第13話 貫く決意 前編②

 フリントは改めて魔剣の紋章の出力を全開にし、強大な魔力が周囲に放出され続ける。だがその魔力を加速や攻撃に使用しているのではなく、単に空気中に発散しているだけの状態となっていた。


「あれは……どういうことだ……?」


 ロードはそのフリントの様子を訝しんで見ていた。そしてその目線をフリントも気づき、表情に出さないように心の中で舌打ちする。


(ちっ……やっぱり気づいたみたいだな……。俺が魔剣の紋章を使える理由について……)


 フリントは魔剣の紋章のオーラを爆発させ、周囲から魔力を吸い取る。本来であれば吸収量より消費量が上回る技で、かつ奪える対象がいないこの状況ではまるで意味のない技ではあった。だがフリントのその様子を見て、ロードも舌打ちをした。


「お前は気づいているのか……! 僕のしていることに……!」


「まぁな。それっぽい“あたり”はついてるさ。……この壁がお前の見えない攻撃に“直接的”な要因になってなく、“間接的”な要因になってることはな」


「そうか……なら、もう“見えない”攻撃はする必要はないな」


 そういうとロードは自分の周囲から石を出現させる。――地面からではなく、何もない宙空から石が出現していた。


「やはりな……! てめえのその見えない攻撃の正体は、常識外れの魔力量にものをいわせた石の生成か……!」


 フリントは先ほど見えない攻撃をされた側頭部の痛みを思い出して擦った。厳密は“見えない”のではなく死角からの攻撃である、石術の紋章による石の生成。


 本来無から石を生み出すような能力ではないが、聖剣の紋章の圧倒的な魔力により、それを可能にしていた。そして周囲の壁は魔力の密度を高めるために、魔力が散ってしまわない為の側板の役割を果たすためのものだった。


「……俺がさっきお前の壁への操作を遮断するために魔力を爆発させたとき、見えない攻撃が一時的に止んだことで気付いたんだ。あの時俺はフラフラだったにも関わらず攻撃が飛んでこなかったからな。……爆発によって周囲の魔力の密度が減ったから、攻撃が不可能になったって訳だ」


「……正解だ。流石だよ“兄さん”。魔力不能者なのにそういう目ざとい気づきだけは大したものだね。……じゃあ問題だ。僕がこれからあなたにしようとしていることを、気づけるかな?」


 言い終わるとロードは徐々に浮き始めた。手を広げながら、自分の周りに石を漂わせ、フリントから距離を取るように離れていく。


「おいおい……! 魔力が無尽蔵だからってそんなんありか……! もう何でもありになっちまうじゃねえか!」


 フリントがロードの無茶苦茶な動きに突っ込むが、ロードは薄く笑って返す。


「別に不思議じゃないさ。加速の紋章で魔力によって自分の身体を飛ばしているようなものだろう? ……そんなことより、自分の周りを少し注意してみた方がいいんじゃないか?」


 ロードの言葉でフリントは初めて自分の周囲の状況が変わっていることに気づく。壁に囲まれている事には変わりがないが、先ほどまではなかった“あるもの”に囲まれていた。


「マジ……?」


 フリントは自分の額から流れる汗が一瞬で増えたことを感じられるくらいに、自分の置かれた状況がとんでもなくまずい方向にいっていることを自覚した。


「じゃあ今度は僕が当ててやるよ。兄さんが先ほどから魔剣の紋章を使えている理由。それはいたって単純な理由だ。魔剣の紋章から常に魔力を消費させることで、魔力がパンクしないようにしているんだろう?」


 ロードはフリントの魔剣の紋章を指さす。


「さっきティファニー諸共攻撃した時に死ななかったのも、その時に魔剣の紋章の魔力の消化が終わったからだ。そして先ほどから魔剣の紋章が湯水のように魔力を使っているのに魔力を失っていない理由。それは僕が聖剣の紋章から発している魔力を常に吸収しているからだ」


