第13話 貫く決意 中編②

 アレクシスが妊娠して8か月目。診断している医者や、ましてや当の母親も一切気づくことは無かったが、お腹の中にいる双子の片割れは死の危機に瀕していた。体力が持たず衰弱しきっており、死が目前にまで迫っていたのだった。


(お兄ちゃん……僕……もうダメみたいだ……)


 後にロードと名付けられる赤ん坊は同じお腹の中にいる兄に思念を送る。


(あきらめるな……一緒に外に出て、たくさん遊ぼうよ……! )


(ごめんお兄ちゃん……僕の分まで生きて……)


 同じく後にフリントと名付けられる赤ん坊は死にかけている弟に心配する思念を送った。


(…………僕がなんとかする)


(お兄ちゃん……?)


(僕の……生命力をお前にやる。そうすれば、きっとお前もよくなる)


(そんな! 駄目だよお兄ちゃん! そんなことしたらお兄ちゃんが! )


(……大丈夫だよ。僕はそんなことで決して死んだりはしない。決して諦めたりはしない。必ず、お前のお兄ちゃんでいてやるから……)


× × ×


「はっ!」


 ロードはハッとして前を見た。先ほどまで向かい合っていたフリントの姿はなく、慌てて周囲を見返してその姿を探そうとする。しかしその瞬間、何かが顔面に当たり、ロードは姿勢を保つことができず倒れる。そして何と身体を起こすと、目の前にはフリントがいた。どうやら今の衝撃はフリントがロードの事を蹴飛ばしたようであった。


「そうか……そうだった……俺は……!」


 ロードの事を見るフリントの目には涙が浮かんでいた。その表情は先ほどまでの敵意を向けたものではなく、弟に対し哀れむような表情になっていた。


「…………兄さんも思い出したのか」


 ロードはフリントに対して言う。自分の表情がどうなっているかロードはわからなかったが、おそらく目の前のフリントと同じような顔をしていると実感していた。


「……俺が不能者になった理由、お前が複数の紋章を宿せるようになった理由。全部、辻褄が合うからな。…………おそらく、あれは幻覚や妄想なんかではなく、本当にあったことなんだと思う」


「僕は……兄さんに救われてたのか……。兄さんは……僕のせいで……今まで……!」


「ああ、そうかもしれないな。そして、だからこそ俺はお前の兄でいるって誓ってたのかもしれない。だけど」


 フリントはまたロードの顔面を蹴り飛ばした。ロードはもう抵抗する気力もなく、無抵抗にそれを食らって倒れた。


「……だけど、もう決めちまったんだな。“外に出る”と」


 ロードが動かなくなったのを見て、フリントは腕で目の涙をぬぐい、そして背を向けてシェリル達の下へ歩き出した。


「俺は、俺の“決断の価値”を貶めない。全部投げ捨てても、俺は、前に進む。……今の俺には、あいつらが……そして」


 フリントは地面に刺さっていた魔剣に右手を向けると、魔剣の紋章を解除した。


「クーデリアがいる。……だから……じゃあな」


 フリントは倒れる弟(ロード)に一瞥もしなかった。紋章が刻まれた右手を掲げ、空に浮かぶ太陽に手を伸ばす。ロードは眩しくて、その光景を微かにしか見ることができなかった。



「勝ったぞ~!」


 フリントがボコボコの状態でシェリル達の下へ駆け出すが、シェリルとミレイヌはそれを祝福もせず、露骨に顔を反らしていた。


「…………何か言ってくんない?」


 フリントは気まずさを感じシェリル達に話しかけるが、なおもシェリル達はフリント無視する。


「な……なあ……顔面というか、もう全身怪我だらけで痛くて歩くのも厳しいんだけど……。回復魔法とか……お願い……でき……ませんか……?」


 下手に話しかけるフリントに対し、シェリルは大きくため息をついた。


「はぁ~~~…………。もうちょい顔面ボコボコにされて、その腐った脳味噌を叩き直してもらった方がよかったんじゃないの?」


「あの~……シェリル…………さん?」


 ミレイヌも同様にため息をつく。


「はぁ……。しばらく、そのまんまでいて頭でも冷やしたらどうです」


「いやミレイヌ……その……頭が熱持って痛いから冷やすための氷嚢でもいいから欲しいんですが……」


「「はぁ……」」


 シェリルとミレイヌは二人合わせてため息をつくと、フリントの事を待たずに建物の屋上から降りて行った。


「ちょ……ちょっと待って! 本気で身体中痛いんだって! ま……待って! 謝るから! 本当ごめんて! だから……ちょっと……待って~!」


× × ×


 そしてフリントたちはしばらくシェリルの先導で第三区画を歩いていた。シェリル曰くもう目的値は近いとのことで、探査能力持ちのティファニーが降伏した現状、普通に歩いて行った方が見つかりにくいとの判断だった。そして不能者であるフリントの手に紋章がある間は、直接紋章に魔力を与えない限りは魔力の吸収も行われない。つまり敵はフリント達の追跡手段を失ったのだった。


