第一話 ようこそ、お化け研究会へ!
「あ、あの……すみません……」
とある中学校の一番端っこ、本来なら美術室の隣にある美術準備室とでも呼べるような小さな部屋から男女の言い争う声が響いている。私はその入り口を一度軽くノックしてからこの扉を開いたのだが、中にいる男女はまるで私の存在に気がついていないようだった。
「僕はこんな名前認めないぞ!」
「まぁた、そんな事を言って!」
口論をしている男女の声によって私の声はかき消されてしまったのだ。どうやらこの同好会の名前について揉めているよう。
「なんだよ、お化け研究会って。小学生でもあるまいし!」
「端的で良いでしょ?」
「頭悪そうなんだよ。もっとマシな名前をつけるべきだ」
「あのっ! すみません!」
私としては結構大きめな声をあげたつもりだったのだが、共に一年生のバッジを付けた二人は私に気づかずに口論を止めようとしない。私は仕方なしに、口論を続けながらも、割り当てられたばかりの美術準備室をなんとか住み心地のいい場所にしようと段ボールを移動したり、机を動かしたりしている二人を見守る他なかった。
「同好会を作るなら、部員は最低四人必要なんだろう? 名前がこんなんじゃ誰も入部しないよ」
「じゃぁ、
「……そうだな。『論理的に説明が付いていない事象について物理的・或いは現代化学を用いて研究する会』とかどうだ?」
「長い。却下」
「なんでだよ! きちんと説明すべきだろ!?」
「――そこのおふたりさん?」
一年生の二人が口論に夢中になっていると、部屋の奥の方からまた別な人の声が聞こえてきた。段ボールをかき分けるように出て来た人影に私は目を凝らす。
「ほらほら、おふたりさん手が止まってるわよ? 作業進めないと、日が暮れちゃうでしょ?」
奥の方からもう一人、女性が出てくると私は思わずその端麗な容姿に見惚れてしまった。ふんわりとした茶色がかった髪の毛、豊満な胸。同じ制服を着ているのに大人の雰囲気さえも感じさせるその人は、胸に三年生のバッジを輝かせていた。たった二歳しか違わないのかと思わず自分の胸を見てしまう。
今この状況から察するに、おばけ研究会には現在、一年生二人と三年生の計三人の部員がいるようだった。三年生の先輩にたしなめられた男女二人は互いに数秒睨み合うとまた作業に戻ろうと口を閉じた。
気づいてもらうには静まり返った今しかない。私は勇気を出して一歩、部室に足を踏み入れ、大きく息を吸い込んだ。
「ごめんくださぁぁぁい!!」
「うわぁ!!」
「きゃっ!」
一年生二人は飛び跳ねた。ようやく、私の声に気が付いてくれたみたいだ。というか、静まり返った部室に対して声量が大きすぎたのかもしれない。一年生二人は心臓を押えて恨めしそうにこちらを振り向いた。
「あ、あ、あんた! 驚かせるんじゃないわよ!!」
特に一年生の女の子はかなり驚いた様子で涙目になっている。大きな声を出し過ぎただろうか?いやいや、こちらとしても声をかけるのは三回目。今度こそ気が付いてもらう必要があったので、仕方がなかったと思うことにする。とはいえ、涙目の女の子へ申し訳ない気持ちが無かったと言えば嘘になる。
「ごめんなさい、さっきから声をかけていたんですが……」
「そうだったのか? 気が付かなくて悪かった」
案外あっさりと謝ってくれた男の子はぺこりと会釈をしてきて、私もつられて頭を下げてしまう。顔を上げると、三年生の優しい笑顔が目に入ってきた。
「どうぞ中へいらしてくださいね」
三年生が段ボールの中から座れそうな椅子を出してくれて、私はぽつんとそこに座った。三人は立っているので若干の気まずさは感じたけど、出してくれた椅子に座らないのもおかしい。
「ようこそ、お化け研究会へ! あなたがお客様第一号なの。私一年C組の
先程まで涙目だった一年生の女の子はトップで結んだポニーテールを元気よく揺らしなかがら部室の奥へ行き、私が座っているのより古びた椅子を引っ張ってきて私の正面に座った。若干の釣り目に、つやつやなグロスを塗っているのか、おしゃれな雰囲気のする女の子だ。
「だから、そのお化け研究会ってのやめようぜ」
「何よ、誠は文句ばっかり!」
「はいはいおふたりさん、その話はあとにしましょうね? せっかくいらしてくれたんだもの。私は三年の
丁寧に応対してくれた高梨先輩はふんわりとした茶色がかったロングヘアーを揺らした。どこか幼い顔つきなのだが、その顔つきとは相反して豊満な体付きなのが制服の上からでもよくわかる。
