第12話 決断の価値 前編②
ロードはフリントを見つけると石術の紋章を起動し、壁に階段を作り駆け上がっていく。ロードが上り始めたのを見てシェリル達も追いかけようとするが、ロードが上った個所から階段は崩れていき、出遅れる形となってしまった。ミレイヌはロードに助けられた母の下に駆け寄る。
「お母さま……! 助かってよかった……!」
「ごめんね……迷惑をかけて……」
ミレイヌは泣きながらセーラに抱き着く。シェリルは上に行く手段を探すために辺りを見渡し、そしてミレイヌに声をかける。
「あそこの建物から上に行けそうです! 私たちもフリント君の助けに行かないと!」
ミレイヌは顔を上げ、鼻をすすりながらセーラを見た。セーラも微笑むと、ミレイヌの頬を撫でる。
「行きなさい。どういう結末を迎えようとも、あなたは守り通す決意を決めたのでしょう」
「でもお母さま……あなたは……!」
「私は大丈夫です。このどさくさに紛れて、一度身を潜めます。……どこか別の領地でやり直せるくらいのお金は貯めているつもりです」
セーラは再びミレイヌを抱き寄せた。
「……私には力が無かったから、肝心な時に何もできず、全てを失ってしまった。だけど、あなたは屈せずに貫き通すだけの力を手に入れた。……あなたは私の誇りよ」
「ありがとうございます……!」
ミレイヌは感極まって再度泣き出す。そしてしばらくして立ち上がると、顔を擦り上を見上げた。
「私は行きます。……行って、アレク姉ちゃんとの約束を守る。何があってもフリントを守るって」
「……ええ、いってらっしゃい。ミレイヌ。あなたならきっと」
ミレイヌは覚悟を決めた顔つきになると、シェリルの下へ駆けていく。
「シェリル様! 行きましょう!」
「ええ! ミレイヌさん!」
シェリルは共に駆けだす前、セーラの方を振り向き一礼をする。セーラもその礼に頭を下げて返すと、シェリルとミレイヌは二人とも建物の中に入っていった。
屋上ではフリントとロードとティファニーの3人が向かい合っていた。だがこの状況にフリントは少しの疑問が生じていた。
「……ティファニー、お前なんでそんなに緊張しているんだ? ロードが追ってきていることは知っていたんだろ?」
ゴーダンの話ではティファニーがロードの暴走の手引きをしたとの事だった。それなのに、ティファニーはまるでロードの出現は予想外かのように動揺していた。ティファニーはフリントの疑問に訳がわからないといった口調で返す。
「何言ってるの……? 私がロードと繋がって、何の利益があるっていうの? ……確か、魔剣の紋章の奪取に失敗して、幽閉されていたとは聞いていたけど、そこから先は全く私は関与してないわよ……!」
「何? でもゴーダンの奴は確かに……!」
フリントはゴーダンの話を思い出していた。紋章の確保任務に失敗し、ゴーダン達に捕らえられたロードは、地下に閉じ込められていた。そしてゴーダン達も失敗し屋敷に戻った時に何らかの手段で脱走し、屋敷にいた人間を皆殺しにしたと。――その脱出の前提に、協力者がいなければ辻褄が合わないから、ティファニーが手引きしたと思っていた。それが、そうではなかった?
「クックックッ……」
ロードは困惑するフリントたちを見て、肩を震わせて笑う。そして左手に持った聖剣をかかげた。
「僕は別に誰かに助けてもらったわけじゃない。……いや、神からの啓示を受けたんだ」
「神……? 前からバカだとは思ってたが、とうとう頭イカレポンチになったのか……?」
ロードはフリントの皮肉にも動じず、自分の話を続けた。
「兄さん……あなたも神からの啓示を受けたんだろう? その魔剣の紋章が、あなたにすべきことを告げているはずだ……!」
フリントは右手に持つ魔剣の紋章を見た。――紋章からの託宣。確かにフリントには心当たりがあった。だがフリントはそれを否定する。
「何言ってやがる……! クーデリアは神なんかじゃない! それにお前のようなイカレたアホみたいにその言葉にただ従うだけじゃ…………待て」
改めてフリントはロードの左手にある剣を見る。その刀身は非常に美しく、フリントの持つ魔剣とは対照的に神々しさを感じさせるものだった。
「“あなたも”……? お前は何かそんなお告げを受ける機会があったのか? ……その剣はなんだ?」
フリントはそもそもの、シェリルから聞いた魔剣の紋章の成り立ちを思い出していた。ナタール家に伝わる究極紋章“魔剣の紋章”。それはギミ家に伝わる究極紋章と対を為すものであり、ギミ家当主ブリッジはこの二つの紋章を手中に収めることを計画していた。それは――。
「ええ、そうですよ。今僕のこの手にはギミ家に代々伝わる究極紋章……“聖剣(フィルスタリオン)の紋章”が刻まれている。紋章が僕を選んだんだ……! あの愚かな父に代わり、この世界を救うために!」