――そして3時間後。


「よし……このあたりかな」


 日も暮れて夕焼けが周囲を包む中、シェリルはある建物の前で足を止める。何かの倉庫であったようで、建物自体はそんなに大きくはないが、入り口が大きく作られていた。


「一体この建物に何があるんだ?」


 未だ顔面がボコボコのままのフリントが建物を見ながら言う。フリントから見ても何の変哲もない建物であり、ここに何か大げさなものがあるようには見えなかった。


「確か……君には見せてたよね。これ」


 シェリルは懐から熊のキーホルダーがついた鍵を取り出す。


「あ、それ……確か“じどうしゃ”の鍵だっけか?」


「そう、自動車の鍵。最後の脱出手段として、車をここに用意しといたの。ま、百聞は一見に如かず。日ももう落ちちゃうし、さっさと車に乗りましょう」


 シェリルは倉庫の扉を開けると、中で照明の魔法を使う。するとそこには、イシスニアにあるような曲線調の貴族が乗るような車ではなく、全体的に四角で無骨な、タイヤの大きい車がそこにはあった。シェリルは鍵をチャリチャリと鳴らしながら、運転席に乗り込む。


「ふっふっふっ……! こいつはそんじょそこらの車とは違う、“軍用車”ってやつだからね……! 4WDでパワー抜群! ちょっとした荒地くらいならガンガン走っちゃうよ~!」


 事前に用意しておいた車。これは魔力障壁への侵入時に”兵器”とみなされなかったのか、持ち込むことができた。そしてシェリルは地下鉄の整備をしながら、地下鉄の終着点にこの軍用車の準備を行っていた。


「でも……こいつをここで乗ってどうするんだ?まだ第三区画は続いて……」


 フリントの質問を遮るように、シェリルは車のエンジンを起動する。ガソリン車の起動音が鳴り響き、聞いたことのない音にフリントとシェリルはビックリしながら車を見た。シェリルは驚いて固まっている二人に催促するように手を振る。


「さ! 乗った乗った! 大丈夫、もうこいつに乗ったら殆ど脱出に成功したようなもんだから! それよりも日がもう暮れちゃう方が問題だから早く乗って!」


 質問が打ち切られたフリントは渋々車に乗る。フリントが後部座席に乗り、ミレイヌは助手席に座った。


「シートベルトをしっかり着けといてね。一応つけ方を説明すると……」


 シェリルは車に乗った二人にベルトのつけ方を説明すると、意気揚々と腕を前に突き出した。


「よーしいっくぞー!」


「テ……テンション高いですね……」


 やけに楽しそうなシェリルを隣の席から見ているミレイヌは思わず不安になり声をかけた。だがシェリルは全く気にしないかのようにウキウキのまま答える。


「車の運転好きなんですよ私~! いっきますよ~! ゴーゴー!」


 車が動き出し、倉庫から出る。そしてシェリルが取った進行方向を見て、フリントはシェリルの自信の出所がわかり納得した。


「なるほどね……もう……“ここまで”来てたのか」


 ミレイヌもフリントと同様、今の自分たちの状況を把握した。


「そうか……“ここまで”……来てたんですね」


 シェリルの運転する車の進行方向にはもう建物は存在せず、一直線に道が続いていた。確かにまだ左右に建物はあるが、一点だけ今までのイシスニアの中ではありえない光景が前方にあった。それを見てフリントはつぶやく。


「“地平線”。ってやつか……これが……」


 そう、前方に建物が無い地平線があった。そしてそれは、第三区画の終わり――そして石の密林からの脱出が近いことを示していた。荒野の広がる、第四区画の入り口だった。


× × ×


 日が暮れ始める中、ロードはまだ倒れて空を見ていた。全身の力がもう無く――いや動こうという気力がもう無かった。帰る家は無く、軍の籍もはく奪され、恐らく自分は前代未聞の殺戮犯としてお触れも出されているだろう。そして今まで自分の生きる目的だった兄への殺意も、全くの空回りだと知ってしまった。――もうロードの人生には何もない。


 ――まだお前にはすべきことがある。


 ――すべきこと? もう僕にすべきことなんて。


 ――いや、これはお前にしか成し遂げられぬ事だ。


 ――僕だけに?


 ――そうだ。お前はわかっているはずだ。


 ――何を?


