最終話 ”その”先にあるものが思ったものではなかったとしても②

 フリントは車に乗りながら流れていく景色をただ眺めていた。建物が乱立していたイシスニアの頃と違い、何にもない地平線が続く外は、最初は新鮮味があったものの、次第に飽きてきてむしろ変化のなさに息苦しさを感じるほどだった。


「まだ草原を走り続けるのかよ……」


 フリントは助手席に座りながら、運転しているシェリルに文句を言った。ミレイヌは先ほどまで運転したこともあり、後部座席で横になって寝ていた。


「文句言わない! もう少しすれば道路がある場所に出られるから、そうすれば多分人里があるようなところはあるでしょ。多分」


「多分って……」


「東大陸はイシスニアに近い影響で、大陸全土が一度滅ぼされたからね。西大陸に近い方は復興してるけど、イシスニア近辺は未踏の地になってるの。イシスニアから大使が来るときや私たちが来たときも、飛行機を使ってたから陸路はあまりわからないのよね」


 イシスニアを出て3日が経っていた。燃料にはまだ余裕があり、シェリルの食料も大事に食いつなぎながら進んでいたため、まだサバイバルをするほど追い詰められていたわけではないが、ここまで何も変わらなければ焦燥感が湧いてくるのもまた事実だった。


 そんな中、シェリルが運転していた車が目的の方向を逸れて急に止まる。ぼーっとしていたフリントと後部座席で寝ていたミレイヌは受け身が取れずに前へつんのめった。


「な……何が起こったのですか!?」


 寝ぼけまなこを擦りながらミレイヌは運転席の前方を見る。――そして目の前に広がっていた光景に言葉を失った。


「すごい……!」


 フリントもミレイヌと同様に言葉にならない思いが胸を巡っていた。それだけこの目の前の光景は二人にとって特別なものだった。


「……さっき航空写真で調べといた。どう、この“花畑”は」


 フリントたちの目の前には赤・青・黄色、さまざまな色の花が咲き乱れる花畑が広がっていた。石に囲まれた無機質な色の世界しか見てこなかった二人には初めてである、幻想的な光景が目の前に広がっていた。


「はは……! フリント! 見に行きましょうよ!」


 ミレイヌは車から飛び出すと、花畑の中に入っていった。むせ返るような花の匂いが鼻につくが、それすらもミレイヌにとっては初めての経験であり、年がいも無く花の絨毯に向かって飛んで行っていた。その様子をフリントは微笑ましい顔で見る。


「おいおい、そんなはしゃぎすぎるなよ」


 だがフリントはむしろ落ち着きすぎていた。ミレイヌのようにはしゃぐわけでもなく、助手席から身を乗り出すものの、せっかく到達した花畑に興奮したりもしなかった。ミレイヌがはしゃいだ事で散った花びらが目の前に来て、その一欠片を左手で掴む。そして手を開けてそれを見ると、握られたことで萎びた花びらが手の中にあった。


「……どうしたの?」


 フリントの落ち着きよう――いや何か虚しさのようなものを感じ取り、シェリルは声をかける。フリントは無理して笑顔を作り、シェリルに答えた。


「いや……。そういや俺が外に出る目的は、“花畑”を見たいからだった。と思ってな」


「そういえば何かそんなこと言ってたね。クーデリアちゃんが見たかったんだっけ?」


 フリントは車の外に出ると魔剣の紋章を展開し、花畑の中に置いた。


「ああ。そうだ。クーデリアが外に出たら花畑が見たいと。……だけど今はあいつを俺の外から出してやることもできない」


 フリントは魔剣の紋章をしまった。魔剣の紋章が置いた箇所の花がすでに一部枯れてきており、外に出る前に危惧した通り、この紋章は外の生命力を吸い取る危険性があるということの証明になってしまっていた。


「…………そして、俺がこういう光景に感慨を感じないタイプだって、今わかった」


 フリントは悲しげな表情で目の前に広がる花畑を見た。――これが見たかった景色。そのはずだった。だが、ここまで来たという達成感はあれど、その景色そのものに心動かされるものは無かった。ここに来るためにいくつもの犠牲を払ったはずなのに。そして一番この景色を見たかった人物は、隣にいない。


