第13話 貫く決意 前編①

 二人の言葉と共に周囲にプレッシャーが広がる。魔力の奔流が周囲を巡り、その中心に魔剣と聖剣を持ったフリントとロードがいた。


「聖剣の紋章は魔剣の紋章の“カウンター”だ! 世界を滅ぼそうとするその能力に対し、この能力は絶対に負けないんだ!」


 ロードは光弾を聖剣から出現させる。フリントはそれを見て魔剣を一旦しまい、単身のみでロードに対峙する。それを見てロードは嘲るような口調で笑った。


「ははは……! それがお前の思いついた対応策だっていうのか?……そんなものがあ!!!」


 ロードは今度は右手から石術の紋章を起動し、フリントの周囲に石の槍を出現させる。


「紋章を展開していなきゃ、お前はただの不能者だろうが!」


「ご忠告ありがとうさん。そうだな、紋章を展開してなきゃな」


 フリントは石術の紋章の起動に合わせ、魔剣の紋章を再度起動し、魔剣にて石術の紋章の攻撃を防ぐ。


「ならあ!」


 ロードは今度は周囲に展開していた聖剣の紋章の光球をフリントにぶつけようと聖剣を操った。だがフリントは即座にそれに対応し、魔剣の紋章をしまう。


「そして魔剣の紋章をしまえば、俺は“不能者”なんだろ?」


 光球がフリントにぶつかるが、フリントは何事もないようにその光球の中で平然としていた。


「お前の紋章も、俺の紋章も、“不能者”にはろくに効果がねえからな! 今までこんな身体にずっと苦しめられてきたんだ! こういう時くらい儲けさせてもらうさ!」


 フリントはロードの攻撃を苦にせずに前へ向かっていく。ロードはこめかみに血管を浮かべていたが、それは自分の攻撃を防いだことへの怒りではなく――。


「……そんなもので、僕に勝てると思っているのか!?」


 ロードは改めて光球を飛ばし、フリントは魔剣の紋章をしまったままその球を受ける。だがその瞬間、地面から石の塊が飛び出し、フリントの腹部に向かう。


「ぐほっ!?」


 フリントは辛うじてガードに成功はするが、腹部に強烈な衝撃が入ったことには変わらず、その場でもんどりうっていた。口から体液を垂れ流しながら、フリントは次の攻撃を避けるために気合で立ち上がり走り出す。そしてフリントが走り出した直後に、その足元から石の槍が飛び出していた。


「どうしたどうした! 僕が二つ同時に紋章を使えないとでも思っていたのか!? お前の小賢しい知恵くらいで、僕に勝てるなんて迷い事をほざくのかあ!?」


「残念だが俺のは小賢しいんじゃなくて賢しいんでな! お前が気づかねえ間にお前を詰んでやるくらい、いくらでもやってるってんだよ!」


 フリントは足を止めずに走ってロードへと向かっていく。ロードは改めて石術の紋章を展開し、今度は周囲のガレキを宙に浮かせ、光弾と共にそれを飛ばしていった。


「もう、誤魔化しは効かねえか……!」


 フリントは魔剣の紋章を展開すると、石術による攻撃を防ごうと魔剣を前に構える。しかしそれはロードにとって生身で受けるよりも好都合だった。


「何が賢しいだ……! 単なるバカのやることだろうが!」


 ロードは光球をフリントに飛ばし、同時にガレキも放った。たとえその魔剣の構えが嘘(ブラフ)だとしても、ガレキが直撃して死ぬ。この質量は嘘でもなんでもないのだから。


「…………俺はクーデリアを……信じる……!」


 フリントは先ほどティファニーと共に屋根から突き落とされた時のことを思い出していた。あの時、魔剣の紋章は使用不可能であったはずなのに何故直撃を避けられたのか?数十メートルも飛ばされガレキだらけの地面に激突してなぜ軽傷だったのか?