 フリントはしばらく黙り、そして重い口を開いた。


「……正解」


 フリントのその言葉を聞き、ロードは満面の――そして歪んだ笑みを浮かべた。


「ありがとう……。初めてあなたから素直に褒められた気がするよ。じゃ、そろそろ死んでもらおうか……」


「ご勘弁願いたいねえ……。その“無数の石で滅多刺し”は……!」


 フリントは自分の周囲にある数えきれないほどの浮いている石を見た。360度完全に囲まれており、壁もあるため逃げることすらできない。ロードは両手を広げ、まるで引き絞った弓を構えるかのように、その石をぶつける準備をしていた。


「“何か言うことはあるか”?」


 ロードは先ほどシェリル達にも行った勝ちを確信した時の言葉をフリントに吐いた。だがフリントは唇を歪めて返す。


「フン、予言しといてやるよ。数分後に、全く同じセリフをお前に言ってやる……!」


「それは楽しみだ」


 ロードは両手をフリントにぶつけるように振ると周囲から石がフリントに向けて飛んで行った。フリントは魔剣を構え飛んでくる石を迎え撃つ。


「ああ、やってやるよ!!!」


 フリントは前面から来た石を薙ぎ払うように剣を伸ばして石の魔力を吸い取る。次はその勢いのままに後ろを向き、後ろから来た石も同じように薙ぎ払う。だが一部は吸収しきれずに数個は身体にぶつかるが、フリントは極限状態からかその痛みを無視して、今度は一斉に吹き飛ばすためにオーラの爆発を使った。だがこれは一度使ってしまえば次の石はまた自力で受けなくてはならなくなる奥の手。しかし極度に集中したフリントは次に飛んでくる方向の石を確認すると、防げるものと防げないものを瞬時に判断し、その中でも急所に当たると思われるものを何とか防ぎ、一部はまた食らっても動けるだけの体力は確保していた。


「この……! この……!! この……!!!」


 そして対するロードもこの技が何の消耗もなくできるわけではない。石を出現させるのにそもそも尋常でない集中力を使い、また巻き込まれないために浮いているがこの浮くだけでも常人の集中力を遥かに超えていた。

 

 最初は数撃で終わると思ったのに、10手以上経ってもフリントはまだ石を防ぎ続けている。聖剣から与えられる無尽蔵の魔力があっても、ロードの集中力がすでに限界を迎えていた。オーバーヒートを起こした脳が熱を持ち、鼻と目の毛細血管が切れ、出血を起こす。――もうこれ以上は無理だ。


「これが最後だああああ!!!」


 ロードは最後の力を振り絞り、今までにない量の石を作り出した。そしてもうまともに前すら見えない状況の中、それをフリントにぶつけるために一斉に前に飛ばした。狙いが定まらない石はフリントだけでなく、近くの地面にもぶつかり煙が巻き上がる。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 ロードはまだ何とか浮いていた。だが先ほどまでの余裕はもうなく、フラフラとゆっくりと降りていく。


「これで……これで僕の……」


「誰がお前が勝ったって?」


 ロードは突如背後から聞こえた声に驚いて振り向くが、その瞬間にこめかみに強い衝撃が入り、地面に叩きつけられた。


「ガハッ……!」


 受け身も取れず地面に激突したロードは立ち上がることもできず、その場で咳き込む。そして数瞬後に同様の激突音が聞こえ、ロードはそちらを見た。


「ゲホッ! ガボッ!」


 ロードに一撃を加えたフリントも着地に失敗し、身体が強く叩きつけられていた。何とか立ち上がろうと全身を震わせながら関節を伸ばすが、それも上手くできずに地面に這いつくばっていた。防ぎきれなかった石がぶつかった跡が全身に残っており、身体中に痣や出血が起こっていた。――だが、まだ戦える。


 ロードは聖剣を杖替わりにして何とか立ち上がる。そしてそれと同時にもはや周囲の壁を維持することすら困難なのか、壁が崩れていった。フリントもロードが立ち上がったことを確認すると、魔剣を杖替わりにして同様に立ち上がる。


「ハアッ……ハアッ……!」


「ぜーっ……ぜーっ……!」


 もう二人は紋章を使えるほどの余力も残っていなかった。互いに地面に剣を刺すと、ゆっくりと一歩ずつ前に歩いていく。そして互いに1mほどに近づいたところで足が止まった。そこで壁の外にいたシェリル達もようやくフリントたちの様子を確認できるようになった。