ロードの左手に握られている聖剣の紋章が強く煌めき、周囲に魔力がプレッシャーとしてまき散らされる。その魔力に反応し、フリントの右手に握られている魔剣の紋章も強く鳴動しはじめた。
「な……クーデリア! 大丈夫か!」
ロードは目を真っ赤に充血させ、フリントへと足を一歩ずつ近づけていく。
「もう貴様には負けはしない! これで互いに究極紋章を宿した上での戦いだ! 貴様を殺して、僕の人生はようやく始まるんだ!」
ロードはまだフリントから10m以上離れたところから剣を振りかぶった。ティファニーはロードの行動の意味がわからなかったが、フリントは今までの自分の戦いを振り返り、すぐにその行動の意味がわかった。
「しまっ……! ティファニー! 伏せろぉぉぉ!!!」
ロードは剣を薙ぎ払うと、それは光刃となり10m以上の刃渡りになってフリントに向かっていく。フリントは剣を構えるが、その剣の軌跡の中にいたティファニーは巻き込まれていた。
「ロード! てめえ!」
フリントは魔剣の紋章でその攻撃を受け止めると、ロードに近づくために一気にその距離を詰める。あの聖剣の紋章の能力は不明ではあるが、こちらは敵に近づけば近づくだけその威力は発揮される。まずは近づかなければ――。
「これで剣を“食らい”ましたね」
ロードは近づいてくるフリントに呟いた。フリントはその言葉に意味はわからなかったが、考える余裕もなかった。まずは加速を――。
「……え?」
――加速が発動しない? フリントは自分の動きが一切変わらないことに疑問を抱き、足を止めた。そして魔剣の紋章を見る。
「何が……起きてるんだ……!?」
魔剣の紋章に纏うオーラが、今までにないくらいに大きなものになっていた。先の地下鉄での戦いで、列車の魔力を吸い尽くしたときよりも、そのオーラは大きく見えた。――そしてそのオーラを全くコントロールできなくなっていた。
「きゃあっ!?」
ティファニーの叫び声が聞こえ、フリントはそちらの方向を見る。ロードの剣で薙ぎ払われたと思ったが、その身体には傷一つ付いていない。しかし紋章が刻まれた額が割れ、そこから血が噴き出していた。
「ティファニーが切られていない……? まるで俺の魔剣の紋章で攻撃した時のように……!」
そしてその少し呆然としてしまっていた間に、ロードは二の矢の準備を整えていた。右手に刻まれた石術の紋章を用い、階下にあったガレキを宙に浮かし、自身の周りに漂わせていた。
「石術の紋章……!? 紋章は一人につき一つしか刻めないんじゃ……!?」
フリントは驚愕しながら言うが、ロードは鼻で笑う。
「そんなのは才能の無い人間の限界にすぎない。僕は選ばれた人間なんだ……! 貴様と違って! ……これが避けきれるか!」
ロードはガレキとフリントに投げ飛ばしていく。フリントはそれを魔剣の紋章で防ごうと剣を構える。前の駅前広場での戦いのときは能力を切った上での破片を飛ばしてきていたが、これはまだ石術の紋章でコントロール中のものだ。なら魔剣の紋章で防げばガレキは砕け――。
「ガハアアアッッッ!!??」
――なかった。ガレキが胸部に直撃したフリントは血を吐きながら後ろに吹き飛ばされる。そして屋上から弾き出されるが、辛うじて縁の部分を掴み、壁にぶら下がる形になった。
「フリント!」
ティファニーは額から血を流しながら飛ばされていったフリントに駆け寄り、落ちそうになっているフリントに手を伸ばす。フリントはその手を掴み何とか屋上に戻るが、ロードが後ろから迫ってきていた。
「くそっ……! なんで防御が……!」
ティファニーに引き上げられたフリントは魔剣の紋章を再度見る。そして魔剣の紋章に起きている異常現象に汗が噴き出した。
「ヒビが……入っている!?」
魔剣の紋章の刀身にヒビが入っていた。今までこんな事は一度もなかった。魔力による攻撃は全て吸収するはず。なのにあのガレキを吸収できず、それどころか紋章が壊れかけるほどのダメージを――。
「……これは僕だけが知っていることだ」
ロードは石術の紋章がある右手をフリントとティファニーに向けた。
「魔力による攻撃を全て吸収するはずの魔剣の紋章が、一度だけ魔力によるダメージを食らったことがある。……それは、兄さんが一番最初に魔剣の紋章を宿したとき」
フリントは思い出していた。すべての始まりである、あの時計台の下で、クーデリアが消滅しながら自身に紋章を託した時のことを。
「……そして思った。なぜ魔剣の紋章はあの時、戦槍の紋章を吸収しなかったのか? 紋章の化身の姿ではそれができないのか? いや違う。あの時紋章の化身は、魔力を発揮するために、周囲から魔力を吸収している最中だった」
あの時、クーデリアは光り輝きながら力を発揮するために集中していた。そして背後から来た戦槍の攻撃により、背中を貫かれ、血を流し倒れていた。
