? 先生は!? 何もしてくれないの?」
「……見て、見ぬふりだよ。その子の親、『権力者』らしいんだ」
「そんな……そんな事って……」
「両親も戦ってくれてるんだけど……でも、今日も複数の人に囲まれて……殴られたりけられたり……!」
二週間前には予想だにしていない出来事だった。
頭を抱えた竜星を私は見ていられない。
私は竜星に一歩近づいて竜星の顔が見えるようにしゃがみ込んだ。
「……私、何かできることないかな?」
目の前の竜星に私は真摯に向き合ったが、絶望的な顔をして顔を上げた彼は首を横に振るだけで、私もどうしたら良いかわからずにただ、竜星の前で立ち尽くしてしまい、私達は数秒、うすら寒い夜の公園の静寂に包まれた。
その時だった。
竜星は、彼とは思えないほど低くて怖い声でこう言ったのだ。
「……あんな奴、死ねばいいのに!!」
私は驚いて竜星を見た。今まで一緒に遊んでいた優しいお兄さんの声とは本当に別人のような恨みのこもった一言だった。心の奥底から出た竜星の本心に、一番の友達に恐怖さえ覚え鳥肌が立った。
ただ、それだけなら良かったのだ。辛い想いを私に吐き出して竜星が楽になるだけなら。
けれどもここで事件が起きてしまう。
何かが、黒い手の平サイズの何かが、私の前を通り過ぎていったのだ。
「へ? ……今の、何?」
『坊主のお兄さん、貴方の言霊、いただきました』
不意に暗がりから、私達に話しかける声が聞こえた。一瞬聞き間違えかと思ったが竜星も私と同じように不思議そうな顔をしてきょろきょろと辺りを見渡したので、聞き間違えではないのだろう。
「はぁ? な、なんだ? どこからか声がする?」
「お、お化け!?」
怖くなった私は竜星にくっついて暗闇の公園をじっと見つめたが、そこには誰一人いない。それなのに、不気味な声は竜星に話しかけてきたのだ。
『坊主のお兄さん、この言霊を発動してみませんか?』
「言霊? さっきも言ってたけど言霊ってなんだ? それに発動って?」
「ちょ、ちょっと、竜星? 得体のしれない声の話なんか聞いて大丈夫なの?」
『お姉さんは黙っていてください』
その瞬間、不思議な事に私の体は硬直し、言葉を一言も喋れなくなった。
初めての体験に私は恐怖しながら事の顛末を見守るしかできず、ただただ震えあがる。
『言霊を発動したら、運命が言霊に引っ張られ……上手く行くと現実になります』
「……!?!?」
絶対に怪しい。絶対に言葉の誘惑に乗ってはいけない。そう思いはするが体は一切動いてくれなかった。
辛い想いをした竜星は得体のしれない甘い言葉にどんどんと引き込まれていっているようだった。体が硬直している私の事なんて気が付いてもいないようだ。
「それって、例の先輩が……死ぬって事か?」
『はい。貴方の言霊の強さによりますがねぇ。今の言霊はかなり強かったので、きっとお望み通りの結末になるのではないでしょうか』
ダメ!と、心の中で叫びはするものの、届くはずもない。竜星はこの状況を疑う事さえ出来ていないのだろう。相手の死を望むまでに竜星は追い詰められていたのだろうか。だとしても、人を殺して良い訳がないし、少なくとも私は竜星にそんな人になって欲しくなかった。
「お願いします。言霊を発動してください!」
けれども、私の想い空しく、竜星のすがるような声が静まり返った公園に響いてしまった。
すると、暗がりからクックックと嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。全てこの声の主の思惑通りなのだろう。
『契約成立でございますね。まいど、ありがとうございます』
声が丁寧に丁寧にお礼を言った謎の声が消えると、私は急に動けるようになる。と同時に、泡がパチンとはじけるような音がしてから、竜星のじゃない竜星の声が響いた。
【……あんな奴、死ねばいいのに!!】
それはまるで、質の悪い録音テープのような竜星の声を聞かされているみたいだった。
さっき言っていた『言霊が発動』したのだろうか。私は不安になって竜星に駆け寄った。
「ちょ、ちょっと、竜星!? 本気なの!?」
「……あの人が生きていて、誰が幸せになるんだ? 今までだって何人傷つけてきたか分からないような人だよ?」
「そう言う問題じゃない!! 竜星が、竜星が人殺しになっちゃうよ!?」
「ならないよ。だって、俺が直接手を下すわけじゃねぇだろ」
「そ、そんなっ!?」
「得体のしれない奴が勝手に殺すんだ。法律だって俺を裁けない」
「……竜星……」
竜星は勝ち誇った顔をしていた。自分をいじめてくる先輩を懲らしめられると思ったのだろう。
けれども、甘い話には裏があるもの。もちろん今回の話だってそうだった。
「あっ!! グアッ!!!」
「……?」
「アアアアアアッ!!!」
「ちょ、ちょっと竜星!?」
突然腕を押さえて苦しみ始める竜星に、私は怖くなった。
『そうだそうだ。言い忘れていました』
「さっきの声!?」
『人を呪わば穴三つ……この言葉を知っていますか?』
「……え? 人を呪わば穴二つじゃないの?」
「ふふっ、人間の伝承ではそうなっているのですね。それは完全な間違いです」
「……!?」
『穴、つまり墓は三つ必要ですよ、お嬢さん。一つ目は呪った相手。そして、二つ目は呪った本人。そして、三つ目は呪い殺す対価として、呪った本人の一番大切な人の分です』
「……イタっ!!」
その時、私は自分の腕に痛みが走るのを感じた。嫌な予感が汗を拭きだす。怖くて自分の腕を見ることが出来ずに背中から冷や汗が流れていくのを感じたまま硬直してしまった。
竜星の……大事な人……ってまさか……。
「ウ、嘘だろ?」
『いいえ、本当ですよ。言霊を発動するまではその効力がどれほどの物かわかりかねましたが……これはなかなか。良い言霊でした。きっとお相手は必ずあの世へ……』
「ま、まってくれ! って事は……俺と俺の大事な人って言うのも……」
『はい。死にます』
「!?!?」
恐る恐る、長袖の袖をまくって自分の腕を見る。すると……そこには、気持ち悪い文様のような痣が浮かび上がってきていた。その痣をどこから見たのか分からないが、声の主はそれはそれは楽しそうにクックと笑う。
『クックック、おやおや、貴方の大事な人とはお嬢さんの事だったようですね。ご愁傷様です』
「う……うそ……?」
「待ってくれ!! まりあは関係ない!!」
『余命はおおよそ一週間と言ったところですね。ご契約ありがとうございました』
「まて!! 契約を破棄してくれ!! 頼む!!」
「……」
「待ってくれええええええ!!!!!」
竜星の声が真夜中の公園に響き渡った。けれども謎の声は二度と私たちに語り掛けることは無かったのだ。何を言っても時すでに遅しとはこのこと。私の腕にも竜星の腕にもくっきりと気持ちの悪い文様が今も尚浮かび上がっているのだった。
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