「その答えを考えれば、一つの推測に行きつくはずだ……! 頼むぜ! クーデリア!」


 フリントは光球に対し魔剣の紋章を構えた。先ほどはそれで紋章が使用不可能になった自殺行為であり、ロードはフリントのその行動を見てほくそ笑んだ。そして追撃のガレキがフリントに迫っていく。


「さあ! どうするよフリント! 僕の勝ちかあ!?」


「うおおおおお!!!」


 魔剣と光球がぶつかり合い、光が周囲に広がる。シェリル達は光で目がくらみガレキとフリントがぶつかった瞬間を見ることができなかった。そして光が徐々に収まっていき、シェリルは目が慣れてくる。


「フリント君!」


 シェリルはフリントの名を呼んだ。そしてフリントがいた方に目を向けると、そこには怒りで顔が歪んだロードと――。


「フリント……貴様はなんでそう僕を苛立たせるんだあああ!!!」


 傷一つないフリントは自分の頭に指を当てながらロードにからかうように言った。


「おつむの出来ってやつが違うんだよ! 子供のころからそうだよなあ! ええ!? 誰がお前に読み書きを教えてやったと思ってんだ! 絵本を読んでやって文字覚えんのが遅いお前に教えてやったよなあ! おい!」


 フリントの周囲には砕かれたガレキが散乱しており、右手に持った魔剣は強大なオーラを纏いながらも、魔力が周囲に溢れていた。そしてその度に呼吸をするように周囲の魔力を吸っていく。そして数拍おいて、フリントは魔剣の加速を使い、ロードに一気に詰め寄る。


「くそっ!」


 ロードは聖剣を構えフリントの攻撃を防いだ。しかしフリントはそのまま加速を止めず、今度は裏回り攻撃をしかけた。ロードは石術の紋章で壁を作り出すが、フリントはその壁諸共魔剣で破壊し、ロードに切りつけようとする。


「こいつ……!」


 ロードはたまらずに加速の紋章を使い、フリントの攻撃を飛んで避けた。フリントは舌打ちし、加速の紋章を使ったロードを見る。


「お前……一体何個紋章持ってんだよ……! その調子だとあと一個……多分、方向の紋章辺りでも持ってんのか?」


 ロードの紋章の所持状況を的確に言い当てたフリントに、ロードは冷や汗を流した。


「…………どさくさに紛れて、ミレイヌ達から聞いたのか?」


「いんや。加速の紋章なんてレア紋章を簡単に手に入れられる訳ないからな。となればゴーダンの連れ辺りから奪ったと思うのが自然だろ? じゃ、その仲間にいたあのオカマから奪っててもおかしくないわけだ」


 その説明を聞いたシェリルはロードと同様にフリントの洞察力に舌を巻く。自分が気付いたのが最後の最後だったことを考えると、一瞬で気付いたフリントの頭の回転は特筆に値するものだった。それに、先ほどからフリントの魔力の消費量が半端ではないことにも気づく。


「フリントく……」


 あまりの消費量にシェリルはフリントを心配する声をかけようとしたが、フリントはそれを遮るようにロードに話しかける。


「となるともう加速は使えないわけか。俺の魔剣の紋章の加速と、加速の紋章の加速はほぼ原理的に一緒だからな。……おそらく俺の加速を一回通したのも、それで加速が通用すると思わせて、次辺りでその方向の紋章を使うつもりだっただろ?」


 ロードは目を見開いてフリントを見た。――こいつはどこまでも僕を苛立たせる。不能者の癖に、まともな教育も受けてないくせに、どうしてこいつはそんなにも僕の劣等感を刺激してくるのか。


「……この、不能者(ゴミクズ)があああ!!!」


 ロードは両手を掲げると、周囲の床から石の壁がせり上がり、フリントとロードを壁で囲む。フリントは周囲のせり上がる壁を見て、口を歪めながら叫んだ。


「デスマッチってところか! いいだろうやってやるよ! シェリル! ミレイヌ! お前らは手を出さなくていい! 自分たちの身を守ることに集中してくれ!」


 シェリルとミレイヌは頷いて答えた。もう私たちにできることは何もないと。せり上がっていく壁の向こうに二人はフリントの顔を見た。見えなくなる直前、フリントは親指を立ててグーサインを出し、壁の向こうへ消えていった。



「さて……周囲を石で囲んで、何をしようっていうのかね……」


 フリントは現在の自分の立ち位置を確認する。半径10m弱の円形のフィールドで、今この場にいるのは自分とロードの二人だけ。そしてその当のロードはフィールドが出来上がったと共に、肩を震わせて笑い始めた。


「クック……クックック……」


 ――勝ちを確信している。フリントはロードのその仕草を見て直感的に理解した。周囲の警戒を怠らないようにしつつ、あくまで余裕を崩さない態度でロードへと話しかける。


「どうしたよ? そんなに自分がバカだって主張すんのが楽しいのか?」


「……お前も気づいてるんだろう?」


 ロードはフリントの態度に乗らず、自分のペースを崩さなかった。


「だからお前は僕を警戒して詰めにいかないんだ。僕がわざわざ作ったこの場が、何もないわけがない、とね」


 フリントの頬に一筋の汗が流れる。――そう、こんな大がかりなことをしてきたということは、何もないはずがない。だがどこから――周囲の警戒、特に岩が飛び出してくると思われる周囲の壁に注意を向ける。