「あ、いえ、……ポスターを見たんです」
「ポスター? なんだそりゃ?」
誠と呼ばれていた一年生の男の子は機嫌が悪そうに口をへの字に曲げる。愛想のあの字もない。黒い眼鏡をかけたやせ型の男の子で、背が180cmくらいだ。小柄な有海と並ぶと30cmくらいの差はあるのではないだろうか。
「あ! 私が朝作って玄関前に張ったポスターの事?」
「そ、それだと思います。玄関に貼ってありました」
「はぁ!? 何勝手にポスター張ってるんだよ!」
「部員が必要でしょ!? 人数足りてないんだからポスターは必須よ!」
「コラッ! 二人ともいい加減にしなさい? あなた……えっと、お名前は?」
三人の視線が私に集まったので軽く会釈をする。
「
「あれ? 誠、同じクラスじゃない?」
「……こんな人いたかな?」
「そうですよ……。私、あなたと同じクラスです……」
「ごめん。全然覚えてない」
「うわっ! 最低!」
その言葉に私はがくりと肩を落とした。初めに会釈されてからの他人行儀な感じになんとなく分かってはいたが、認識もされていなかったのは少し寂しい気持ちになる。
でも、それも無理もない。普段から引っ込み思案な私はクラスではほとんど話をしない。入学してから2週間結局、友達と言う友達も出来ずに唯々授業を受けるだけの日々になってしまっているのだ。
「誠君、そんな言い方は失礼よ」
「……へいへい。悪かったな……えっと……よろしく」
「梶川さん、よろしくね?」
「はい! 名前を覚えてくれると嬉しいです!」
私はこの学校に来て初めて、私の名前を呼んでもらえて嬉しい気持ちになった。友達、と呼べるほどの関係ではないにしろ、会話ができる人と言うのは要るだけで安心できる。
しかし、これから仲良くなれれば……なんて、悠長なことを言っていられないのが実は今の私だったりする。
私がここへ来たのには理由があるからだ。
「ところで、あのポスターを見てここに来たって事は……」
有海さんは少し驚いたというか、困ったような顔をする。もしかして、来ちゃまずかったんじゃないかと思って不安になった。それもそのはず……
「おばけについて、相談があるって事だよね!?」
「……はい」
私がここへ来た理由。それは、朝ポスターを見た時に書いてあった、とある文言を頼りに来たからだった。
すると、先程まで私にまるで興味がなさそうだった誠君の眉がピクッと動いた。
「なんだって……?」
「『心霊現象や摩訶不思議な体験で悩んだり困ったりしている人、私たちに相談してみませんか? 困っている事をズバッと解決して見せます!』ねぇ?」
いつの間にか高梨先輩が私が見たポスターと同じものを手に持って読んでいた。さすが美術準備室。絵の具の類は揃っているらしく、パレットには色とりどりの絵の具が並んでいる。けれども、肝心のポスターを見ると文字の赤以外のは真っ黒だった。
高梨先輩がポスターを机に置くと有海が慌てたような表情になる。
「あ、高梨先輩!! 今、作成中で、まだ絵の具が乾いてないです!」
「え!? ひゃっ! もう! 手が真っ黒!」
ポスターを置いた時、何気なく手の平も机に置いた高梨先輩の手型は全面的に黒いポスターにくっきりと付いた。黒に浮かび上がる手の平。あぁ、ばっちりお化け研究会っぽいポスターになったなぁ、なんて呑気に見ていたらその視線を遮るように誠君が私の前に現れた。
「是非!! ぜひっ!! その話を聞かせてくれ!」
鼻息荒く、目を輝かせている誠君は、先ほどの私に無関心なクラスメートとはまるで違った。普段の私なら引いていただろうこの距離感。しかし、私の心はそんな事どうでも良い程、誰でも良いから話だけでも聞いて欲しいという切な願いを胸にここへやってきた。私は、誠君のぐいぐい来るこの感じに逆に安堵を覚えていた。
「そ、相談に乗ってもらえるんですか?」
「もちろんだ!! 上川さん!!」
「梶川です……」
あ、興味があるのはオカルト話の方だ。私には興味なさそう。
「ごめんね、まりあ! 誠って大のオカルト好きでさ」
「まりあ……?」
「私の事も有海ってよんでね!」
「あ……うん! ありがとう、有海!」
突然の呼び捨て。これはこれで凄いなと思った。
名前をすぐに憶えて呼び捨てにしてくるフレンドリーな有海と、人の名前などまるで覚えようともしない誠。
アベコベな二人に何処となく安心感を感じて思わず笑ってしまうのだった。
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