第13話 貫く決意 中編①

 フリントは屈んで四肢に力を入れた構えを取る。ゴーダンとの闘いの時にも使用した構え。陸上競技のクラウチングスタートのように、一瞬の瞬発に力をかける体勢だった。ロードはその構えを見て、即座にフリントの狙いを理解する。格上相手に一発逆転を賭ける手――低空タックルだと。


 だがその浅はかな狙いにロードは思わず笑みを浮かべてしまった。確かに背丈や体重が同じくらいなら、強引に崩すことで逆転へのきっかけを掴めるかもしれないが、そもそもそれができれば苦労しないのだ。タックルに合わせて捌き・迎撃といくらでも対処はできる。


「それが……お前の最後の手だって? 僕が訓練でその手の対策をしてこなかったとでも思うのか?」


 ロードはやれやれといった具合にフリントに言い放つ。だがフリントは集中し、いつもの皮肉を言い返しもしなかった。痛みを無視できるほどに集中しているとはいえ、もう全身ボロボロなのは否定しようがなかった。これが最後の攻撃であり、最後に打てる手なのだ。


「だりゃああああ!!!」


 フリントは全身のバネを使い跳躍する。そして真っすぐロードに突っ込んでいくがロードはそれを落ち着いて把握していた。


 先ほどから地面に置いた聖剣の紋章と魔剣の紋章が共鳴しあい、魔力の渦が爆発的に流れているために身に着けている紋章は使えない。だがそれは同時に外にいる二人からの手出しもあり得ない。つまり、自分がすべきことはこのフリントの攻撃を確実に捌くこと――。


「!!!???」


 ――突然右腕に激痛が走る。何をされたかを確認する間もなく、フリントがロードの太ももを抱え、そのままロードを地面に倒すと、そのままロードの両腕を掴んで地面に抑えつけた。


「…………さて、予言通り言ってやるよ。“最後に何か言うことはないか”?」


 フリントは息を切らしながら、ロードを見下して言う。だがロードは一切怯まずに答えた。


「まだ……僕はたた…………ブッッ!!!???」


 だがロードが答え終わる前に、フリントは頭突きをロードの顔面に叩きこんだ。額にロードの血が糸を引いて付き、フリントは改めてロードを見下して言う。


「そうだ。そうやってゲロくせえ口からしょうもねえことをほざいてろ。……その方が舌を噛み切って早く死ぬだろ?」


 フリントは改めて頭突きをロードに叩きこむ。抵抗できないよう両腕は抑えられ、1発、2発と叩き込む度にロードの身体は痛みの反射で震える。だがフリントは全く容赦をせず、3発、4発と頭突きを叩き込み続けた。



 その凄惨な光景からシェリルは目を反らした。相手が死んでもいいという覚悟の下、フリントは一切力を緩めずに攻撃を続けている。そして目を反らした際に、地面にあるものが落ちていることに気づいた。


「あれは……“銃”!?」


 先ほどフリントが突撃前にいた場所に、拳銃が落ちていた。恐らく現在のイシスニアで何とか再現できる物を作ろうとしたのだろう。外のものに比べたら技術力は比べものにならない程お粗末ではあるが、1発2発撃つだけなら問題はないであろう燧石を使った、先込め式の銃(フリントロックピストル)だった。


 シェリルはフリントを見た。――ここまで仕込んでいたのか。そのフリントの冷徹な行動に半ば恐怖に近い感情を抱いていた。ここに来るまでの間に倒してきた兵に会うのは不自然なことではない。恐らくそこで大きさ故に隠しようがない小銃ではなく、隠して持つことが容易な拳銃を調達したのだろう。そして互いに出し切った最後の最後の時の隠し玉として、ここまで温存し続けたのだ。


「フリント君……もう……!」


 なおもロードへの攻撃を続けるフリントに、シェリルは思わず声を出してしまう。もう10発以上は頭突きを入れており、抑えられているロードの両腕ももはや抵抗する力すら無くなっていた。