「……お前がなぜ聖剣の紋章を食らってなお魔剣の紋章を使えたかはわからないが……もうそんなこと関係なく、終わらせてもらうよ」


 ロードは右手をフリントの方へ向け、握るような仕草を取る。フリントは石術の紋章を警戒するために地面と壁に注意を向けた。――だが。


「なっ!?」


 フリントの背中に激痛が走る。フリントはその衝撃で前につんのめり地面に手をつきかけたが、その行為の危険性を自覚し、気合で身体をその場から動かす。そしてもし身体を動かしていなかったら0.5秒後には串刺しになっていたと思われる石槍が地面から出現した。


「な……何が背中に当たったんだ……!」


 フリントは背中の痛む箇所を触ってみるが、血が出ているわけではなく、痣ができているようであり、何か鈍器で突かれたような跡になっていた。


「くそっ……! 動かなければ……!」


 フリントは今まで戦った経験から、石術の紋章は石の発生にタイムラグがあり、動いている物への正確なコントロールは難しいと判断していた。こちらが動き回れば狙いはそらすことが――。


「ぐえっ!?」


 フリントは側頭部に衝撃を受け、今度は身体が横に倒れそうになる。たまらず魔剣の紋章で加速をかけ、その場から逃れようとするが、その“ミス”をロードは逃さなかった。


「それは……ダメだろうが!」


 ロードは方向の紋章を使い、フリントの加速方向をでたらめな方向に変えてしまう。フリントは体勢を保つことができず、壁の方向へと自分の魔力で吹っ飛ばされてしまう。


「だあっ! こんちくしょう!」


 フリントは魔剣の紋章のオーラを爆発させ、周囲の魔力を全て弾き飛ばす。その勢いはロードが壁に対して発動しようとしていた石術の紋章の命令を寸断させ、壁にフリントの身体を貫く突起物を作ることを妨害した。壁に激突するという結果までは変えられず、フリントは壁に叩きつけられて口から血を吐いて項垂れた。


「はぁ……はぁ……! また……まただ……! あの見えない箇所からの攻撃は一体……!?」


 フリントは立ち上がろうとするが、背中の痛みで動きが止まってしまい、地面に手を付けてしまう。そして今度は気合をいれてなんとか痛みを我慢して立ち上がるが、その間ロードはフリントに近づきもせず、その様子を静観していた。


「くそ……舐めやがって……!」


 フリントはフラフラの状態で魔剣を構えようとするが、そこであることに気づく。


「……なんでさっきの不可視の攻撃が飛んでこない?」


 この30秒以上の間、フリントは完全に無防備だった。確かに事前に魔剣の紋章のオーラの爆発を使ったとはいえ、それ以上にフリントはフラフラの状態だったのだ。それならその攻撃をまたするだけでフリントを倒せたはずだ。――となればできない理由があり、ロードが動かないのは待てばそれができるようになるから。じゃあ“それ”はなんだ。


「……そうか。そんなんありか……」


 フリントはようやくその攻撃の察しがついた。そして覚悟を決める。――こっから先は泥試合だと。


「なあロードよ」


 フリントはようやく歩くだけの体力を取り戻し、壁から離れて歩き出す。やはりこの間にもロードの攻撃は飛んでこない。


「さっきお前は疑問に思ってたな? 俺がなぜ魔剣の紋章を使うことができたかと」


 フリントは魔剣の紋章を構える。加速・爆発と連続して魔力を大量に消費する技を使ったにもかかわらず、なぜかまだ魔剣の紋章には大量のオーラが纏われていた。


「その答えを教えてやるよ。……いや、もうお前は若干気づきかけてるんだろ?」


 フリントのその言葉に今度はロードが冷や汗を流す番だった。この石で囲まれた場を作り、自分に有利な状況を作り上げたはずだった。だが、先ほどからフリントに攻撃をできなくなっているということが、その立場が逆になってしまったことを克明に表していた。


「なんのことだ……!」


 ロードはフリントの言葉に取り合わないようにするが、気圧され始めていることを隠すことができなかった。


「お前の“見えない攻撃”と俺の“魔剣の紋章が使える理由”! ネタバラシ合戦といこうじゃねえか! てめえも覚悟を決めろよ! こっから先はもう互いにミスれねえからな!」

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