第13話 貫く決意 後編①

「ちょっと! あんなのと戦うっていうの!? それにどうやって!」


 シェリルはフリントの肩を掴みながら叫ぶように言う。だがフリントはシェリルの手を優しく握ると、落ち着いた口調で言った。


「……あいつが言ったんだ。“聖剣の紋章は魔剣の紋章のカウンター”だと。じゃあ、それは逆も言えるんじゃないか? 聖剣の紋章が暴走した時は、魔剣の紋章がそのカウンターになるんだ。…………こっからあいつの魔力を全て吸えないか、試してみる。シェリル達は俺から離れてほしい」


 フリントはシェリルを突き放そうとするが、シェリルはフリントの手を離さなかった。


「……おい、シェリル? 俺の手を放してくれないか?」


「嫌。離さないわよ」


「おい……!」


「私も同じです。フリント」


 ミレイヌもシェリルの手の上からフリントの手を掴む。


「あのなあお前ら……!」


「“自殺行為”はさせられないって言ってんのよ」


 シェリルは向かってくる騎士に対し指さした。


「クーデリアちゃんの力を使ってあいつを倒そうとするのはいい。だけど、あいつが向かってくる方向、よく見た?」


 フリントはシェリルに言われ、騎士の方をもう一度見た。


「……あっ」


 フリントは自分があるものを完全に見落としていたことに気づき、声が漏れる。その様子を見てシェリルはため息を吐いた。


「やれやれ……。いつもの冴えてる君はどうしたの? 英雄気分に酔って一人で何とかするとか言い出すのは勝手だけど、少し落ちついて!」


 フリントが見落としていたもの。それは飛んでくるガレキだった。騎士がこちらに向かってくる度に、石片が周囲に飛散していた。それが示すものは一つ。


「あの巨大な騎士は、聖剣の紋章と違って“物理的な干渉が効く”。仮に君がここであんなのと戦ったところで、魔剣じゃ防げない石でも投げられて終わりだよ」


 シェリルは言い終わると、フリントに回復魔法をかける。フリントの傷が回復すると、シェリルはフリントから手を離した。


「……私の魔力も大分回復してきた。あいつと戦うにあたって、私が君の盾になる」


 シェリルは手をかざすと、前面に魔力のバリアが出現した。


「これなら細かいガレキ程度は防ぐことができる。……だけど建物を引っこ抜いて投げられたりしたら、流石に私でも防げない」


「だから、今度は私の出番です」


 ミレイヌは車の運転席に座り、それぞれのレバーの配置を確認する。


「先ほど走っている時にシェリル様にある程度の操作は教わりました。防げないガレキは私が車を運転して回避します。同時にこの荒野の奥まで進んでいけば、ロード様をガレキの無いこの荒野までおびき寄せられるかもしれません」


 ミレイヌは車のキーを確認すると、エンジンをかけた。フリントはそんな二人を咎めるような口調で呼ぶ。


「シェリル……! ミレイヌ……!」


 シェリルはフリントの額に額を密着させ、互いの吐息がかかるくらいまで顔を近づけた。


「……本来君はここまで命を懸ける必要はなかった。このまま不能者としてここで暮らすことも命懸けとはいえ……君は何度も死線を超えることになり、そして家族や幼馴染とも死闘を繰り広げてきた」


 シェリルは顔を動かさずにミレイヌに目を向ける。


「君を巻き込んだのはミレイヌさん。そして巻き込まれたはずの君に甘えて命を何度も懸けさせたのは私。…………少しは借りってやつを返させてよ」


 フリントは密着するシェリルの目を見た。互いに顔が目の前にあり、少し寄れば唇すら付けあえるような位置ではあったが、フリントは今は恥ずかしがりもせず、その目を反らさなかった。


