第12話 決断の価値 後編
閃光が落ち着き、シェリルは視界を取り戻すが同時に膝から崩れ落ち、鼻血があふれ出していた。もはや体勢を保つこともできず背中から倒れそうになるところを、ミレイヌが地面にぶつかる前に抱きかかえる。
「ははは……すごいやミレイヌさん……。あんなエッグイ手使うなんて……。本当に憧れちゃうや……。お姉様、とかって呼んでいいですか?」
「できればご遠慮願います……普段通りミレイヌとお呼びください……」
「そう……ですか……。でも……どうやらもう、終わりみたいでしてね……」
シェリルとミレイヌはもはや最後の一滴までも力を使い果たしていた。だが、まだ敵は――ロードは健在であり、無傷で二人の目の前に立っていた。
「もう……できることはないようだな……」
ロードは額に刻まれた方向(ベクトル)の紋章を光らせながら、へたり込んでいる二人を見下していた。
「クソ……紋章を一つの身に四つも刻んでいるなんて……反則すぎる……」
シェリルは先ほど放った自分の魔法が着弾した、隣の建物を見ながら言う。魔法を放つ直前、シェリルは地下鉄での戦闘の事を思い出していた。ゴーダンと、ダナとマーカートとかという二人の男の事を。確かギミ家でのロードの凶行の際に、殺されたと聞いていた二人を。
「加速の紋章を使ってる時点で、何かおかしかったのよ……! そんな使える人間が数十人ぽっちしかいない紋章を、都合よく持ってるなんて……!」
ゴーダンはダナとマーカートが殺された際、重傷を負っていたため二人に庇われるような形で逃がされたと言っていた。その後の二人の死体を埋葬なんてできるはずもなく、そのままその身体で自分たちの救出に来た。つまり、二人に宿されていた紋章の行方までは知らなかったのだ。
「ミレイヌさん……! 一人が四つも紋章を宿すなんて、前例はあるんですか……!?」
ロードが一歩ずつ近づいてくる中、シェリルは負け惜しみのようにミレイヌに質問をした。ミレイヌは首を横に振って答える。
「三つまですら実際に宿されているところは見たことありません……ましては四つなんて……!」
そして聖剣の射程圏内に入り、ロードは二人の前で立ち止まった。
「……これが最後の通告だ。何か言うことなないか」
「そうね……何か言うことか……」
シェリルは頭を上げるのも辛かったが、絶対に目だけは逸らすものかと意地でロードを見上げる。ミレイヌも同様にロードを見上げた。これが“敗者”の視線だと知りながらも。
「……ミレイヌさん、私が言ってもいいですか?」
「……どうぞ。恐らく考えていることは同じでしょうから」
「ありがとうございます。では……」
シェリルは中指を立てロードに向けながら言った。
「……誰があんたの言うことを聞くか、このバーカ!」
シェリルが言う言葉がわかっていたかのように、ロードは予想通りだという笑みを浮かべ、聖剣を振りかぶった。
「そうか……なら、死ね……!」
聖剣が当たる直前、シェリルは目を瞑った。普通の剣ならともかく、この聖剣でどういう死に方をするか想像がつかなかったのもあった。だが、想像していた衝撃は何も来ず、本来起こるはずのない衝突音がし、シェリルは恐る恐る目を開ける。
「…………ミレイヌさん」
目の前の光景を見て、シェリルは感無量とばかりにミレイヌに声をかける。
「さっき話したこと覚えてます? “フリント君モテるでしょ?”って」
「ええ……覚えています」
ミレイヌも同様に目の前の光景に心奪われていた。
「…………答えを言うと、フリントは全くモテませんでした。境遇が特殊すぎるというのもありますが、それ以上に理屈屋で他人の気持ちを型に当てはめて考えようとしますから。デートしてる最中にさっさと”本題”に移りたいから、何とかしてデート切り上げようとか考えるタイプの人間ですからね」
「す……すごい酷い言いぐさですね……」
「……ですが、本当に頼りになる。そんな人です。フリントは」
ミレイヌの言葉にシェリルは笑顔で頷いた。
「ええ。そうですね。タイレルが、フリント君に託した意味、今ならとてもよく理解できます。本当に惚れちゃいそうですよ……狙ってやってるんじゃないの……全く……」
目の前で二人の男が剣で鍔迫り合っていた。その二人は不思議と同じような顔をしていたが、片方の男の顔には無数の傷が刻まれており、もう片方の男には傷はなかったが、その顔は何よりも強い憎しみで歪んでいた。
「お前は……お前は……なんで僕の邪魔ばかりするんだああああああ!!!」
ロードは目の前の、自分と同じ顔をした、最も憎むべき男の顔を見る。そしてその男はこちらの意を知ってか知らずか、笑みを浮かべ鍔迫り合っていた剣をはじき返した。
「好きでお前の邪魔をするほど、こっちは暇じゃねえんだよ!」
フリントはシェリル達を見ると、ピースサインを出す。
「遅れてすまなかったな……。本当によく耐えてくれた。あとは俺に任せてくれ」
「……本当に遅いわよ。…………でも、ありがとう」
フリントは次いでミレイヌを見た。そして少し言葉に迷い、考えたのちに言う。
「……本当は俺、お前が裏切り者だったことを、結構前に知っていたんだ……ティファニーに聞かされてな。でも、それを言わなかった……利用できると思ってたからだ」
「ええ……あなたならきっと……そうするでしょうね」
「…………ああ、そうだ。俺は最低だよ」
だがミレイヌはそんなフリントの言葉に笑って返す。
「あなたがそういう人間だって、私が知らないわけないでしょう?……その上で私はあなたを好きなんです。それに私の手は汚れ切ったなんて言葉で表せないくらいに、もう手遅れなんですよ。それくらい、何ともありません」
「……母さんの面影を見て、か」
「それだけは絶対に違う」
フリントは皮肉っぽくミレイヌに言うが、ミレイヌは断固として否定した。
「私は“あなた”が好きなの。フリント」
ミレイヌの真っすぐな言葉にフリントはしばらく言葉を失い、そして唇を歪めて顔をそらした。前だけを――ロードだけを見るように。
「……ありがとな。少し、心のつっかえが取れた気がする。……お前らは下がってろ! ここで……決着をつける!」
フリントはロードに向かって一歩一歩歩いていく。ロードも同様に目の前の敵を殺すために歩みを進める。
「フリント! 死んだと思ったのに、お前は本当にしぶといんだな!」
「わりーなロード! 俺のしぶとさは6歳のころからの筋金入りでな!」
同じ日に生まれた双子で、全く違う運命を歩むことになった二人。この二人は常にすれ違い続けてきた。
「だったらいいだろう! また同じことをしてやる! お前が僕に”もう終わらせてくれ”と懇願するまでだ!」
「ロード! 俺は言ったよな! ?追ってきたらもう容赦はしないと!」
だが今この瞬間、二人の気持ちはある思いを元に一つになっていた。それは――。
「フリントオオオオ!!!」
「ロードオオオ!!!」
――それは。
「「お前を!」」
“殺意”という名の感情だった。
「「ぶっ殺す!!!」」
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