「これが……”貫いた先”……か」


「ねえ……フリント君」


 シェリルも運転席から降りると、フリントの横に立った。身体が触れそうなくらいに近づいており、フリントは僅かに緊張する。


「ん?なんだ?」


「少し、動かないでね」


「え?」


 シェリルはそういうとフリントに顔を近づけ、そしてキスをした。突然のことにフリントは思考が完全に止まり、何が起こったか理解するのに10数秒はかかった。そして理解しても頭が回っておらず、完全に固まってしまっていた。


「……………………」


「な……なによ……黙りこくって……」


 シェリルも気恥ずかしさからか顔を真っ赤にしていたが、フリントは言葉をかけることもできず立ち尽くしていた。シェリルもその空気に耐え切れず、フリントの胸を叩く。


「…………そういう雰囲気って思ったの。…………なんか言ってよ~!」


「あ……う……く……くさ…………」


 だが言い終わる寸前、フリントと顔面に何かが飛んできて、フリントは勢いよく吹っ飛ばされる。余りの速さにフリントもシェリルも反応できなかったが、少し経ってそれがミレイヌだとようやくわかった。


「ミ……ミレイヌさん……。加速の紋章壊れてるはずなのに、早すぎません……?」


 ミレイヌは手をはたきながらシェリルに対して笑顔を浮かべる。


「元々紋章は無くとも鍛えておりましたから。……別に私はシェリル様とフリントが口づけすることに反対はしておりませんよ。……それに」


 ミレイヌはシェリルの口元で妖しく囁いた。


「私、女性とも問題ありませんから」


 その言葉を聞いて、シェリルは更に顔を真っ赤にさせた。ミレイヌはシェリルにウインクしてから今度はフリントの方に向かい、倒れてピクピクしているフリントに小さな声で言った。


「あなた今なんて言おうとしました! ?思考停止状態になるのはわかりますが、少しは言葉を選んでください!」


「ふぁ……ふぁい……しゅみましぇん……」


 フリントは殴られた箇所を腫らし、涙目で頷いて答えた。その様子がおかしくて、シェリルは吹き出してしまう。


「プッ……ククク……アハハハ……!」


 シェリルが笑い出し、フリントとミレイヌも自分たちのマヌケな状況を感じ、同じように笑い出す。


「「「ハハハ……アハハハ!」」」


 そして3人は声を上げて笑った。しばらく笑い続けたあと、フリントは目に浮かんだ涙を拭きながら、シェリルとミレイヌを見た。


「……そうだな。そうか。」


「どうかしたの?」


 フリントの呟きにシェリルが尋ねる。フリントは立ち上がると服についた草を払った。


「いや……確かに俺は決意を貫いた先に、思ったものが手に入ったわけじゃなかった。…………いや、今考えると俺は何を望んていたんだろうなとも思う。だけど」


 フリントは右手を太陽にかざした。シェリルから指摘を受けていたが、この行為をやめようとも思わなかった。


「後悔はしない……してやらない。これが、俺がしてきたことの結末で……これから俺が進むべき“道”ってやつだ」


 フリントの言葉をシェリルとミレイヌは黙って聞いていた。それを囃し立てたり皮肉ったりすることもしなかった。同じことを二人とも思っていたからだ。3人ともここまで来るのに少なくない犠牲を払い、決断の為に他を犠牲にしてきた。そしてこれから先もそうしていくのかもしれない。3人ともこの一連の戦いで、それぞれの成長を実感していた。


「さ~て……そろそろ出ましょうか」


 シェリルは背伸びをすると、運転席に戻っていった。


「今日中に道路があるエリアまで進んで、明日にはモーテルとかに泊まりたいですからね。少し飛ばしちゃいますか」


「そうですね……もうそろそろベッドで寝たいですね」


 ミレイヌも身体の草を払うと、後部座席に座った。花を一輪持ってきており、それを車の壁に飾る。


「よし……じゃあ行くか!」


 フリントも助手席に座り、シェリルはエンジンをかけると車は前へと進んでいった。それと同時に風が吹き、花びらが車の周りを舞っていた。



 それは3人の門出を祝うかのようであり、まだ道は続くものだと暗示しているかのようであった。まだ彼らの物語は――すべきことは終わりではない。だが、それでも彼らは進み続けるだろう。自分たちの決断の価値を信じ続ける限り。

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決断の価値―この石の密林から自由を目指す― @gurefa

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