「…………悪いな。長い貧乏育ちで、他人に金や物を貸したことがなかったから、そういうことに無頓着だった」


 フリントはシェリルの額から顔を離すと、車の後部座席に乗り込んだ。そして開閉式の屋根を開き座席の上に立つ。


「ここからやってみる! シェリル! ミレイヌ! もうこっから先は俺の個人的な戦いだ! それを承知でお前らに言う! …………頼む!!!」


 シェリルもフリントと同じく後部座席に乗り、フリントの横に立った。


「任せなさいって!」


 ミレイヌはレバーをドライブに入れると、後部座席にいるフリントに言った。


「……フリント、私からも“最後に”一つ言わせて」


「……なんだ」


 ミレイヌは少し躊躇するが、一度大きく息を吸うと意を決して言った。


「ロードを……救ってあげて……!」


 フリントはその言葉に目を見開いた。そして微笑みながら返した。


「勿論だ!」


 ミレイヌは目に浮かんでいた涙を拭い、ハンドルを両手で握った。


「行きます!」


 アクセルを踏み、車が荒野を走り出す。それを共に、フリントは魔剣を両手に握り、騎士に向けた。


「もうどうなるか俺にもわからん……! ただここまで来たらもうあとは……信じるだけだ! クーデリア! 俺に力を貸せ!」


 魔剣の紋章の剣先からオーラが出現し、騎士に向かって伸びていく。数キロ以上離れているはずであったが、そのオーラは一瞬で騎士にまで届き、そしてオーラが着弾すると共に、爆発的な魔力の奔流がフリントを襲った。


「うあああああっっっ!!!???」


 余りの衝撃にフリントは魔剣を離しそうになるが、辛うじて姿勢を維持する。そして騎士も同時に苦しみ始めると共に、こちらへ向かってくるスピードを増してきていた。


「あいつが来る!」


 シェリルは叫んでフリントたちに伝えると、前面にバリアを出現させた。展開と同時にガレキがバリアに着弾し、慣性を失ったガレキがそのまま真っすぐ地面に落ちていく。


「……同時にガレキたちもね! 妙にコントロールがいいわね! 石術の紋章もまだ機能が生きてるのかしら!」


 また遠くからガレキが飛んできて、シェリルはそれを防ごうとバリアを改めて展開する。しかしそれは遠近法の要領で、こちらに来るたびに大きく見えるようになり、そして大きさが確信できるようになるまで近づいてきたときにはすでに、10m以上の大きさにまでなっていた。


「ミレイヌさん! 横に避けて! デカいのが来ます!」


 シェリルの警告を聞き、ミレイヌは慎重にハンドルを横に切った。急に横に切ると横転するからとシェリルに教わっていたのもあり、後ろのフリントたちが姿勢を崩さないくらいの体勢に抑えることができた。そしてそのまま真っすぐ進んでいたらペシャンコに潰されていたであろう箇所に騎士が飛ばしてきた家が落ちてくる。


「ぐ……く……くそっ……!」


 魔剣を騎士に向けながら、フリントは姿勢を保つだけで精一杯であった。自分に魔力はないから魔力が吸われているとかそういうものではない。魔剣の振動が大きすぎて、剣を保持するのが非常に困難になっていた。


「くそ……っ! “魔力を吸い取ってる”んじゃあなくて、これじゃあ“与えられてる”のか……!」


 魔剣が聖剣の紋章から吸い取る魔力が強大すぎて、消化不良を起こしかけていた、このままではガレキが自分たちにぶつからずとも、吸い取った魔力が爆発してここにいる全員が死ぬ。フリントは叫ぶように魔剣に対して言う。


「クーデリア! お前の力はそんなもんじゃないだろう!」


 ガレキがまた飛んできて、シェリルはそれをバリアで防ぐが、防ぎきれなかった一部がシェリルの額を掠め、出血する。


「ぐっ……まだまだぁ!」


 額から出血するシェリルを、横からフリントは見た。シェリルは前面に集中しており、フリントの視線も、額の傷も気にする余裕もない。フリントはまた魔剣の紋章に向かって叫ぶ。


「ここでやりきらきゃ全てが終わっちまうんだ! お前の力に恐怖してるのは、俺も、お前も同じだ! …………もし、お前が暴走しても、俺が命懸けで止めてやる! だから、今だけでいい! お前の全ての力を…………解放しろ!!!」