「ミレイヌさんあれ見てください……! あの二人……!」


 シェリルは互いに見合ったまま動かないフリントとロードを見て指をさす。言葉には出さないが“今なら囲んで倒せる”とも暗に含ませていた。だがミレイヌはそんなシェリルの身体を腕で制して首を振った。


「……この戦いにもう私たちの入る隙間はありません。あとはすべてフリントに託します……!」


 おそらくあの地面に刺している剣。あれは互いに紋章の効果を食い合っているからこそ、自分たちに被害が来ていないのだと、そして近づけばあの魔力の嵐に巻き込まれることを直感していた。もしそうでないとしてもミレイヌにはこの戦い手を出す気は毛頭なかった。使命以上の何かを、あの二人に感じ取っていたからだ。


「ロード……!」


「フリント……!」


 双子は向かいあって互いに名前を呼びあった。この16年生きてきて、こうやって至近距離で顔を合わせて名前を呼びあったことは無かったかもしれない。そして、今互いの右手には友好のための握手ではなく、互いに互いを傷つけるための握り拳が作られていた。


「ロオオオドオオオ!!!」


「フリントオオオ!!!」


 互いに互いの顔面を殴りあ――う事はなかった。ロードの攻撃だけがフリントに一方的に当たり、フリントの攻撃はロードの頬を掠めるだけだった。


「な!?」


 フリントはたじろぐことなく次の攻撃を仕掛けようとする。だがその攻撃もロードに避けられ、逆にカウンターでフリントの鳩尾に拳が入り、フリントは悶絶してその場に蹲る。


「ガ……ガヒュ……ッ! な……なんで当たら……!」


 ロードは蹲るフリントの顔面にトーキックを入れ、フリントは鼻血を噴き出しながら背面にぶっ倒れる。ミレイヌはその様子を見ていられないと顔を抑えた。ロードは倒れたフリントに向かい歩きながら言う。


「なんで当たらないかって……? そんなの決まってるだろう。10年間不能者としてせいぜいその日を生きるのに精いっぱいだったお前と、ギミ家を継ぐために軍で訓練していた僕! どっちが強いかなんて火を見るより明らかだろう! お前が底辺で地面を舐めていたとか知ったこっちゃない! 僕は血反吐を吐いて強くなるために日々精進してきたんだ!」


「フリント!」


 ミレイヌはフリントの名を叫ぶ。


「思い出しなさいフリント! 私はあなたに何を教えてきた! ?」


 フリントは朦朧とする意識の中でミレイヌの言葉が無意識に頭に入り込んでいた。そして在りし日のミレイヌとの訓練を思い出す。


 ――不能者であるフリントがまずマトモな喧嘩で勝つことはできない。だからミレイヌは自衛の為の最低限度の技術と、格上への勝ち方をフリントに教えていた。だがフリントは今までその技術を使わないようにしていた。使うような状況にならないように気をつけていたとも言っていい。それもミレイヌが教えたことだった。だが今は違う。自分より目の前の弟の方が体術は遥かに上だ。なら――。


「起きなさい! フリント!」


 ミレイヌの激を聞き、フリントは反射的に飛び上がった。目の前ではロードがフリントに止めを刺そうと下段突きを繰り出しており、何とかギリギリで避けることができた。


「あ……危ねー……!」


 フリントは自分に激を飛ばしたミレイヌを見た。


「気絶するくらい訓練させられて、初めて良かったと思ったよ……!」


 ミレイヌから訓練を受ける中で、何度も意識を飛ばされ、そしてその度にミレイヌに叩き起こされていた。ミレイヌの声を聴いて飛び起きるというのがもう身体の反射として染み込んでしまっているほどに。


 フリントは折れてしまった鼻を無理やり曲げて戻す。気道が確保できると共に鼻血が噴き出し始めるが、その痛みももう感じられないほどに疲れていた。だが不思議と気力はまだ漲っており、自分を睨む弟(ロード)を見た。


「……さっきの予言、覚えているか?」


 フリントは両拳を合わせバキバキと鳴らす。


「あと1分後を楽しみにしてろ……! 絶対にあのセリフを言ってやるからよ……!」


 フリントは屈んで両手を地面につける。そして四肢に力を込め、目は真っすぐに前にいる敵を見た。――これが最後の攻撃だ。

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