「そして魔剣の紋章に対を為す聖剣の紋章の“能力”。これが分かった時に僕は確信した。“魔力を吸収している時は無防備になる”。これが魔剣の紋章の弱点だと」
ロードは左手の聖剣の紋章を改めてフリントたちに見せつけるようにかかげる。
「聖剣の紋章の能力。それは魔力を“与える”力。……まぁ大抵の人間はその強大な魔力に耐え切れず、身体の魔力の回線がパンクするみたいですけどね。そして魔剣の紋章も、どうやら同じようだ」
フリントはティファニーの額を見る。額に刻まれた鷹目の紋章がズタズタになっており、もはや起動が不可能な状態になっていた。
「魔力を……“与える”……! 魔剣の“奪う”と対を為す“能力”……!」
フリントは何とか魔剣の紋章を動かすために足掻くが、魔剣の紋章は自身の纏っているオーラを吸収するのに夢中になり、全く反応しない。そしてロードが石術の紋章を起動した。
「これで、終わりだ」
ロードの足元から石が槍のように飛び出し、フリントとティファニーを巻き込む形で屋上から突き飛ばす。そして二人は抵抗もできず、屋上から落ちていった。
「フリント君!」
ちょうど屋上に追いついたシェリルとミレイヌはフリントたち二人がロードにより突き落とされるところを見ていた。その声を聞いたロードはシェリル達の方を振り向いた。
「……外の世界の工作員と……ミレイヌか……!」
ロードは戦闘態勢を解き、二人に近づこうと歩みを進める。だがシェリルは汗を流しながら右手を向けた。
「近づかないで!」
シェリルの動揺具合にロードは滑稽さを感じ微笑んだ。そしてシェリルを落ち着かせるように言う。
「僕の目的はもう達成した。……別に君たち二人の命を奪うつもりは毛頭ない。……特にミレイヌ。……君は殺したくない」
シェリルはミレイヌを見た。よくよく考えると、ミレイヌにとってはロードも守るべき対象なのではないか? 先の応急処置の際にシェリルはミレイヌの過去の断片を聞いていた。フリントの母親が死ぬ間際にミレイヌに子供たちの事を託したと。
「ロード……“様”」
ミレイヌはロードからの言葉を受け、返事をした。
「……フリントは死んだのですか?」
「ああ、僕が殺した。ティファニーと一緒に。……これで僕はもう自由だ。僕を縛る家も、婚約者も、運命も何もない。……ミレイヌ、僕には君がいて欲しいんだ」
ミレイヌは目を瞑った。そして今までの事を思い返す。幼いころからフリントとロードの兄弟を世話してきて、やんちゃな二人に手こずらされたことを。そしてフリントがギミ家を追放されて、アレクシスが死んでからロードの母替わりとして世話してきたことを。
「ミレイヌ……。お願いだ……! 僕は君がいればそれでいいんだ……! それだけで、僕は生まれてきたことに意味が持てるんだ!」
シェリルは目の前で繰り広げられている泥沼の人間関係に戦慄していた。そしてあの化け物相手にどう戦うかも全く思いつかなかった。しばらくの沈黙が流れたのち、ミレイヌは目を開けてロードを見る。
「……私は、アレクシス様の最期を看取りました。そしてその時おっしゃられました。“フリントを守ってあげて”と」
その言葉を聞き、ロードの表情が硬直する。
「……ロード様。あなたのことは今でも気にかけております。ですが……私の思いはただ一つなんですよ。フリントを守り通す。それだけです。」
ロードは肩を震わせ、両こぶしを握りながら、数回深呼吸して天を仰ぎ叫んだ。
「…………フリント、フリント! フリント!! フリント!!! なんでだ! なんで皆あいつばかり気にかけるんだ! 僕だって!!! 僕だって母さんを亡くしてるのに!!! 僕だってイジメられてたのに!!! なんで! なんで!! なんでなんだぁぁぁぁぁぁ!!!」
ロードの身体から今までにないほどの魔力が放出され、その人間離れした魔力量にシェリルとミレイヌは圧倒されていた。だが、シェリルは笑みを浮かべてミレイヌに言う。
「いいんですね! ミレイヌさん!」
「ええ! あなたも確信しているんでしょう! シェリル様!」
「お前ら……! もうフリントは死んだんだ! あいつはもうこの世にいないんだよ!」
シェリルは額に当てたゴーグルを装着しなおす。片目のレンズがない、タイレルからもらったお気に入りのゴーグルを。
「何言ってんのこのスカタンは! そんなんだからミレイヌさんに振られるのよ!」
ミレイヌは両足のつま先で地面を叩き、靴の履き心地を改めて確認した。
「フリントがこんな簡単にやられるはずありません。となれば手順は簡単なわけですよ」
シェリルとミレイヌは互いに顔を合わせて深呼吸をした。互いに思いは一緒だと確信し、共にロードに啖呵を切る。
「あんたをぶっ殺して、フリント君を助けに行く!」
「そして皆で外に出る! たったそれだけの事……やってやるに決まってるでしょう!」
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