 フリントの言葉と共に、魔剣から伸びるオーラの太さが増し、その先にいる騎士が苦しみ始める。それと同時に魔力の奔流がさらに大きくなり、白い光が車の周りを包んだ。


「うああああああああっっっ!!!」


× × ×


 何もない空間でフリントは目を覚ました。そして自分の状況を確認すると、ため息をついて髪の毛を搔く。


「あ~…………ちくしょうまたか……」


 この近日中に何度もこんな空間に連れてこられると、フリントももう慣れてしまったのか、とりあえず辺りを見回し、何か無いか探し始めた。


「魔剣の紋章を手にしてから都合何度目だろうかこれ……。古い神秘的な存在は、こういった空に浮いてる空間だとか好きなのか?なら一糸まとわない全裸の女の子とかそういう方向で神秘的に行ってほしいが……」


「慣れすぎでしょフリントは……」


 脇から聞こえた声にフリントはギョッとして声を上げる。


「どわっ!? ……ってクーデリアかよ!」


 フリントはいつの間にか横にいたクーデリアを抱きかかえた。クーデリアは恥ずかしがって、フリントから離れようと腕を伸ばす。


「ま……、待ってよフリント! ちょ……ちょっと……!」


 何とかフリントから離れたクーデリアは、全身の衣服をはたいて整えると、とある方向を指さした。


「ここは魔剣の紋章と、聖剣の紋章の力が高まりすぎたことで発生した空間。だから私も今はあなたと話ができる。……そしてロードと聖剣の紋章もこの先にいる」


 ロードの名前を聞き、フリントも先ほどまでの軽い感じがなくなり、一気に表情も引き締まったものになる。


「ロードは……どうなってる?」


 フリントの質問に、クーデリアは顔を合わせずに言う。


「…………もう本人の自我があるかも怪しい。完全に紋章に飲まれてしまっている。今の彼を動かしているのは魔剣の紋章を滅ぼすという聖剣の紋章の本能だけ」


「わかった……もう終わらせてやろう。…………なあクーデリア」


「なあに? フリント」


「この戦いが終わったら、またお前は紋章に戻っちまうんだろ?」


「…………うん、そうだね。そしてティファニーが言ってたように、あなたに宿っている間は、化身に戻ることもできない。あなたの身体に封印された状態になる」


 フリントは自分の右腕を見た。


「じゃあ、俺のやるべき事はまだあるってことだ」


 フリントの言葉にクーデリアは疑問を浮かべ質問した。


「なにそれ?」


「ロードを倒して俺の人生の目標は終わりじゃないってこと。先にやるべき事があるかないかで、生きてやるってモチベーションは全然違うからな。…………何としてでも生き延びて、シェリルの故郷に行ってやるさ」


 フリントはティファニーの言葉を思い出していた。シェリルの国に行けば紋章を抽出する手段があるということを。そして同時にもう一つの事を思い出す。


「……あと、シェリルがなんか“遊園地”ってとこに連れてってくれるって言ってたからな。クーデリアも行きたいだろ?」


「遊園地……。いや、一応知ってるけど……私が行っていいのそれ?」


「あん? なんでだよ?」


「いや……多分私がいないときに話したんだろうけど……。それって……」


 フリントはしばらく考えて、そして恥ずかしさから顔から火が噴きそうなくらいに赤面した。


「…………お前、なんか前会った時よりも大人になってないか?」


「一応1000年生きてるからね。紋章を弄られて“大人しい少女の人格“を与えられてはいるけど、その本質はまた別のところにある。もしかするとまた今度会うときには性格が変わってしまっているかもね」


「でも、お前はお前だ。魔剣の紋章、クーヒャドルファン、クーデリア。全部ひっくるめてお前、だろ?」


 フリントの言葉にクーデリアは微笑みながら答える。


「……うん。“あなたの相棒”という事に、変わりはない」


 フリントはクーデリアに右手を伸ばし、クーデリアはそれを受けて自分の右手を伸ばす。そして互いに握手をすると、クーデリアの身体が光り、魔剣になってフリントの右手に収まった。


「行くぞ! クーデリア!」


 フリントはクーデリアが指を刺した方向に向かって走り出す。そしてしばらくして巨大な閃光が上がり、この空間は音をたてて崩れ去っていった――。

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