 ――“あの紋章”を外に出してはならぬことに。


 ロードは思い出していた。集落での戦いを、駅前での戦いを、そしてあの一騎打ちを。そこには兄と共に何があった?


 ――そうだ。“あの紋章”は外に出しちゃいけない。


 ――あれは外に出れば、世界を滅ぼす災禍となる。


 ――でも僕にはもう何もできない。


 ――躊躇うな。お前は選ばれし人間だ。


 ――躊躇う? 何を?


 ロードの心臓の鼓動が激しく鳴りはじめ、ロードは操られたかのように身体を起こす。


 ――お前は、我の”真の力”を使う資格がある。


 左手から聖剣の紋章を起動させると、その聖剣から魔力が噴き出し始める。


 ――それは選ばれた者だけが使役できる究極の力だ。


 その噴き出した魔力はロードの全身を覆いつくすと、次第に“何か”が形作り始められる。


 ――そうか。これが……僕の生まれた意味。


 ――そうだロード・ギミ。選ばれし者。


 その形作られたものはフリントたちが向かっていった方角へ向くと、その手を伸ばした。


 ――お前が、世界を救うのだ。



 シェリルの運転は思ったより快適だった。車の運転が趣味であるためか、好きは上手の元であると言うべきか、スピードの割に恐怖を感じさせるようなものではなく、フリントもミレイヌも目の前に待つ初めての第四区画への光景に胸を躍らせていた。――が、その時だった。


「グオオオオオッッッ!!!」


 後ろから何か振動が起こり、同時に聞いたこともないような咆哮が鳴り響く。そして同時に車は第四区画へと到達し、フリントたちは初めて360度周囲に建物も何もない光景を見ることができた。しかしその光景よりも、背後に広がる建物に――いや、その中にある異形のものに目を奪われていた。車が止まると3人は急いで車から出て、“それを”仰ぎ見る。


「な……なんなのよ……これは……!」


 “騎士”。シェリルが真っ先に思い浮かんだ言葉はそれだった。――その体躯の大きさを無視すれば。黒い鎧を全身に来たその騎士のような何かは、目算で全長30m以上はあり、地鳴りを上げながらシェリル達の方へゆっくりと歩いてきていた。


「…………ロード」


 フリントはその騎士を見て思わず呟いた。その呟きを聞き、シェリルはフリントに慌てて突っ込む。


「き……君何言ってんの?」


 シェリルからの突っ込みを受け、フリントも我に返るがそれと同時に確信に近い思いがあった。


「いや……冗談で言ってるわけじゃない。俺にはわかるんだ……あれは……ロードだ……」


 仰ぎ見るフリントと騎士は目が合った。距離として数キロ以上は離れているため互いに視認できるような距離ではない。――だがそれでも目が合ったと互いに感じていた。フリントたちを見つけた騎士はその方向へと真っすぐ進んでいく。


「紋章の……覚醒……!」


 ミレイヌは騎士を見て、あることを思い出していた。


「ミレイヌさん、何か心当たりが……?」


「…………私が子供の頃、ブリッジ様から聞いたことがありました。かつてあった世界戦争では、究極紋章は今のような人の身で使えるようなものではなく、使用者たちはそれぞれ強大な紋章の化身と化し、世界と戦っていたと。今はそうならないように封印をかせられ、人の身で使えるようにしたものだと。無論、それは単なるお伽話の範疇であり、本気で信じられていた訳ではありませんでした。しかし……これは……!」


「ロードがやったんだ……あくまで俺を殺すために……。いや、違う……!」


 フリントは右手を見た。あの騎士に反応しているのか、魔剣の紋章が痛みを感じるほどに鳴動していた。


「魔剣の紋章を滅ぼすために、聖剣の紋章が真の力を……!」


 フリントは魔剣の紋章を起動し、顔を騎士へと向ける。


「…………思えばこの戦いはもう誰の意思で行われたものでもなくなった。黒幕であった人間は全員死に、俺も、ティファニーも、ロードもただ状況に動かされるままに戦っただけだ」


 フリントは左右にいるシェリルとミレイヌを見た。


「だけど、俺は“それをよしとする決断“をした。敷かれたレールでも、迷わず進むと決めたから、ここまで来れたんだ」


 フリントは深呼吸をして目を瞑り今までの事を思い出す。不能者での集落のこと、駅前での戦いのこと、地下での戦いのこと、地下鉄でのゴーダン達との死闘のこと、第三区画でのティファニー達との戦いのこと、そしてロードとの一騎打ちを。全ての思い出を振り返り、そして目を開けて剣を騎士へと――ロードへと向けた。


「全部、終わらせてやる。もう、決着を曖昧にしたりしない。お前か俺か! どっちが生き残り、どっちが滅ぼされるか! これで最後だ! ロード!」

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