「もうやめて! それ以上は……!」


 シェリルの叫び声にフリントは動きを止める。そして頭突きを叩き込み続けたロードの顔面がひどく腫れあがっており、目に涙が浮かんでいるのを見て“しまった”。


「ロード……俺は……!」


 その涙を見て、フリントは昔のまだフリント・ギミでいられた頃の日々を思い出す。いつも隣にいた双子の弟。勝気で自分たちを振り回す1歳上の幼馴染の少女。自分たちを見守ってくれる優しいメイド。そして――。


「母さん……俺……俺……!」


 フリントは抑えていたロードの両腕の力を緩めてしまった。そして呆然としていると、突如腹部に激痛が走り、叫んでその場から動いてしまう。


「ぐああああっっっ!!!???」


 先ほど屋上から飛ばされた際に傷を負っていた脇腹に、ロードの指を突っ込まれていた。そしてそのままその傷口を広げるようにグリグリと抉り、フリントは痛みからロードを蹴り飛ばす。


「あ…………くあっ…………」


 ロードは顔面から血を滴らせながら、何とか立ち上がろうとする。もう元の面影は全く残っておらず、息をするのも辛い状態であったが、それでもフリントへの敵意を失うことは無かった。


「殺す……ブッ殺してやる……」


 フリントも脇腹の傷が開いたことで張りつめていた糸が切れてしまった。全身の打撲箇所の熱が止まらなくなり、腹に力を入れるだけでさらに傷が広がる感覚があり、もう走る殴るなんてことはできないように感じた。だがそれでもロードの方へ足を進める。


「ええどうしたよイケメン優男! 顔面へっこみまくってもうめちゃくちゃじゃねえか! それじゃあ女の子はもう近寄らないなあ! お前男の友達いなくて、女の子しか周りにいねえのに、それじゃあもうどうしようもねえじゃねえか!」


「黙れ……! お前なんて男も女も友達いないだろうが……!」


 ロードは何とかフリントに殴りかかろうとするが、もはや自分のパンチに耐える体力すらなく、フラフラと倒れてしまう。なおも攻撃するために立ち上がろうとするが、そこをフリントが蹴り飛ばそうとする。しかし、フリントも蹴りの体勢すら保つことができず、明後日の方向に振り回し、そのまま頭から地面に倒れた。


「があーっ……! があーっ……!」


「おえっ……うえっ……!」


 だが尚も二人は互いへの攻撃をやめようとしない。何とか腰立ちになって互いに向き合うと、額を合わせあいにらみ合った。


「誰が……友達がいないだと……!」


 フリントは息がかかるくらいに密着した状態で目の前の弟に文句を言う。だが弟は勝ち誇ったようにフリントに吐き捨てる。


「……だってあんた、不能者の集落で授業しているとき以外、だいたい一人だったろ……! 作業に従事してるときや、街を歩いているときとか、誰かと一緒にいたところ見たことないぞ……!」


「う……うるせえ!」


 フリントとロードは互いに額をぶつけあって頭突きをしあう。鈍い音が鳴り響き、互いにグロッキーになるが、それでも額を離すことは無かった。


「だいたいフリント……! 女の子しか僕の周りにいないと言うが……! そんなのモテない男のやっかみ以外の何物でも無いだろうが……!」


「この……!」


 フリントとロードはまた頭突きを互いに行う。改めて鈍い音がなり、今度は互いに腰立ちでも体勢を保てなくなり、一緒に背中から倒れる。だが、それでも二人は起き上がった。フリントはもう何も攻撃手段がない中、ロードの頬を右手で掴む。


「だいたいお前は……! ミレイヌで本気で惚れてるような素振りしやがって……! それでミレイヌが俺を向いてるから俺を憎んでるとか純愛っぽいホニャララを見せやがって……! お前13歳の頃にその時先輩だった軍学校の女先輩に初めてを優しく頂かれてるじゃねえか! しかもそっから3年間で10人もの女の子引っかえ取っかえしやがってよお! な~にがミレイヌへの本気の恋慕がクソボケが!」


 フリントはロードの頬をつねりながら文句を言った。その文句を聞いてシェリルが冷静に突っ込む。


「…………なんで君そんなこと知ってるワケ?」


 シェリルの突っ込みにフリントはしまったと身体を硬直させ、右手を離してしまう。そして今度はロードがフリントの髪の毛を掴んで言う。


「そりゃあ知ってるよなあ……! なんせ僕が家に女の子を連れ込む度、僕が女の子と遊んでるとこ覗いてたたろ! 知ってんだよ僕は!」


「ホギャアアア!!!??? なんで知って……! ってイダダダダダ!!!」


 ロードはフリントの髪の毛を引っ張りながら続けた。


「僕が女の子と抱き合う度に屋根裏から何か揺れる音が聞こえてくんだよ! いつか問い詰めようと思ったがやっぱりか! それだけじゃない! ミレイヌと父さんの時も、同じように覗いてたろ!」


「ハアアッッッ!!??」


 ロードの暴露にミレイヌが顔を真っ赤にしてフリントを睨んでいた。フリントは泣きそうな顔をしながらロードの頬をまた掴む。


「お……お前それ以上言うんじゃねえ!!! …………というかお前それ知ってて見せつけてたのかよ!? じゃあ偶に妙に見やすいアングルになるときがあったのって……あれってそういう事かよ!?」


「そんなわけあるかぁ!」


「それ以外に何があるんだよ! お前もしかして俺に見られる方がこうふ……」


「犯罪者の理屈だろうそれは!」


「う……うるせえ! というかミレイヌの見ている時、たまに何か変な気配感じることがあったけど、それってお前も……! あ、だから俺が覗いてたこと知って……」


「だ……黙れええええ!!!」



 目の前で行われる最低な痴話げんかに、シェリルとミレイヌは先ほどまでの緊張感が嘘のように冷めた目で二人を見ていた。


「ミ……ミレイヌさん……」


 シェリルはゲンナリした表情を浮かべながらミレイヌを呼ぶ。ミレイヌも同じようなゲンナリとした表情になっていた。


「私たち……一体何を見せられているんでしょうか……」


「さあ……何なんでしょう……」


 もう互いにパンチもキックも出せず、互いに死ね、ハゲ、きもい等の脈絡のない言葉を言い合いながら引っ張りあうくらいしかできないドロドロの泥試合の様相になっていた。ミレイヌは目から涙を流しながら一人漏らす。


「うう……私はこんな風に二人を育てた覚えはないのに……」


 シェリルはそう言うミレイヌを冷ややかな目で見ていた。――いや絶対二人が性癖こじらせたのあんたのせいだろと、言葉に出かかったがギリギリでそれを飲み込む。そうこうしている間に、痴話げんかに決着がつきかけていた。



「だいたい! お前のせいで……お前のせいで僕は!」


 ロードは両手でフリントの頬をつねりながら、目の前の兄の姿を見た。


「お前はいっつもそうだ! 僕の意見なんか聞かないで、いっつも年上ぶっていた! 双子なんだから違いなんてないはずなのに、あんたは!」


 ロードは子供の頃を思い出していた。引っ込み思案だった幼少期、頭のいい兄にいつも助けてもらっていた。眠れない夜には絵本を読んでくれた。我慢できなくておしっこを漏らしてしまったときも、機転を利かせて誤魔化してくれるどころか自分も漏らしてうやむやにしてくれた。幼いころから異様に頭がよく、そして不能者になってからもその立場にへこたれることなく、自分に兄たる人間であろうとしていた。


「僕は……あんたに何も頼んじゃいない!」


 ロードは自分が今発している言葉が理解できなかった。ただ感情に、本能に突き動かされるまま、肺から声が出ていた。


「なのにあんたは……! そうやって何もかも背負い込んで……! だからあんたは……! あんたは…………!?」


 ――あんたは僕を庇って不能者になったんだ。ロードの脳裏に謎の言葉が浮かんだ。僕を庇って不能者になった? どういうことだ? なぜ僕はそんなことを――。


 ロードはフリントの頬から手を放す。同様の衝撃を目の前のフリントも受けているようだった。


「ロード……俺は……何をしたんだ?」


「“兄さん”……僕は……あなたに……」


 二人は同時に思い出していた。まだ二人がこの世に生を受けていないころ。母であるアレクシスのお腹の中にいたころを――。

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